見出し画像

コーチ物語 クライアント24「まるでドラマの出来事が」8

 羽賀さんの言葉を聴いて少しは安心した。けれど、被害にあったことには変わりない。ここは羽賀さんの勧めもあって、建設会と一緒に被害届を出す方向で話を進めることにした。
 思えばこの数日間ですごい体験をしている。会社が倒産の危機に陥り、銀行強盗に遭い、さらに詐欺にまであってしまった。今までの人生では考えられないことばかりだ。
 ほとんどがテレビドラマや小説なんかのフィクションの世界でしか見たことのないものばかり。でも現実にそういうことが起こりえるんだな。
 数日後、インターナショナルプリズムに捜査の手が入ったことをニュース番組で知った。社長の後藤は今だに海外に逃亡しているらしいが。捕まるのは時間の問題だろう。
 建設会の詐欺問題も民事訴訟を起こしてお金が戻ってくる見込みがあると耳に入った。それだけでもありがたい。これで一安心だな。
 そう思った矢先、またまたドラマのような出来事が私の身に降り掛かってくることになった。
「えっ、私が、ですか?」
「はい、ぜひということで」
 一体何が起こったのか? これこそ信じられない話だ。なんと、羽賀さんを経由してとある方からお誘いがあった。そのお誘いとは、全国の若手経営者の会で講話をしてほしいとのこと。でも私は何の実績もない、しかも社長でもない人物。そんな私がどうしてこんなことになったのか?
「ボクの知り合いで若手経営者の会の事務局をやっている人がいるんですよ。で、そこでちょっと変わった体験をした人に講話をしてほしいという要望がありまして。日村さんの今までの体験、これはなかなか他の人じゃ味わえないことだと思いまして」
「まぁ、確かに銀行強盗事件以来、いろいろな変わった体験はさせてもらっていますけど。でも私のような者の話でいいんですか?」
「えぇ、それがいいんです。今までこの会はさまざまな先輩経営者の講話を聞いて勉強をする会として運営をしてきたんですが。最近マンネリ化してしまって。そこでちょっと変わった体験の話がないかということで相談があったんですよ」
「は、はぁ……」
 なんだか本当にいいのか、という気持ちもあったが。でもせっかくなのでそういう場に立って話をしてみるのもいい経験になるだろう。ということでそれを引き受けることにした。
 講話まで三週間。それまでにどんなふうに話をするのかをまとめないと。しかし今までそんなことやったこともないから、なかなかまとまらない。そこで羽賀さんに相談をしてみたところ
「うぅん、わかりました。ボクが依頼した手前もありますからね。ちょっとコーチングで整理してみましょうか」
 ありがたい。羽賀さんは本当に頼りになる。
 実際に羽賀さんのコーチングを受けてわかったのだが。自分の中に答えがある。しかし私たちは普段それに気づいていない。だからこそ、こうやって外から質問をしてもらうことでその答に気づいていくのだ。
 おかげで自分の頭の中の整理ができてきた。話すこともまとまってきて、さらに講話をやっているイメージまでついてきた。
「これで大丈夫ですかね?」
「はい、ありがとうございます。おかげさまで何をどう話せばいいのかがまとまりました」
 よし、これで講話ができるぞ。それにしてもコーチングって魔法みたいだな。こんなにも頭のなかがスッキリするなんて。あ、そうだ、どうせならこの出来事も最後に原稿に追加しよう。それこそ変わった体験の一つになるぞ。
 そして迎えた講話の日。いよいよだ。
「それでは日村建設の専務、日村さんにご講話をいただきます。よろしくお願いします」
 会場には百名程度の若手経営者が集まっている。私と同じような年代ばかりだ。その人達にむけての講話が始まった。
 羽賀さんとコーチングをやって自分の意外な面にも気づいた。ただ話すだけじゃおもしろくないので、どこかでちょっとした笑いを取り入れたり、動きのパフォーマンスを入れてみたりということに挑戦してみた。
 おかげで講話のウケは上々。笑いあり、感心あり、さすがに涙するような場面はなかったが、けれど、最後の拍手はとても大きなものとなった。
「いやぁ、日村さんの話はおもしろかったですよ。みなさん喜んでもらえたようです。まるでドラマのような出来事で楽しかったですね」
 講話が終わり、若手経営者の会の事務局をやっている方と会長があらためて挨拶にやってきた。そのあとの懇親会でも多くの人が私の話を喜んでくれたようだ。そこでたくさんの人と名刺交換をすることができた。
 さらに、ここでもドラマのような出来事が起きてしまった。
「日村くん、久しぶり」
「えっ、だ、だれだっけ……」
 なんと、女性からそう声をかけられたのだ。でも誰だか全くわからない。
「あはは、やっぱりわからないか。昔はメガネを掛けて、三つ編みをしていて、暗い雰囲気だったからなぁ」
 そう言われても思い出せない。そこでその女性はメガネを取り出し、髪を両手で縛ったポーズ。すると……
「あーっ、宮永さん!」
「そう、思い出した? 小学校以来だね」
 宮永さん、小学校の同級生でちょっと陰気な感じだったのを覚えている。それにしてもどうしてここに?
「私ね、お父さんの会社を引き継ぐことになって。それで一応常務って肩書きで仕事をしているの。おかげで恋人もできなくてね」
 聞けば宮永さんの会社は建設業などに資材を販売している会社らしい。そういえば取引先にそんな会社があった気がする。
 それにしてもあの宮永さんがこんなにもキレイな女性になっているとは。それで独身というのが不思議なくらいだ。
「日村くんの話、面白かったな。今度もうちょっとゆっくり聞かせてよ」
 そう言って私の腕に抱きついてくる。えっ、ちょっと、これっていい雰囲気なの?
 最後の最後に、本当にドラマのような出来事が起きてしまった。昔の同級生との再開、これは恋の予感か? しかも相手は取引先の娘さんだというし。これはひょっとしたら事業に対してもいい方向に向いてくるのかもしれない。
 人生はドラマチック。平凡に暮らしていたと思っていたが、実はそうでもないらしい。これからどんなドラマが展開されるのか、自分でもワクワクしてきた。
 翌日、羽賀さんにそのことを報告。
「日村さん、ドラマのような人生、これからもっと壮大に描いていきましょうよ。きっと思いがいけないところから幸運が降ってきますよ。私も応援していますからね」
 羽賀さんからそう言われると、本当にそうなりそうだからなぁ。
 日村康介、人生はこれから。よし、このドラマはどんなふうに展開していくのか、こりゃテレビよりも面白くなりそうだぞ。

<クライアント24 完>

いいなと思ったら応援しよう!