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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第2章 忍び寄る影 その5

「ホントに大丈夫かよ?」
「大丈夫、まかせてよ。まずは私が紗織さんの家に行って、ベビーカーのおもちゃをダミーと取り替える。本物は下駄箱の奥に隠して、私は玄関にある適当なものをバッグに入れて戻ってくる。これでいいんでしょ」
 ジンさんも一度事務所に戻ってきて作戦会議が始まった。ジンさんの不安もよそに、ミクさんは自信満々にそう言い放した。。
「あぁ、それでミクはすぐに竹井警部のところに行くんだぞ。警察署にまで手を出す連中じゃないと思うから」
「竹井警部にはこのこと話してるの?」
「話せる内容じゃないからね。まぁミクはしょっちゅう竹井警部のところに行っているから、適当なことを言って訪ねてみて。とにかく、ミクが警察署にいる限りは連中は手は出せないはずだから」
「で、その間にジンさんが本物を取りに行く。それでいいんでしょ」
「あぁ、連中の裏をかくからな。ところで、そのダミーはどうするんだ?」
「あ、それなら大丈夫。ジンさんが返ってくるまでの間に紗織さんにネットで調べてもらって、どのおもちゃかを確認したから。私が行く前に買ってくればいんだよね」
 羽賀さんは静かにうなずいた。
「よし、じゃぁ行動開始だ」
「了解!」
 ミクさんは勢い良く事務所を飛び出した。ジンさんも続いて事務所を出る。
「紗織さん、悪いけどボクもちょっと出てくるから。紗織さんは舞衣さんのところで待っていてくれるかな? 連中も花屋さんじゃ手が出せないだろうし」
「わかりました。私も一人でいるより舞衣の手伝いをしていたほうが気が紛れますから」
 そうして作戦が開始された。私はひたすらみんなの帰りを待つしか無い。でも、羽賀さんはこの作戦では何も行動することがないはずだけど。どこに行くのだろうか?
 私は舞衣のお店をしばらく手伝うことに。幸い花の扱いは慣れているので、舞衣も重宝がってくれた。優馬もおとなしくしているし。おまけにお客さんが優馬をあやしてくれているのでとても助かる。
 そうして体を動かしていると、頭の中では余計なことを考えずにすむ。おかげで時が経つのも早かった。けれど、私がこうやっているときにまさか作戦がとんでもないことになっていたとは。
「みんな、遅いなぁ。事務所を出て四時間くらい経つけど。そんなに時間がかかる作戦とは思えないんだけど」
 私は時計を見てそうつぶやいた。確かに遅すぎる。と、そのときである。
「ただいまー。ったく、竹井警部はしつこいんだから」
 ミクさんが帰ってきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
「これがさ、思ったほどの反応がなくてね。言われたとおりに行動して、すぐ自転車で警察署に向かったのよ。きっと追っ手が来ると思って。でもそれらしいのは来なかったし。念のため警察署にしばらくいたんだけどさ、竹井警部がしつこくて」
 そこからミクさんは竹井警部さんの話を始めた。どうやら羽賀さんに頼みごとがあるらしくて、そのことで羽賀さんに会わせろとうるさかったそうだ。今は別の仕事に専念しているからって断っても、そこからがしつこくて、というのがミクさんの弁。ともあれ、ミクさんは無事に帰ってきた。が、その次が問題だった。
「あ、ジンさん!」
 次に姿を現したのはなんと体中にケガをしているジンさんであった。
「ジンさん、一体どうしたのよ? 舞衣さん、救急箱ある!」
 ミクさんがジンさんを介抱しようとしたが、ジンさんはケロッとした顔でこう言った。
「まったく、連中こっちの作戦を読んでやがったぜ。もう大丈夫だろうと思ってオレがおもちゃを取りに行ったら、ヤツら待ち構えてやがった。いててっ」
 ジンさんは腕に流した血をぺろりとなめる。その姿が生々しくて見ていられない。
「じゃぁ、おもちゃはどうなったの?」
「それがなぁ……」
 見たところ、ジンさんはおもちゃを持っていない。ということは、奪われたってことなの?
「ったく、羽賀さんは意地悪いんだからヨォ。そういう作戦にするんなら最初から言ってくれりゃいいのに。まぁ今回オレだったからこの役目ができたんだろうけどな?」
「えっ、それどういうこと?」
 ミクさんも私も目を丸くした。一体どこで何の作戦が変更になっていたのだろうか? そういえば羽賀さんはあれからどこに出かけたのか?
「まぁ、もう作戦終了したから話しても大丈夫だよな。あの後すぐに羽賀さんから連絡があってな。オレはミクがすり替えたダミーのおもちゃの方を持って行ってくれということだったんだ。そのときは意味がわからなかったんだけど、こういうことだったんだな」
「こういうことって?」
「つまり、羽賀さんはミクを危険な目に合わせたくないからオレをオトリに使ったんだよ」
「ってことは、本物のおもちゃは? 羽賀さんは?」
 ミクさんは心配そうな顔でジンさんにそう尋ねる。するとジンさんには似合わない笑顔でこう答えてくれた。
「大丈夫。今、羽賀さんがマスターのところに持って行って解析中だ」
「あの……マスターって?」
 そういえばミクさんもマスターとかって言ってたな。誰なんだろう?
「あまり詳しいことは言えないけれど、情報関係に強い人なの。まぁ天才的なハッカーでもあるのかな」
 ハッカーという言葉を聞いて、私の夫が本当にそうだったのかが未だに信じられない気持ちが湧いてきた。私の夫がそんなことをやっていただなんて。そして今回、一体どんな情報をつかんで、そして死んでいったのか。私にはそれを知る必要がある。そうしないと私が夫の死を納得できない。
「ジンさん、そのマスターのところに連れていってもらえないでしょうか」
「紗織さん、残念ながらそれはちょっと。マスターの存在はあまり知られたくないからね」
「だったら、最終的にどんな情報だったのか。それは私にも教えてください。でないと、夫がなんで殺されたのか納得いきません」
「うぅん、まぁそれについては羽賀さんとも相談するけど」
「いえ、私は知る権利があります。私自身もここまで巻き込まれたのですから。何も知らされないまま、この先を過ごすのは耐えられません」
「わかったわかった。といっても、オレも一体どんな情報なのか知らないからなんとも言えないんだけどな……」
「じゃぁ約束してください。情報がわかったら私にも教えてくれるって」
「あ、あぁ。ったく、困ったなぁ……」
 私には知る権利がある。その思いは曲げることができない。そして、夫が何を知りどんなことをしたかったのか。その心の内を理解しないといけない。それが今の私の義務だ。
「紗織さん、まだいるかな?」
「あ、羽賀さん!」
 ミクさんの声で私は声のする方に目を向けた。そこには羽賀さんの姿が。
「羽賀さん、待ってましたよ。どうでした?」
 ジンさんが助けを求めるように羽賀さんにすがりついた。羽賀さんはちょっととまどっているが、すぐにこう言った。
「ここじゃちょっと。上に行こう。話はそれからだ」
 羽賀さんの促しに私たちは二階の羽賀さんの事務所へと場所を移動した。みんなが腰をおろすのを見計らって、羽賀さんが口を開いた。
「まずはジンさん、こんな役目を突然振っちゃってすいませんでした」
「いや、それはいいんだけどよ。でもどうして突然作戦変更だったんだ?」
「はい。一つはミクをやはり危険な目には合わせられないということ。もう一理由があって……」
 羽賀さんはそう言いながら、人差し指を口に当てる。黙って、という合図らしい。そして羽賀さんはパソコンのコンセントのところに行く。そしておもむろにコンセントの三叉を抜いた。
「こいつがあったからです」
「いつの間にっ!」
 ジンさんはそれがなんなのかすぐにわかったようだ。
「それってなんなの?」
「ミク、こいつは盗聴器だ。つまり、ここの部屋での会話は筒抜けだったんだよ」
 そう言いながら、ジンさんがコンセントの三叉を分解する。すると中からなにやら電子回路の装置が出てきた。
「羽賀さん、いつこいつに気づいたんだ?」
「実はマスターから忠告があったんだよ。どうやらここの会話が盗聴されている恐れがあるって。それであえて作戦を急遽変更してみたんだ」
「なるほどね。やつらにはオレが情報を握っていると思わせたのか。で、その裏をかいて羽賀さんが本物を取りに行った、というわけだな」
「えぇ、その通りです」
「で、その情報って一体なんだったのですか?」
 私はそろそろ確信が聞きたくてウズウズしていた。だが羽賀さんは再び人差し指を立てて、黙っての合図をした。そして私たちを小さな一つの輪にさせ頭をつき合わせた。そして羽賀さんは小声でこう言った。
「残念ながらまだ私にもわかりません。ですが、それも時間の問題です」
 夫のつかんだ情報とは一体なんなのか? その真実はまだ闇の中である。

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