コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第四章 本当の心 その6
「大磯さん、ボクから一言感じたことを言わせてもらってもよろしいでしょうか?」
羽賀コーチは私の方を向いて、真剣なまなざしでそう言ってきた。
「はい、どうぞ」
私はマスターの出してくれたコーヒーをもう一口飲んで、羽賀コーチの言葉を待った。
「大磯さんは自分のほんとうの心がわからない。そうじゃありませんか?」
「はい、その通りです。さっきジンさんの話しを聞いて、私は家族の復讐のために佐伯孝蔵に反発しようとしていました。が、それは違うということも気が付きました」
「なるほど、だから迷っているんですね」
「えぇ、その通りです」
「最初は大義面分として、私たちが安全に住むことができる日本を守る、ということをおっしゃっていましたよね」
「はい。けれど今回羽賀コーチと出会って、コーチングをしてもらったり情報を色々頂いたことで、何が本当の目的が自分でわからなくなってきたんです」
「わからない。だったらどうしますか?」
「だったらどうするって、その目的を見つけることが先決じゃないですか?」
「本当に見つけたいですか?」
本当に見つけたいのか。その質問で私はドキッとさせられた。私たちの活動で、石塚さんが殺され、さらに坂口さんも殺害された。ひょっとしたら次は私の番かもしれない。
そんな命の危険を犯してまで、本当にこの活動をしていく意味があるのだろうか?
佐伯孝蔵を敵に回す。これは下手をすると日本国そのものを敵にまわすことにもなりかねない。私は何もしていないのに、いつの間にか悪人のレッテルを貼られることだってありえるのだから。
それでも今の活動をしていくのがいいのか。
「大磯さん、あなた子どもの頃正義のヒーローに憧れてましたか?」
マスターが突然そんなことを言い出した。
「正義のヒーロー、ですか?」
「えぇ、見たところ私と同年代かなって思うんだけど。その頃のヒーローって仮面ライダーとかゴレンジャーとかでしたよね」
「はい、子どもの頃よく見てました。ゴレンジャーは子供っぽくてそれほど思い入れはないですけど。仮面ライダーは好きでしたね」
「そんなヒーローになりたい。今もそう思っているんじゃないの?」
ちょっと意地悪っぽくマスターは微笑んだ。
「えっ、えぇ、まぁ。そういう思いもあるでしょうね」
私は少し言葉を濁すように言ったが、実のところ大義名分で活動していた最初の頃は、自分の行動に酔っていたところはあった。これが日本を守ることになるんだ、という気持ちが強かったのだ。
「大磯さん、なにもその気持ちを責めようってわけじゃないんだよ。だって、私も同じ思いだからね。テレビのヒーローみたいに主役にはなれないけれど、主役を影からサポートするもう一人のヒーローなら出来るかなと思ってね。ちなみに私はアクマイザー3が好きでしたよ」
「えっ、私もですよ。でもマイナーなヒーローで知っている人が少なくて。ザビタンってかっこいいわけじゃないけど、なんとなく心ひかれるんですよね」
思わず私はマスターと話が合ったことで意気投合してしまった。ついつい大昔のヒーローものの話で盛り上がってしまった。
「でね、話を戻すと、大磯さんもヒーローになりたかったのならなればいいんじゃないの。その気持を無理やり押し殺すこともないと思うけどな」
マスターのその一言は、私の心の奥に閉ざされていた何かを一気に解放させてくれた。
ヒーローになりたかったのならなればいい。自分が主人公の物語を自分で作ればいい。悪の秘密結社に立ち向かう、孤独なヒーロー。そんな姿が思わず目に浮かんだ。
「でも、そんな動機でいいんでしょうか?」
私は思いながらも不安になった。そんなヒーローになりたいなんて動機で活動をして問題ないのだろうか。
だがそれに対して羽賀コーチがこんなことを言ってくれた。
「いいんだろうかって、誰に許可を取ろうとしているのですか?」
「誰にって……」
そう、誰かに許可を取らないと活動をしてはいけない、なんてことはない。許可を取るのは自分の心。これだけだ。
「私たちは何かをやろうとしたときにまず誰に許可を取らないといけないのか、もうお分かりだと思います。それは外部の誰かではなく、自分自身の心なんですよ。そこに許可を取りさえすれば、なんだってやっていいんです」
「なんだってやっていい?」
「そう。だから悪人は自分がやっていることを悪だとわかっていながらもやり通してしまうのです。なにしろ、それをやることがその当人にとっての正義なんですから」
その当人にとっての正義。そう思うと確かになんでもやれてしまう気がする。その行動ができないのは、自分の心がブレーキをかけているに過ぎない。
「だったら、私も私の正義を貫くために何をやってもいい。そういうことなのですか?」
「ただし、周りからどうみられるかはわからないけどね。アクマイザー3だって、ザビタンは正義のヒーローと言いながらも敵のアクマ族の子どもだったんだからな。周りがそれをどう見てたのか」
マスターはそう言う。
周りの目。確かにそれは怖い。自分が正義だと思っていても、周りが悪と言えばその行動は萎えてしまうかもしれない。
「けれど、その正義を貫くこともまた大事じゃないですか? ボクはそういう人を応援したくてコーチングをやっているんです。だから、ボクは大磯さんがどんな結論をだそうとも、大磯さんの味方ですよ」
その言葉が私の心の壁をさらに溶かしてくれた。
「わかりました。私は私の正義の為に、そして周りがどう思おうと自分の中のヒーローになるために、佐伯孝蔵と戦うことを決心しました」
私は思わず自分のセリフに酔ってしまった。けれど、心地良さが残る。
「それが大磯さんの本当の心なのですね」
「はい」
羽賀コーチに対して大きく返事をした。
「だったらマスター、例の情報を」
「了解」
そう言ってマスターは一度バックヤードに入り、今度は封筒を手にして戻ってきた。
「これが喫茶エターナルのマスター特性、スペシャルブレンドだ」
そう言ってマスターは私にその封筒を手渡した。私はその中を恐る恐る開いてみた。それは十数枚にわたるレポートと写真である。
「これは?」
「まぁ見てください」
私はそのレポートをパラパラとめくる。めくる度に私の顔つきがだんだんと変化していくのが自分でも感じられた。
「これは……どこでこんな情報を?」
「それは企業秘密だ」
「でも、こんな情報は私たちハッカーでもなかなかつかめないものだ……けれど、これがあれば佐伯孝蔵に対抗できるかもしれない……」
私が手にしたレポート。それは佐伯孝蔵の生い立ちから今に至る経緯、さらに例の飛行機事故が佐伯孝蔵によってもたらされたことへの裏付け資料である。
「これ、マスコミに出せば彼を追いつめられるかも……」
「そう思って海に沈んだ人間はたくさんいるぜ」
ジンさんのその言葉は、安易な行動を阻止するためのものだという警告なのはわかった。
それに、マスコミと佐伯孝蔵がつながっている可能性は高い。そんなことをすれば敵に自分の居場所を安々と教えることになる。
「じゃぁ、どうやって彼を追い詰めればいいんだ……」
私は悩んだ。彼の手の届かないマスコミを使ったとしても、それは三流記事としてただのゴシップ扱いになるだろう。それは十五年前の事故の件で重々承知だ。
「大磯さん、そもそも大磯さんは佐伯孝蔵にどうなって欲しいのですか?」
「どうなってほしい?」
あらためてそれを問われて、私は考えてしまった。まず最初に頭に浮かんだのが、十五年前の事故、そして今回の事故に対しての償いをしてほしいこと。さらに日本を自分の我者にしようとしていることをやめさせたいこと。
そのために彼を追い詰めなければいけない。そういう思いが強かった。
だが、今羽賀コーチに「どうなってほしいか?」と問われて考えこんでしまった。
佐伯孝蔵を追い詰めたところで、彼は彼なりの正義を振りかざしてそれをものともしないはずだ。だったらどうすればいい?
せっかく意気揚々としていたところなのに、また振り出しに戻された感じがした。