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コーチ物語・クライアントファイル6 私の役割 その7

「調査するのはいいのですが、皆さんが一斉に動いても、誰が何をするのかを決めないと行動にロスが出ます。例えば、同じ会社に二度電話したり、一つの資料を廻って右往左往したり。時間を十分ほどいただければ、各自の役割を決めることはできますがどうしますか?」
 なるほど、そう言われればそうだわ。この羽賀さんの意見にはみんな納得。すぐに羽賀さんを中心に、各自の役割、誰が何をいつまでにどのような形で提出するのかが決まった。さらには、次に集まるのが明日の午後一時というところまで決定。全員、すぐに決まった行動を始めるために、会議室を一目散に飛び出していった。
「あ、社長と吉田さんの旦那さんはちょっと残ってもらえますか?」
 羽賀さんが二人を呼び止めた。
「羽賀さん、何でしょうか?」
 社長が不思議そうに尋ねた。
「お二人にはもう一つ当たって欲しいものがあるんです。今回、一週間という時間です。また交渉先が海外メーカー。見たところ、この会社には海外メーカーとの交渉を経験した方がいないか、それほど経験がないと感じましたが」
「えぇ、確かに我が社は国内メーカー中心に営業を進めてきましたから。だから海外メーカーと取引という概念がなかったのも確かです」
 そう答えたのは弘樹さん。
「だったら一つご提案があります。この件を成功させるには海外メーカーとのスムーズな交渉が必要不可欠。しかも手形の関係で、前金で手付けをいただく必要がある。そうなると海外メーカーとの交渉にはプロのエージェント、代理で交渉してもらう人間が必要だと考えました。吉田さんにはそちらを当たって頂けないでしょうか?」
「エージェントといっても、そんな急には……」
 社長が頭を悩ませていたら、弘樹さんがなにかひらめいたみたい。
「社長、先日のパーティーで近づいてきたエージェントと名乗る外国人がいました。確かミケーレ・カルヴィとかいうイタリア人だったのを覚えています。ちょっと素性がわからなかったので、あまりちゃんとは話せていないのですが」
「しかし、そんな訳のわからない人物に社運をかけたものを任せて大丈夫なのか?」
「そんなの、あたってみないとわからないじゃない!」
 私は思わず叫んでしまった。さっきもそうだったが、男っていざというときの決断が弱いのよね。
「確かに、吉田くんの奥さんの言うとおりだ。早速アプローチしてくれないか」
「はい」
 弘樹さん、早速名刺を探しだして電話をかけ始めた。
「えぇ、どうしても海外メーカーと至急交渉して頂きたい案件がありまして。
そこでカルヴィさんにお願いできないかと。できれば今すぐにでもお会いしたいのですが……」
 どうやらカルヴィさんは思ったより日本語は達者みたい。弘樹さんは通常と全く変わらず電話の受け答え。しかし、電話口で先方はぐずっているみたい。
「いや、一週間以内に決着をつけないと……ですから詳しいことは会ってからお話ししたいのです。お願いできないでしょうか?」
 弘樹さんではなかなか動こうとしないカルヴィさん。もう、そんなに弘樹さんをいじめないでよ。
「じゃぁ私が直接話をしよう」
 社長が電話を代わろうと思ったそのとき、羽賀さんが動いた。
「今回は特別サービスです。私に代わってください」
 そう言うと社長よりも早く羽賀さんは電話を代わった。
「……Yes,I'm Haga。はっはっは〜、いやいや久しぶり。Yes……Oh……それは頼むよ……」
 えっ、羽賀さんってカルヴィさんと知り合いなの? 電話の様子ではそんな感じだった。
「じゃ、1時間後にはこちらで。よろしく。See you!」
「羽賀さん、ミケーレ・カルヴィさんとお知り合いなんですか?」
 弘樹さんがそう尋ねた。
「えぇ、実はお二人に代理人の話をしたときに、誰もあてがなければミケーレを紹介しようと思っていたんです。というよりも、あいつのことだから絶対にどこかで社長か吉田さんと接触しているはずだと思いました。今回の光陽工業の技術は画期的ですからね。ミケーレは工業商品専門のプロのエージェントであり、凄腕の交渉人でもあります。だからこそ、こういった情報はいち早く反応するんですよ。前は海外メーカーから日本商社へ商品を売り込むための代理人として活躍していたのですが、今では逆に、日本メーカーの商品を海外へ売り込むための仕事の方が多いはずだ」
「だったら、今回の件はぴったりね」
 私はちょっと安心した。
「羽賀さんはカルヴィさんとはどこで?」
「はい、私が以前四星商事にいた頃に、何度か組んで仕事をしたことがありまして。ミケーレの腕は信じて間違いありません。ただし、今回の件について一つの条件を出してきたんですよ」
「条件って? やはりお金か……」
 社長はちょっと頭を悩ませている。
「ま、確かに腕が立つのでそれなりの報酬は必要ですが、それは成功報酬なので大丈夫。それよりも、ヤツは日本文化にとても興味があってね。特に食事、しかも日本の家庭料理ってやつに凝っているんですよ。ミケーレも気分屋だからね。そういう意味で、接待が必要だな」
「接待って、どこか日本料理の料亭にでも?」
 弘樹さんは仕事柄、そういった方面には強い。が、羽賀さんの答えは弘樹さんの期待を裏切り、さらに私に目が注がれる結果となった。
「いや、ヤツが求めているのは日本の家庭料理。つまり料理店のものではなく一般家庭で作られる日本料理なんだ。なぜかヤツはこれがお気に入りでね。ということで、吉田さん、出番ですよ」
 羽賀さんはにっこり笑って私を見つめた。私は半分引きつった笑いで羽賀さんに微笑み返すしかなかった。

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