コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第六章 決断した男 その4
「羽賀さん、私はどんな手を使ってでも、佐伯孝蔵のやろうとしていることを阻止しないといけないと思っています。一体どうすればいいのでしょうか?」
さすがの羽賀さんも考え込んでいるようだ。志はある。けれどそこに向かうべき方法が思いつかない。一体どうすればいいのだろうか。
「やはり………」
羽賀さんがようやく重たい口を開いてくれた。
「やはり?」
私が聞き返す。
「やはり、和雄さんが佐伯孝蔵に直接会うしか道はないのではないでしょうか」
やはりそうか。私もそこは思っていた。
「その場のセッティングさえ出来れば、こちらにも勝機はある。そういうことですね」
私の問いにイエスと答えてくれる。そう期待していたのだが、羽賀さんの答えは違っていた。
「いえ、勝機とかそんなんじゃないんです。そこから新しい何かを生み出す。これが大事なんじゃないかと思うんですよね」
「新しい何か? それってどういう意味ですか?」
羽賀さんの答えは私の頭を翻弄させた。私の目的は佐伯孝蔵のやろうとしていることを止めること。そして今までの行動に対して悔い改めさせること。そこしか考えていない。だが羽賀さんは何か別の考えを持っているようだ。
「ボクは時々会議の指導をやることもあります。また、仕事仲間にファシリテーターをやっている人もいます。そこで常々こんな指導をしています。AかBかの二者択一ではない。A+B=Cという考え方で、新しい価値を創造する。それが大事なのだと」
「でも、あの佐伯孝蔵と私たちは間違いなく敵対しているのですよ。そんな関係でお互いに価値を創造することなんかできるわけがない」
私は頭から羽賀さんの意見に反対をした。だが、心の奥では何かを期待している自分もいることに気づいていた。
「お父さん、ボクも羽賀さんの言うとおりだと思います。お父さんの気持ちもわかるのですが、何か釈然としないものがあるんです。正義の鉄槌というと聞こえはいいですが、佐伯孝蔵が本当に悪なのか。ボクにはそこが納得できないんです」
雄大はさっきと同じ事を繰り返して私に訴えてきた。ここで心の中の葛藤が始まった。本当に私のやろうとしていることは正義なのだろうか?
「確かに、航空機事故や暗殺といったととは許されるべきものではありません。これについては自分の非を認め、罪を償うべきでしょう。けれどそれだけで本当にいいのか。実のところ、私たちは佐伯孝蔵に助けられてもいるのですから」
「助けられているって?」
今まで黙って話しを聞いていたひろしさんが口を開いた。この言葉にはびっくりしたのだろう。
「えぇ、実は佐伯孝蔵、正確に言えばリンケージ・セキュリティが私たちの見えない世界で情報戦争に戦ってくれているおかげで、私たちは諸外国からの攻撃に守られているのです」
「どういうことだ?」
「今や、どの国もさまざまな国に対してのスパイ行動は行なっています。その中でも日本は技術力の面で多くの国や企業から日々攻撃を受けているんです」
たしかにそうだろう。十五年前ですら、かなり厳しい状況だったのにインターネットが発達した現代では、更にそれが激化しているのは明らかだ。
「その多くの攻撃を防いでいるのが、リンケージ・セキュリティなのです。そしてそのリンケージ・セキュリティは、情報分野においては軍隊と同じような組織構成をしています」
羽賀さんはホワイトボードに組織図のようなものを書いた。つまり、上からの命令が末端に届いて活動を行なっている、ということが言いたいようだ。
「そしてここにいるのが」
羽賀さんは一番トップを指さし、さらに赤のマーカーでこう書いた。
『佐伯孝蔵』
「つまり、この指示系統が崩れると、リンケージ・セキュリティそのものの構成が崩れてしまい、ひいては情報戦争に対しての命令が適切に行われなくなる危険性があります」
「なるほど。つまりこれも日本の危機、というわけか」
ひろしさんは羽賀さんの言葉に納得している。確かに羽賀さんの言うとおりかもしれない。
「だからって、佐伯孝蔵のやっていることを見逃すわけにはいかないでしょう。下手をすると、一国の首相が暗殺されるんですから」
私は半ば意地になって反論。しかし羽賀さんはその言葉には動じない。むしろ前よりも冷静になって私の方を見つめている。そしてこう言葉を発した。
「だからこそ、和雄さんと佐伯孝蔵が会って話をする必要があるのです。佐伯孝蔵自身に罪を認めさせ、その上でリンケージ・セキュリティの組織体が崩壊しないような、第三の道を考える必要があるとボクは思っています」
「そんな、綺麗事がうまくいくわけがない」
そう言いながらも、そうありたいと願う自分がいる。
「とにかく和雄と佐伯孝蔵が会わねぇと始まらないってことだろう。だったらその段取りを早いところつけようじゃねぇか」
「でも、どうやったら………」
そこが一番の問題点。だが、ここで一つ思い出した。
「雄大、お前は佐伯孝蔵とどうやって会おうとしていたんだ?」
「どうやってって、直接乗り込みましたよ。蒼樹和雄の息子だということは先方にはわかっていましたからね。でも、結果的にはそこで大変な目に合いましたけど」
「そうか、やはりそうか」
「やはり、とは?」
羽賀さんが私にそこを聞いてきた。
「佐伯孝蔵はいろいろなものに興味を持っています。特に人に対して。だからおもしろいと思った人物には積極的に会おうとする傾向があります。しかしああいった身分ですから。会社としてはむやみやたらと人に会わせる訳にはいかない」
「あれ、おかしいですよ。大山専務は私ですらなかなか会えないって言っていたのに」
「その通りだ。しかしそれは佐伯孝蔵の意志じゃないんだ。会社としてそのような方針をとっている。佐伯孝蔵からの命令は、秘書長を通じてしか伝達されないようになっている。私がその役割を担っていたのだから、間違いない」
「じゃぁ、その秘書長にうまくアポイントがとれれば………」
「ミク、佐伯孝蔵の秘書長は今は誰がやってるか調べられるか?」
「ちょっとまってて」
羽賀さんの指示で、ミクさんが動き始めた。そしてすぐにその答えは返ってきた。
「飯島夏樹という人みたい。この人、女性かしら?」
飯島夏樹。聞いたことがない。だが、佐伯孝蔵の秘書になるくらいだから相当の切れ者であることは間違いない。
「ミク、ジンに連絡をとってついでに調べてもらうようにしてくれ」
「了解」
にわかに事務所が動き始めた。そんな感じがした。
「この飯島夏樹という人物にさえうまく取りいれば、佐伯孝蔵に会えるかもしれないということですね」
雄大は安堵した表情でそう言う。
「おそらくは。しかし、佐伯孝蔵は人に興味を持ちながらも自由には会えないなんて。なんか矛盾していますね」
羽賀さんの疑問ももっともだ。だが彼の秘書をしていた私にはわかる。
「佐伯孝蔵は、かなり大胆な性格をしている。悪く言えば大雑把だ。今までの事業計画も、大きな方向性だけは指示して細かな計画は私達が行なっていた。だからこそ、あの航空機事件や首相暗殺計画も私たちが立てることとなっていたのだ」
「なるほど。でもそれと自由に会えないのとはどういうつながりが?」
「それだけ大胆で大雑把な人だから、どこで何を発言するかわからないんですよ。私達のような関係者であれば問題ないのですが、外部の人間に自慢話をされると、それがどこでどう漏れてしまうかわからない。だから私達が佐伯孝蔵の行動を縛っていたとも言えます」
「じゃぁ、会うのはむずかしい、と?」
「いえ、全く会わないわけではありません。厳しい審査にパスし、さらに私たちが同席した上で監視のもとならば」
私は昔の仕事を懐かしむようにそう話した。
「でも、昔の秘書でしかも佐伯孝蔵が不利なものを持っている和雄さんと簡単に会うことができるとは思えない。自らの喉元に刃を当てているようなものじゃないですか。そもそも、その審査はどこがやるのですか?」
「私たち秘書室の役目だったな。おそらくそれは今も変わっていないでしょう。その秘書長が最終判断を下します」
「となると、キーマンは飯島夏樹という人物か………」
私たちの矛先は、佐伯孝蔵から飯島夏樹へと変化していった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?