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コーチ物語 クライアント35「人が生きる道」2.日々好日 後編

「……ということがあってですね。私の悩みを解決する時期がわかるそうなんですよ」
 月曜日、私は工場の人に占い師の話をした。といっても、私から話をしたわけじゃない。あれからどうでしたか、という問いかけがあったから、それに答える形で話をしただけだ。
「解決する時期ねぇ……その占い師、本当に信用できるんですか?」
「いやぁ、私が悩みを抱えていることをズバリ言い当てたし。それに、酔っている私を親切に介抱してくれた人だから。信頼はできると思うけど……」
 工場の人は、今ひとつこの話に乗ってこない。ちょっとあきれ顔の人もいる。まぁいい、来週もう一度、占い師のところにいけばわかることだ。
 だが、この話がどう飛び火したのか、社長の耳にも入ったようだ。
「濱田さん、なんか妙な占い師に引っかかったようだけど」
「社長、そんな妙なって。親切な占い師さんですよ」
「まぁいいけれど。でも、一つ気になることがあってね」
「何ですか?」
「濱田さんが抱えている悩み、これは私もわかっているけれど。それを解決する時期を待っているっていうのが、ちょっと気がかりでね」
「えっ、どうしてなんですか?」
 社長の言っている意味がわからない。物事には何かしらの時期があって然るべしだと思っているのだが。
「思い立ったが吉日って言葉があるじゃないか。頭の中でひらめいたら、すぐに行動を起こすべし。私はそのおかげで、この工場を持ち直すことができたんだよ」
「でも、それはちょうどその時期だったからじゃないですか?」
 私はめずらしく、社長の言葉に反論してしまった。言ってから「しまった」と思ったが、自分の考えは変わらない。
「そうかぁ……あ、そうだ。あさって羽賀さんがくるから。この話をしてみるといいよ。きっと何かいいヒントをくれるはずだから」
「羽賀さん、ですか……」
 その名前を出されると、従わないわけにはいかない。なにしろ羽賀さんは私の恩人なのだから。それに、これから私を導いてくれる人なのだから。
 そして羽賀さんが来社する日。この日は社長だけでなく、社員の中で問題や悩みを抱えている人をコーチングしてくれる。今日は私もその中の一人にさせてもらった。
「……ということがあったんです。私は、いろんなことがうまくいくには、それぞれ時期があると思うんです。それを待つことのどこがいけないのでしょうか?」
 私は相談というより、社長の言葉に対して反論をするかのように羽賀さんに話をした。
「なるほど、確かにものごとにはタイミングってのがありますよね。では、濱田さんの悩みに対して行動を起こす。そのタイミングは誰が決めるのですか?」
「えっ、誰がって……そ、それは……か、神さまじゃないですか?」
 私は思わず、神さまなんて言葉を使ってしまった。が、羽賀さんは笑いもせずに真剣に私の方を向いて、私の言葉を聞き入れてくれている。
「神さま、確かにそうですね。そういったタイミングは誰かが決めるわけではない。おそらく、何らかの見えない力によって決められているんじゃないかな。ボクもそう思います」
「で、でしょ。だからそのタイミングを、その占い師が……」
 言いかけた時に、羽賀さんが珍しく私の言葉を遮った。
「じゃぁ、占い師は本当にそのタイミングを知っている、そういうことなのですね」
「えっ、そ、そうだと思いますが……」
 私は言葉が小さくなった。占い師だから、人のチャンスとなるタイミングを知っているのか、と問われれば、そうだとは言い切れない。
「実は、神さまってそのタイミングをちゃんと私たちに教えてくれているんです」
「えっ、教えてくれている?」
「はい。例えばこんなことないですか。ふと誰かに電話しようと思った。で、相手に電話をかけたら、相手も実はこちらに連絡を取ろうと考えていたところだった。いかがですか?」
「えぇ、そんな体験ならありますけど」
「ここなんです。電話をかけようと、ふとひらめいた。このひらめきというのがまさにそのタイミングなんですよ」
「あ、だから社長は『思い立ったが吉日』って言葉を言ったんですね」
「はい。実は、この工場がピンチだった頃、社長はなんでも決断を先延ばししていました。せっかくやろうと思ってひらめいたことも、『いや、もう少し待とう』と言って、先延ばしして。結局チャンスをムダにしてしまったことがよくあって」
 私は羽賀さんの言葉を聞いて、ゴクリとつばを飲んだ。実は、私も昔、決断を先延ばしする癖があったからだ。まだ勤めていた頃、車を買おうとしていたことがあった。中古車の店で、一目惚れした車が見つかった。このときは「これだ!」と思った。妻も、この車がいいと言った。が、私はちょっとだけ躊躇してしまった。一日だけ待とう、そのときはそう判断したが、翌日にはすでに売れてしまった後だった。
 似たような経験はまだまだある。せっかくのめぐり合わせなのに、チャンスを逃してしまう。だからこそ、チャンスにはタイミングがある、時期があると思っていたのだが。
「それから、ボクは社長に即断即決の指導をさせていただきました。その結果、思ったらすぐに行動する。そこで失敗をしても、必ず意味はある。そう思えるようになったんです。そのおかげで、社長はひらめいたことをすぐに行動に起こす、行動的な人に生まれ変わりました」
「その結果が、今なんですね」
「はい。確かに慎重に検討することが必要な場面もあります。それに対しても、検討するべきかどうかを、即断即決しています。というか、検討するべきだってひらめくそうです」
 ひらめく、か。けれど、今の私に本当にそんなひらめきはくるのだろうか?
 その疑問を羽賀さんにぶつけてみた。
「大丈夫ですよ。これも訓練です。まずは自分のひらめきや直感、これを信じて行動してみてください。今という時は、もう二度と戻ってはきません。今やろうと思った。そのときが最良のタイミングだとボクは思います。こんな言葉があります。『日々好日』。今日という日がいつも最高の一日であり、今という時が一番のチャンスである。この言葉を忘れないで下さい」
 羽賀さんの言葉には、なんだか勇気をもらえた。そうか、今までタイミングが悪いと思っていたのは、そのときに行動しなかったからか。けれど、そこで一つ疑問が湧いた。
「じゃぁ、あの占い師って、インチキなんですか?」
「ははは、それは今度の週末、あの占い師の行動を影から見ていればわかりますよ」
 謎の言葉を言って、羽賀さんのコーチングの時間は終わった。私は羽賀さんの言うとおり、占い師の行動を影から観察することにした。
 占い師は、人通りが少なくなった商店街で、じっと客の入りを待っていた。そのとき、先週の私と同じように酔っ払いがふらふらと歩いてきた。そのとき、あの占い師はすぐに酔っ払いに近寄り、介抱を始めた。
 このとき、私ははっきりと占い師の言葉を耳にすることができた。
「あなた、ひょっとしたら大きなお悩みをお持ちではないですか?」
「えぇっ、なんでわかるの?」
 この時点でわかった。なんてことはない、よく考えたら人って誰でも悩みを一つや二つ抱えているものだ。酔った状態でそう言われたら、誰でも言い当てられたと思うだろう。占い師はその心理を突いて、客を誘導していただけだったのか。
 からくりが判り、なんとなく胸がスッとした。占いなんかに頼ってはいけない。自分がひらめいたこと、そのときに行動を起こす。
 「日々好日」か。よし、私もこの言葉を信じて、今すぐ行動を起こす癖をつけてみるとするか。

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