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コーチ物語 クライアント24「まるでドラマの出来事が」7
その日から、私はそわそわしっぱなし。聞けばすぐには裁判なんて行われないとか。場合によっては不起訴ってこともありえるとか。でも、川口さんはともかく銀行強盗をやった連中はそうはいかないだろう。おかげでここ数日は法律関係のサイトをいろいろと調べて、こういうのに詳しくなってしまった。
にしても、こういう出来事もなかなか体験できないよなぁ。人生経験として一度くらいはいいかもしれない。話のネタになるしな。
こういうことを考えていくうちに、あの銀行強盗たちの気持ちを考えることが多くなってきた。あの連中もやむにやまれずああいったことに手を染めてしまったのだから。考えてみればかわいそうな話である。
もし自分が同じ立場にいたらどうしていただろうか? 脅されて、もうそれしか無いと思い込んでしまったら。私もきっと銀行強盗なんてやっていたかもしれない。
そうなると憎むべきは彼らではない。やはりそれを強要したインターナショナルプリズムの後藤という男だ。そういえばその後藤はまだ逮捕されていないのだろうか? ふとそんな疑問が湧いてきた。
私は疑問が湧くと、いてもたってもいられない性分で。これをどこに確認すればいいのか? やはり頼れるアテは一人しかいない。私はさっそくその一人に連絡をとってみた。
「はい、羽賀です」
連絡した相手はあの羽賀さんである。さすがに警察には直接問合せはできないからな。羽賀さんなら何か知っているかもしれない。今は知らなくても、羽賀さんは警察の人とつながっているみたいだから、教えてもらえるかもしれない。そんな期待を込めて電話をしてみた。
「日村です」
「あ、日村さん。今回はどうされましたか?」
「どうしても気になることがあってお電話したのですが。あの銀行強盗事件の件で」
「私がわかることであれば」
「実は、あの事件の黒幕であるインターナショナルプリズムの後藤。どうなったのかなと思って。まだ逮捕されていないんですか? 新聞やニュースを見ているんですけど、まだそんな情報が入ってこないもので」
「あ、あの件ですね。うぅん、ボクも詳しい情報は知らないのですが……」
「あ、そうなんですか」
ちょっとガッカリ。羽賀さんに聞けば事の顛末がわかると思ったんだけど。しかし羽賀さんの言葉は続いた。
「これは噂でしか無いんですけどね。あの後藤という男、この一件以来海外に逃亡したみたいです。警察が逮捕状を請求する前にどこかに逃げたようですよ」
「えっ、逃げたんですか?」
ホント、ドラマみたいな展開にまたまたびっくり。それじゃ、あの銀行強盗をやった連中はちょっとかわいそうだな。どうせなら一緒に罪を償うべきだ。そう思ってしまった。
だがこれがまた意外な方向に展開するとは。しかも、私を巻き込んで。
「えっ、海外視察、ですか?」
急に降ってきた話。今、私が所属している建設会の若手メンバーを中心に海外視察による研修旅行の話しがもちあがっている。そんなのに参加する余裕はないというのが本音なのだが。実はこれがただの研修ではなく、訪れた先の建設会社の日本法人とのつながりを強く持てるチャンスなのだ。
つまり、営業も兼ねることができる。しかも補助金が出るため、格安でいけるということらしい。こんなうまい話、なかなかない。
社長である父に伺いを立てると
「わかった、行ってこい」
の一言で決済が降りた。この時点で、私の頭のなかには銀行強盗事件はどこかへ飛んでいってしまった。
さぁ、いよいよ出発前日というとき。一本の電話が私を驚愕させた。
「えっ、ど、どういうことですかっ!」
「だから大変申し訳ありません。今回の視察ツアーは急遽キャンセルしていただきたい、ということです」
「だから、どうして?」
電話の相手は建設会の事務局。このツアーを組んだところ。出発前日になってキャンセルになるなんて、一体どういうことなんだ?
「実は、今回私たちはとあるエージェントからの企画でこのツアーを組んだのですが。そのエージェントが突然連絡が取れなくなってしまいまして」
「連絡が取れないって。そんないい加減な。そのエージェントってどこなんですか?」
「はい、インターナショナルプリズムという会社で……」
その名前を聞いて以降、私は電話口でしゃべる事務局の話が一切耳に入って来なかった。まさか、間接的に私があの会社の詐欺被害に合うなんて。
「りょ、料金はもちろん戻ってくるんですよね?」
「は、はぁ。そのことですが……なにしろうちも全額お支払いした後の出来事で。補償は検討いたしますが、まだ何も決まっていない状況でありまして……」
社長がとんずらしたような会社がまともな商売をやるわけがない。どうして未然に防げなかったんだ。
どっと肩を落とし、力が抜ける。こうなったら一刻も早くあの後藤を捕まえてお金を戻してもらわなきゃ。
イライラを募らせても仕方ない。でも誰かに話さないとやっていられない。ここで頭に一人の人物が浮かんだ。やはりこういうときはこの人しかいない。
「はい、羽賀です」
「あ、日村です」
「日村さん、しばらくぶりですね。今回はどうされましたか?」
「ちょっと羽賀さんに聴いてもらいたい話がありまして。お時間とれないでしょうか?」
「えぇ、いいですよ」
ということで羽賀さんと会う約束はとれた。さて、この先どうしていくべきか。まずはそれを考えないと。
約束した時間に羽賀さんの指定した喫茶店へと向かう。その道中もはらわたが煮えくり返って仕方ない。
「日村さん」
喫茶店に入ると、羽賀さんが私を見つけてくれた。早速私は羽賀さんの座る席に。コーヒーを注文すると、すぐに話を始めた。
「……ということなんですよ。まさか私までインターナショナルプリズムの被害に合うなんて思ってもいませんでした。お金だって戻ってくるかどうかわからないっていうし。まったく、ついていないですよ」
「なるほど、それは大変でしたね。実は私もあれから気になって、捜査がどうなっているのかを知り合いの刑事さんに聴いてみたんです」
「で、どうなっているんですか?」
「うぅん、やはりそこは機密事項らしく。簡単には喋ってくれませんでしたよ。まぁ当たり前ではあるんですが。でもね、一つだけ教えてくれたことがありました」
「それって、どういうことなんですか?」
「あの会社、どうやら詐欺、恐喝なんかでたくさんの余罪があるみたいで。すべてを立件するのに時間がかかっているらしいんですよ。まぁ社長の後藤が捕まれば、かなりの罪になることは間違いないみたいです」