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コーチ物語 クライアント27「見えない糸、見えない意図」その2

 仕事が終わって、もう一度みずきにコーチングのことを教えてもらおうと思って話しかけた。するとみずきはこんなことを。
「あ、今日ね、このあと羽賀さんのコーチングを受けるんだよ。そうだな、よかったら一緒に来ない?」
「え、いいの?」
「うん、今からだから、コーチング終わったら一緒にご飯食べよ」
 みずきからご飯のお誘いもあり、私はちょっとウキウキ気分になった。それにしても、みずきがこんなにも入れ込んでいるコーチングってどんなのだろう? それ以上に羽賀さんという人にも興味がある。
 バスに乗って、旧市街の街中で降り、そこからちょっと歩く。すると一階がお花屋さんのビルに到着。
「ここの二階なの。この時間だとアルバイトのミクちゃんも来ているはずだから。ミクちゃんの話もおもしろいよ」
「へぇ、アルバイトの子もいるんだ」
 ますます興味を持ってみずきの後を追いながら階段を上がっていく。
「こんにちは」
 ドアを開くと、そこに待ち受けていたのは背の高い、メガネを掛けたちょっといい感じの男性。この人が羽賀さんかな?
「みずきさん、こんにちは。あれ、こちらは?」
「羽賀さん、紹介します。私の会社の同僚で宮田真澄っていうの。コーチングの話をしたら興味を持って。で、今回誘っちゃったけどよかったですか?」
「えぇ、かまいませんよ。でも今からみずきさんとのコーチングセッションになっちゃうから。ミク、こちらの宮田さんとしばらく話をしててもらえるかな?」
「はーい」
 声をする方を見ると、パソコンの前で何やら作業をしている若い女性が目に入った。ボーイッシュな感じで活発そうな女の子だ。
「じゃぁ、こちらにどうぞ」
 私はそのミクと呼ばれた女の子に誘われるがままに横の椅子に座ることに。
「今、お茶を入れてくるね」
 初対面なのにすごくフランクな感じで会話をしてくるな。でも図々しいとかそんな印象は受けない。むしろお客さんとしてかしこまって接待されるより気が楽だな。
 みずきは羽賀さんとソファの方で話を始めた。どうやら書道でこれから何を目指していくのか、そこについての会話らしい。しかし人の話を盗み聞きするのもなんだし。あとでどんな話だったかはみずきから聞けばいいか。
「おまたせしました。よかったら飲んだ感想を聞かせてね」
 外が寒かったから、勧められるままにお茶に手を伸ばす。そして一口。
「ん、おいしい。お茶ってこんなにおいしかったんだ」
「えへへ、やったね」
 ミクさんはピースサイン。
「私ね、今お茶を淹れる修行中なの。一階にお花屋さんがあったでしょ。そこの舞衣さんの淹れるお茶がすごくおいしいのよ。普通にスーパーに売っているお茶ですら、まるで玉露みたいな味になっちゃうの。今それを目指しているんだけど、まだまだそこまではいかないんだよなぁ」
「そんなことないよ。これでもすごく美味しいよ。ミクさんってすごいなぁ」
「あはっ、ありがとう。あ、さん付けはいらない。ミクって呼び捨てにされる方がうれしいな。えっと、宮田真澄さんだっけ。真澄さんって呼んでいい?」
「えぇ、いいわよ」
 なんだか急にミクとは距離が縮まった感じがした。ミクはまだ専門学校生で、前に羽賀さんに自殺しかけたところを助けてもらって、それ以来ここで仕事を始めたらしい。趣味は自転車。羽賀さんはマウンテンバイクの師匠でもあるらしい。
「へぇ、羽賀さんってすごい人なんですね」
「でしょ。ところで真澄さんってコーチングのどんなところに興味を持ったの?」
「うん、実はね、彼氏にフラれたの。お前はオレの自由な時間を奪ってるって。私は彼のことを知りたくて、いろいろと根掘り葉掘り聞いちゃったんだよね。それにね、会社でも失敗して。課長の思ったことをうまく汲み取れなくて。もっと人の心が読めるようになるといいのにな。そんな超能力みたいなこと、出来る人いるのかなってみずきに言ったら、超能力じゃないけどそういう人いるよって教えてくれたの。それが羽賀さんだったんだよ」
「なるほど、真澄さんってもっと人の心が読めるようになりたいんだ」
「うん、それがうまくいかなくて、なんか自己中みたいに思われているけど。あらかじめこの人がこんなこと考えてるってわかったら、それなりの対応ができると思うんだけどなぁ。ねぇ、コーチングってそういう人の心も読めたりしちゃうものなの?」
「人の心が読める、かぁ。ある意味そうかもしれないなぁ」
 ミクの言葉に私は思いっきり興味を惹かれた。
「じゃぁ、私にもそれってできるようになるの? コーチングをマスターすれば、人の心が読めちゃうのかな?」
 私がどんどんミクに迫っていくものだから、ミクは逆に後ずさり。
「ちょちょ、慌てないで。真澄さん、今すごく焦ってるでしょ。人の心が読めれば、もっと素晴らしい人生が開かれるんじゃないか。そんなこと考えているんじゃないの?」
 このミクの言葉にはびっくり!
「すごーい、どうしてそれがわかるの? ね、ミクは今、コーチングを使ったの?」
「あはは、コーチングとはちょっと違うかもしれないけど、実はあることさえわかっちゃえばこのくらい誰でも読めちゃうよ」
「じゃぁ、ミクもそれがわかるんだ。ね、どんなことがわかれば人の心が読めちゃうのかな? それ、私にもできる?」
「うーん、本来のコーチングの意図とは違うけれど。でもコーチングを勉強して使っていれば、そのくらいわかるようにはなるよ」
「じゃぁ、コーチングを教えてくれる? 羽賀さん、コーチングをする人を教育するなんてことしてくれるのかな?」
「うん、今までそういう指導もしたことはあるよ。でもお金かかるけど」
「いいの、どうせ彼氏もいないんだし。独り身で特に趣味なんてもっていないから、こういうのにお金を使わなきゃ」
「じゃぁ……」
 ここでミクから羽賀さんのコーチング指導を受ける細かい内容について聴くことになった。金額は決して安くはないけれど、毎月そのくらいならなんとかなるかなという額。ちょっとした料理教室とかカルチャーセンターなんかに行けば、このくらいかかったりするし。
「あとは羽賀さんがうんと言うかなんだけど。もう少ししたらみずきさんとのコーチングセッションが終わると思うから聞いてみるね」
 そこからは黙ってしばらくみずきと羽賀さんの会話に目を向けることに。みずきは羽賀さんに話をしている。羽賀さんはそれをただ聴いているだけ。でも、みずきはとてもうれしそう。すごい笑顔になっている。ここで羽賀さんの口から信じられない言葉が飛び出した。
「みずきさん、今すごくやる気が出てきたでしょ。そして、人を見返すよりも自分を認めてもらいたい。そう思ったんじゃない?」
 すごい、みずきの心を読んだ。これがコーチングなんだ。

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