コーチ物語 クライアント18「感動繁盛店をつくれ!」その7
私たちは三人ほどの小グループに分かれて話し合ったことを発表し合った。一人に意見をさせないことの意味。これはいくつか出されたが、おおよそは次の三つ。まずは一人じゃないと発言しやすくなる。そして発言に対する負担が減る。それと一度口にしたことなので整理がつく。まぁおおよそそんなところだ。
「なるほど、みなさんいいところにお気づきですね。実は今やってもらったのが発言を引き出すコツなんですよ」
発言を引き出すコツって、今何をやったんだ? 堀さんの解説は続く。
「普通会議で意見を求めるときには、これについて何か意見はありませんか、と個人に向けて質問するでしょ。それで手を上げて発言する勇気、ある?」
そう言われるとよほどの勇気がないと発言できない。
「でも、一度今のように何人かで話すと、雑談っぽく会話できるでしょ。そしてそこで話されたことを誰かに発表してもらう。こうすると発言責任も軽くなるし、一度口にしたことなので話しやすいでしょ。ちなみにさきほどみなさんに考えてもらった時間、どのくらいだと思う?」
時間なんて気にしていなかった。ただ、もう少し話し足りないかなと感じた程度ではあったが。
「ふふふ、実はわずか一分程度なのよ」
えっ、あれで一分なのか。意外な短さにびっくり。
「こういうやり方をバズ、もしくはバズセッションというの。バズとはがやがやした状態のこと。一度がやがやした状態で話をさせてから発言をさせると、必ず何か出てくるわよ。これ、おすすめのやり方だから活用してね」
うぅむ、堀さんの仕掛けにまんまとのせられたが、こんな方法があったとは。これはいただきだ。
その後も堀さんから会議のやり方についていくつか学んだ。今回もかなり実のある研修であった。次回からのミーティングのやり方を変えていくとするか。
そして迎えた研修の最終回。この日も羽賀さんは別の男性を連れてきた。
「こちらはボクの仕事仲間で営業のコンサルタントをやっている唐沢です。彼とは昔同じ会社にいて、今ではそのときのノウハウを活用して企業の指導をやっています。最終回のテーマは彼にピッタリなのでお願いしたんです」
そうやって羽賀さんから紹介された男性。スーツ姿に身をまとい、営業コンサルタントという肩書きがぴったりの方だ。
「はじめまして。唐沢といいます。きょうのテーマはお店の魅力のアピールでしたね。これは得意分野なのでよろしく」
唐沢さんはそう言って握手を求めてきた。羽賀さんとは違う空気を身にまとっているが、なんとなく信頼できそうだ。果たしてどんな展開になるのか。
「じゃぁ早速始めましょうか。確か前回ファシリテーターの堀さんから会議のやり方を学んだと聞いていますが。あの人、言いたいことをズバズバというおばさんでしょ」
ここでみんなから笑いが飛びだした。確かにその印象のとおりだ。堀さんは歯に衣着せぬ言葉で私たちを刺激してくれた。この笑いで唐沢さんに対する緊張感も解けたようだ。
「で、早速それを使って二グループに分かれて出して欲しい意見があるんですよ。それはこのお店の強み。他の店には負けないところ。こいつをブレインストーミングで出しましょう。じゃぁ模造紙と付箋紙、ペンを用意してください」
前回堀さんの研修でやって、それから一度店の中でもブレインストーミングを使ったので要領はわかっている。すぐに準備して唐沢さんからの次の指示を待った。
「では時間は五分間。このお店の強みをいっぱい出してください。ではスタート!」
一斉に手が上がる。ここでいろいろな強みの言葉が飛びだした。素材へのこだわり、おもてなしの心、三店舗展開、面白みのある店長、などなど。お店そのもののことから働いているスタッフのこと、料理のこと、とにかくいろんなジャンルの強みが飛び出す。あらためて見ると、こんなにも私たちのお店って良いところがあったんだな。
「はい、時間です。結構いっぱい出ましたね。ところで大将、このあかりやさんの理念って何でした?」
「あ、はい。お客様へのおもてなしの心を第一にし、お客様へ喜びを感じてもらいます、です」
「ってことは、おもてなしの心、お客様への喜び。これを大事にしているってことですよね。ところでその理念と今テーブルに並んでいる強みの言葉、これってイコールになっていますか?」
イコールになっているか。そう問われると考えてしまうものもある。
「では次の作業です。今大将が言った理念の言葉と強みの言葉、これが合っているかどうかを選別してください。ではどうぞ」
唐沢さんに言われて、テーブルに並んでいる言葉ひとつひとつの選別を始めた。三店舗展開、これは直接は関係ないのかもしれない。トイレがキレイ。これはおもてなしにつながるな。入り口の花、これもおもてなしだ。一号店店長がひょうきん者、これはどっちだ?
そんな感じで考えていくと、ほとんどは理念に即しているが中には関係ないものもある。ちなみに一号店店長のひょうきんさはお客様への喜びにもつながるということで、理念に合っている方に入れたが。
「はい、ありがとうございます。ここで大事なことをお伝えします。強みと理念、これはイコールでなければいけないんです。強みとはこのお店の魅力でもあります。魅力と理念がかけ離れていれば、どちらかが間違っているんですよ。理念が大事なのに魅力がそうなっていなければ、お店の軸がずれています。魅力が大事で理念がそうなっていなければ、理念を考え直す必要があるんです。幸いにしてあかりやさんは強み、つまり魅力と理念がほとんどマッチしていましたね。安心しましたよ」
そう言われてホッとした。私の経営は間違っていなかったんだな。
「じゃぁ、ここからが本番。今テーブルの上に並んでいる強みの言葉の中から、これぞあかりやと思えるものを三つから四つ選んでみてください」
これぞあかりや、か。みんなで一斉にテーブルを睨む。私がおもむろにこれかなぁと思えるものをひとつ手にする。それはやはり理念の言葉にもある「おもてなしの心」。すると次に別の方から手が伸びる。そうやって気がつくと四つ選び出された。それは「おもてなしの心」「こだわりの食材」「元気」「温かさ」。どれもあかりやらしい言葉だ。
「では次は国語の時間です。その四つを組み合わせて一つの文をつくります。何パターンも考えられるので、これは個人ワークにします。最低一人一個はつくってみて。ではどうぞ」
うぅむ、こういった文を作るのは苦手だ。妻のあかりはブログを書いているのでそういうのは得意そうだが。私はどうも筆不精で。しかし使う言葉が限られているのでそれほど難しくはなかった。私が作った文はこれ。
『おもてなしの心とこだわりの食材であなたの心を温かく元気にします』
何のひねりもない文ではあるが。まぁ他のメンバーも似たような感じ。だが妻のあかりのはちょっと違った。
『あなたの元気を私たちの心とこだわりの食材でおもてなし 心がほっと温かくなる、それがあかりやです』
なんかこのお店に行くと、ホッとしそうな感じが伝わってくる。そしてもう一人意外な文才を見せたのが一号店副店長の川添であった。
『こだわり、そしておもてなし あなたの元気はここにあります 居酒屋あかりや』
妻のあかりのが文章表現でイメージをふくらませるもの、川添のはズバッと心につきささるもの。どちらも捨てがたい。
「どうやらこの二作品に絞られましたね。さて、どうするか……」
唐沢さんはしばらく考えて、そしておもむろに文章を書き出した。
『あなたの元気はここにあります こだわりの心とおもてなしで心を温める
居酒屋あかりや』
「二人のを合作させてみました。川添さんの短的に切る表現と、あかりさんの文章表現、これをオレなりにアレンジしたんだけど」
うん、なんとなくいい感じだ。だがあと一ひねり欲しい。すると川添からこんな提案が飛びだした。
「こんなのどうですか?」
『おもてなしの心とこだわりの食材であなたの心が温かく、そして元気になるお店 それがあかりや』
うん、唐沢さんには悪いがこっちの方がしっくりくる。見回すとみんなが首を縦に振っている。どうやら満場一致で納得したようだ。
「よし、じゃぁこれがあかりやのキャッチフレーズということでいいですか?」
唐沢さんの言葉に、再度首を縦に振るメンバー。よし、これであかりやの魅力をアピールする文は決まった。さて、これからどうするのだろう?
「せっかくつくった文だから、こいつを使ってどんどんアピールしねぇとな。で、みんなに質問だ。このキャッチフレーズ、どんな手を使えば沢山の人に知ってもらうことができるかな?」
唐沢さんの問いかけに一同顔を見合わせた。それを知りたいと思っているのに、それを教えてくれないのか。だが、三号店店長の三崎が真っ先に手を上げて発言した。
「やはり口コミでしょう。もちろん、お店のちらしやパンフレットにこの言葉を載せるのはあたりまえだけど。それをどんどん配って口コミで広げるのが一番だと思います」
「なるほど、ってことはまずチラシやパンフレットを作るってことだな」
唐沢さんは付箋紙にその二つを書き出した。この三崎の言葉を皮切りに、ポツポツと意見が出始めた。ホームページ、ブログ、広告誌、ポスター、SNS。おもしろいのはアドバルーンなんて方法が出たこと。最初は笑いが出たが、そこから「のぼり」という現実的な意見に発展したのは驚きだ。
「あとは経営者判断にもなるけどよ、さてどれから手をつける?」
そう言われると考えるが、私の頭の中ではホームページとブログはすぐにできるものと感じた。また各店でSNSをやっているので、これは店長に任せるとしよう。そして私がやってみたいと思ったのがのぼりだ。あかりやはお祭りのイベント等で出店を出すこともある。そのときにのぼりがあると目立つし。今も店の前にはのぼりを出しているが、それなりに古くなってきたのでちょうどいい時期だ。
お店の魅力をアピールする方法、みんなで考えたらまだまだ出てきそうな予感がする。なんとなくではあるが、お店の将来像が目に浮かんできた気がした。
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