コーチ物語 クライアント31「命あるもの、だから」その5
石垣先生とお母さん、二人の姿を目にしてたじろぐ私。そしたら羽賀さんが私にこんなことを言ってくれた。
「由香ちゃん、ボクが二人を呼んだんだよ。余計なおせっかいだったかもしれないけど、ボクからも先生やご両親に現実を知ってもらいたいと思ってね」
羽賀さんが二人を……でも、二人とも私にそんなこと一言も言わなかったのに。よく来てくれたなって思った。
「こちらが山下さん。今は捨てられた動物たちの命を救いたくて、こうやって動物たちの保護施設を自分でつくって、運営している方なんだよ」
初めて見る山下さん。小柄な女性で、どこにそんなパワフルさがあるのか、不思議なくらいだ。そのとき、お母さんから信じられない言葉を耳にした。
「山下さん、とてもお久しぶりです。きっと覚えていないと思いますが」
えっ、ど、どういうこと? お母さんと山下さんって知り合いなの?
「いえ、覚えていますよ。もう二十年くらい前になりますね。あのとき、まだ学生さんでしたよね」
「はい、私が高校三年生、今の由香と同じくらいの時でした」
私は黙って二人の会話を聞いていた。お母さんと山下さんに一体何があったんだろう?
「私もまだこの活動を始めて間もない頃でしたからね。あのときは力不足で本当に申し訳ないと思っています」
「いえ、私が甘かったんです。だからもう、生き物を飼いたくない。そう思っています。けれどまさか、自分の娘が同じことをやってしまうなんて……」
私と同じこと? その後の山下さんの言葉で私は全てを理解した。
「あなたは間違っていなかったわ。あのとき捨てられた子犬を大事に育てたい。けれど自分の家では飼うことができなかった。だから私を頼ってきた。でも私もまだまだ力不足で。さらにあの子犬は病気を持っていたから。でもあなたがきちんと見送ってくれたから、あの子犬も幸せそうな顔で最期を迎えることができたのよ」
すると、お母さんの目から涙が。そうか、そうだったんだ。私が子犬ちゃんを拾ってきた時に猛反対したのは、犬が嫌いだからじゃない。自分が同じことをして子犬を死なせてしまったから。だから同じ思いをしたくなかった、私にさせたくなかった。そういうことだったのか。
すると今度は石垣先生から思わぬ言葉を耳にすることに。
「山下さん、先日は本当にすいませんでした」
えっ、今度は石垣先生が山下さんに謝るなんて。何があったの?
「いえ、あれも私の伝え方がまずかったから誤解をされてしまったんですよね」
「とんでもないです。私の勉強不足でした。山下さんの活動のことをちゃんと知らなくて、ただ犬やネコを預ければどうにかなると思っていた私が間違っていました」
預ければって、これもどういうことなの?
「あのとき先生が拾ってきた子猫ちゃんたち。まだすごく幼かったですよね。けれど先生のマンションではペットは飼えなかった。だから私を頼ってきた」
まさか、石垣先生もそんなことがあっただなんて。山下さんの言葉は続いた。
「でも、あのときに殺処分の話をちゃんとできていなかったから。まるで私がこのままあの子猫ちゃんたちを見殺しにしてしまうような印象を与えてしまって。だから怒ってしまわれたんですよね」
「いえ、本当に私の勉強不足でした。同じことをこの進藤から聞かされて。それから私も勉強をしました。けれど、山下さんの力にはなれていない。それを反省しております」
石垣先生、どう見ても体育会系のノリだなぁ。
「あの子猫ちゃん達、あれから譲渡会でそれぞれがちゃんともらわれていきましたよ。まだかわいらしかったから。安心してください」
「あ、ありがとうございます」
石垣先生は涙を流しながら山下さんに握手を求めてきた。大きな身体なので、山下さんがつぶされてしまいそう。
そばで羽賀さんが私に小声でこう伝えてきた。
「実は由香ちゃんから聞いていたお母さんや先生のことを伝えたら。もしかしたらって山下さんが思い出してくれたんだよ。そしてお二人に直接今回のことを話したら。山下さんに直接お詫びとお礼がしたいからって。だから今日、一緒に来てもらったんだ」
そうだったんだ。でもまさか、こんなことが裏で行われていたなんて。まったく予想もできなかった。
その後、山下さんの施設を見学させてもらうことに。そこにはたくさんの犬やネコたちがいる。子犬ちゃんみたいに小さい子もいれば、もう大きくなって立派なのも。さらに年老いた犬までも。
「私はね、病気になった動物や年老いてもう先がない動物たちのホスピスをつくりたいの。そういった動物たちは譲渡会でももわられることがないから。そうなると待っているのは冷たいガス室。それをさせたくない、最期まで生き抜いて欲しい。だからホスピスをつくりたいの」
そう説明する山下さん。その思いに私もお手伝いしたい。それを強く感じた。
「そういう意味も含めて、今度のイベントを開催することにしたんだよ」
羽賀さんは秋に行われるイベントについての話を始めた。そこでは動物たちが置かれている現状、そして待っているもの。そういったみんなが知らない部分を知ってもらおうというのが目的となる。
さらに山下さん自身の体験を語る講演や、関連した映画上映なども企画されている。
できるだけたくさんの人にこういった現実を知ってもらい、動物たちの命について考えて欲しい。それが山下さんの願い。その願いに共感して羽賀さんが動き始めたんだ。
「この企画は多くの人の協力が必要なんだ。だから由香ちゃん、まずは協力してくれる人を集める手伝いをしてくれないかな?」
ここではい、と言いたかった。けれど目の前には今まで子犬ちゃんのことを反対していたお母さんと石垣先生がいる。
私は二人の顔色をうかがう。すると、石垣先生からこんな言葉が。
「進藤、何度も言うがまずは学業が大事だ。それが高校生の本分だからな。だから……」
だから、やめなさい、そう言われると思って覚悟していた。が、次に耳にした言葉はまさかと思うものだった。
「だから、高校のみんなには私から伝えることにする。その分、進藤はしっかりと勉強に力を入れなさい」
えっ、ってことは石垣先生はこの活動に協力してくれるってこと。それには驚いた。さらに驚いた言葉が。
「由香、地域のみんなには私から協力をお願いするから。だからあなたはむやみに動きまわるのはもうやめなさい。もっと効率のいい方法をとらないと」
まさか、お母さんまで協力してくれるなんて。私は言葉が出なかった。と同時に涙が溢れてきた。
「先生とお母さんが協力してくれるなら百人力です。本当に有難うございます。じゃぁ早速詳しい内容に入りましょう」
その日、私は新しい世界を見た気がした。今まで動物を飼うことに反対だったお母さんと石垣先生。その本当の心を知ったから。そんな幸せな環境にいることにあらためて感謝をせざるを得なかった。
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