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コーチ物語 クライアント23「まさかの一日」その2

 まったく、明神さんにはあきれるな。自分の立場っていうのがわかっているんだろうか。この企画がうまくいかなければ、ボクたちはヘタするとリストラ、なんてことになりかねないんだから。
「まぁ、飲み会はそのうちやることにしましょう。とにかく今はこれからをどうするのかをみんなで考えないと」
 ボクの言葉に明神さんはふくれっ面。ボクはそれを無視して、新藤くんに考えを聞くことにした。
「新藤くんはどんなことをすればいいいと思う?」
「どんなことって……うぅん、とにかく何が成功要因なのか、それをリサーチする必要があると思うんですよね。今人気の婚活パーティーやお見合いパーティーをとことんリサーチして、その要因を解析していく。これが大事じゃないでしょうか」
 なるほど、それは一理あるな。
「じゃぁ、早速今現在どんなパーティーがあるのか早速リサーチしてくれるかな?」
「はい、わかりました」
 新藤くんは早速パソコンでリサーチに入った。明神さんはまだふてくされた態度をとっている。この人にも何か役割を与えないとなぁ。
「明神さんには……そうだな、社内アンケートってのをとってもらおうかな。独身の男女にとにかくどんな婚活パーティーだといいのか、そういうのを聞いてもらいたいですね。そのためのアンケートを作ってもらえますか?」
「えーっ、飲み会はー」
「それが終わったら、盛大にやりますから。まずはお仕事しましょ」
「絶対だよ、約束だからね!」
 この人、やたらと飲み会にこだわるなぁ。まぁやる気を出してくれたのならそれでいいけど。さて、ボクはどんな仕事に取り掛かろうか。
 そう思っていた矢先、明神さんからまさかの一言が飛び出した。
「そういや赤坂くんに言ってなかったよね。私、この前離婚したのよね」
 パソコンに向かって仕事を始めた明神さん。目は画面を見たまま、そんなことを平然と言い出した。これにはびっくりだ。
「えっ、あのいかつい旦那さんと別れちゃったんですか?」
「そっ。あいつ、体ばっかでかくて全然私のこと見てくれないんだもん。飽きちゃったからポイしちゃった」
 ポイしたって……まぁ明神さんらしい発言ではあるけど。ってことはここにいるみんな独身ってことか。そうか、それからみんなでお見合いパーティーに潜入調査、なんてことも可能か。
 頭のなかではそんな計算が回っていた。だからといって、その先の妙案が思いついたわけではないが。
 お昼休みになって、とりあえず三人で昼食を食べに行くことになった。正直、同僚に顔を合わせたくない。今までソーラー発電のプラントの仕事をしていたボクが、どうして婚活お見合いパーティーの仕事なんかしなきゃいけないんだ。そんな思いがグルグルと頭のなかを駆け巡る。
「ここ行こ、ここ」
 明神さんに案内されて、着いたのはちょっとおしゃれなお店。一見すると高そうな感じだったが、看板にはワンコインプレートランチと書かれてある。結構リーズナブルだな。
 店に入ると、その価格と雰囲気のせいか混雑していた。
「明神さん、このままだとお昼休み過ぎちゃいますよ」
「だから連れてきたんじゃない。上司が一緒だったら問題ないでしょ。それにこれもリサーチの一つ。ほら、文句言わない」
 明神さん、どうやらこのお店は前から目をつけていたみたいだな。けれど、待っていたらお昼休みの時間を過ぎちゃうから、今まで来たくても来れなかったと見える。今回ボクが上司になって、しかもリサーチなんて名目をつければ問題ないと踏んだのだろう。まったく、こういうところは計算高いんだから。
 席が空くのを待っている間、壁に貼られている掲示物に目を通す。
「あ、赤坂さん、これ!」
 新藤くんが指さした先。ここにまさかの掲示物を発見した。
『あなたの婚活、応援します。婚活パーティーでの上手なコミュニケーションのとりかた、教えます』
 そんなタイトルが目に入った。そのポスターに近づいて詳細を確認してみる。
「どれどれ……婚活やお見合いパーティーでの上手なコミュニケーションの取り方を学んで、その成功率を高めようっていうのか。そのためのセミナーがあるんだな。えっ、今夜じゃないか!」
 あわてて手帳を見る。今夜は空いているな。でもまだ応募は大丈夫なのかな?
 申し込み先の電話番号を控え、早速電話をかけてみる。
「はい、コーチングの羽賀です」
「あ、今夜の婚活のセミナー、まだ応募は大丈夫ですか? 今ポスターを見て知ったのですが」
「ハイ、大丈夫ですよ。お気軽にお越しください」
「じゃぁ、三名、いいですか?」
「ありがとうございます。ではお待ちしております」
 よし、これは大きな手がかりになるぞ。
「ねぇ、赤坂くん。三名って私達もこれに行けっていうの?」
「もちろん、これは業務命令だからね。ここで何か大きなヒントがつかめるかもしれないじゃないか」
「あ、私は大丈夫です。こういうのは興味ありますから。それに講師があのコーチングの羽賀先生だから。これは間違いありませんよ」
「えっ、新藤くんはこの講師を知っているのかい?」
「えぇ、コーチングの世界では有名ですよ。しかもこの方、以前四星商事のトップ営業マンだったって聞きますよ」
「そんな人が我が社にもいたのか。じゃぁなおさら受講しないとな」
「ねぇ、これって残業つけてくれるの?」
 まったく、明神さんは気分が盛り上がっているところに水を指すような発言ばかりしてくれるんだから。まぁ、業務命令と言ったからには残業扱いにしないわけにはいかないし。もちろん受講経費も会社持ちになるからなぁ。
 それにしても、この羽賀さんという人には興味が湧いてきた。コーチングのプロだったら、今の私自身の悩みにもうまく応えてくれるかもしれない。
「はい、お次お待ちのおきゃくさまー」
 やっとボクたちの順番が回ってきた。席について早々、新藤くんから羽賀さんの情報をさらに聞き出すことに。
「羽賀さんって、今まで何度か四星商事の仕事と対立したことがあったみたいですよ。今では専務になった畑田さんといろいろ揉めたこともあったみたいですけど。でも今では味方になって仕事を進めているみたいです」
「それならば、うちのこの婚活事業に対しても協力してくれるかもしれないな。よし、ボクは午後から早速この羽賀さんを尋ねてみるとするよ。新藤くんは婚活パーティーのリサーチ、明神さんはアンケートの作成を進めてくれないか」
「えー、私もその羽賀さんってのに会ってみたいな」
 またまさかの発言。まったく、明神さんのワガママにはあきれるな。けれどボクの気持はお構いなしに明神さんはしゃべり続けた。
「アンケートをつくるにしても、プロのアドバイスってのがあったほうがいいんじゃないの。私がつくってもありきたりのことしか聞けないし」
 うぅん、それは一理あるな。仕方ない、明神さんも連れて行くか。

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