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短編小説#7 インスタントラーメンを食べる話

 きっかけは週末の夜更かしだった。動画サイトやSNSのチェック、好きなゲームなどをしていたらいつの間にか時刻は深夜1時。同棲中の彼女は遅くまで起きているのが苦手だから早々に寝てしまったが、僕は自他ともに認める夜型人間なのでむしろここからが本番という気持ちだった。

 ゲームのキリがいいところで進捗報告を投稿すべくSNSを開いたら、フォロワーの一人がこんな深夜だというのにカップラーメンを食べている写真を載せていた。いかにも高カロリーそうな豚骨醤油味のラーメンは写真で見るだけでもお腹がすいてくる。しかしアラサーにもなってくると健康にも気を遣うようになってくるし、さすがにこの時間にあんなものを食べるのは気が引けてしまうものだ。それでも一度見てしまったら欲求は抑えがたい、こうなってしまうと僕のように自分に甘いやつは結局目先の欲を選んでしまう。今日だけだし、休み明けから一駅分でも多く歩けば問題ない。そうと決まればさっさとラーメンを作ってしまわなくてはいけない。彼女の眠りは浅くて、物音を立てて調理していれば起こしてしまう。起こしてしまったとしても彼女だって明日は休みなので問題はないのだが、こんな時間からあんなものを食べているところを見られるのは少し気まずい。やるなら完全犯罪だ、と僕は意を決してソファーから起き上がった。

 リビングを抜けてキッチンへ、自分の家だというのに泥棒かのようにゆっくり足を進める。寝室まではやや距離があるのでここまでしなくても大丈夫だとは思うが、念には念を、というやつだ。そっと収納を開けて取っ手つきの鍋を取り出し、目分量で水を注ぐ。鍋を火にかけて待っている間に棚にあるであろうインスタントラーメンを探す。醤油、塩、味噌のラーメンを発見したが、僕の気持ちは決まっていたので悩むことなく一つを手に取る。

 今の気分は間違いなく味噌だ。濃厚な塩気を想像してよだれが出てきそうになる。袋を開ける時に気が急いて大きな音が鳴ってしまったが、幸い寝室までは届いていないようだった。乾燥麺とスープのもとを取り出し、少し気泡が浮いてきた鍋の中に麺もスープの素も全部入れてしまう。こういうインスタントラーメンの作り方がこれで正しいのかはわからないが、僕はいつも少し温まった頃合いでいれるようにしている。袋の底に残った麺の欠片も鍋に放り込んで箸で乱暴に麺を解しながら、スープが沸騰してきたら卵を入れる。黄身が割れないように慎重に箸でかき混ぜて麺が全部解れきる前に火を止めた。余熱で白身が全て白く色付いたら丁度いい。葱と七味を少々かけて、器は洗うのが面倒なので直鍋でいただくことにする。この食べ方が一番美味いのだ。

 ラーメンの匂いはとても体に悪そうに思えるのにどうしてこんなにもそそられるのか。僕が足取り軽く鍋をテーブルまで運ぼうとしたとき、廊下の方から足音が聞こえた。真っ直ぐこちらに向かってきて、ドアが開く。僕はびっくりして鍋をひっくり返しそうになったが、ここで慌ててはいけないと鍋をコンロに戻す。

「おはよう、早いね」
「なんか目が覚めちゃって」

 彼女が冷蔵庫からお茶を取り出して飲んでいる間、何だか僕は悪いことをしていたような気持ちになって黙っていた。お茶を飲み干して一息吐いた彼女はコンロを見て、あっと声を出す。

「いいなあ、私も食べたい」
「いいよ、半分こする?」
「んー塩ラーメン食べたい」

 彼女が夜中にこんな悪魔のようなものを食べたがるのは少々意外だったが、可愛い恋人のおねだりだ。作ってあげようじゃないか。味噌ラーメンは器に移して、鍋を軽く洗ったら同じように水を入れて火にかける。程よく温まったら麺とスープ、彼女は卵も葱もそんなに好まないのでシンプルになってしまうがどうせなら何か入れたいところ。いわば彼女は共犯者みたいなものなのだから、楽しんでもらいたい気持ちもあった。コーンとバターは重すぎる、胡椒も何かが違う。あれでもない、これでもないと棚を探って出てきた胡麻油を見て、これしかないと手に取った。出来上がったラーメンにほんの少しだけ垂らして香り付けをする。我ながらナイスなチョイスだったと思った。彼女用の器にラーメンを入れて、テーブルで待つ彼女のもとへ。

「ごめん、ラーメン冷めちゃったかな」
「別にいいよ、僕猫舌だしどうせちょっと冷ますから」

 彼女の前に塩ラーメンを置くと、いい匂いだと喜んでくれた。彼女が喜ぶ姿はいつ見ても癒されるものだ。僕はそんな様を見て安心しながらラーメンを啜る。伸びてしまわないか心配していたが、硬めに茹でていたためそんなに気にならなかった。味噌の風味はインスタントとはいえ侮れないもので、空きっ腹に染み渡るのを感じている。葱もまだシャキシャキとした良い歯応えが残っていてたまらない。少しだけかけた七味が程よく辛い。半分食べ終わるころに卵を割って黄身と絡めた麺を啜る。辛さがマイルドになり、一気に濃厚な味わいに変化するのだ。固まった白身はスープと絡めて一口で食べるのが最高だ。麺を食べ終わり、最後は残った葱をさらって、僕は胸の前で手を合わせる。今回の夜食も大満足だった。

 彼女は僕よりも猫舌で熱いものは早く食べられない。先に食べ終わった僕はいつも彼女が頑張って食べているのを観察している。

「お椀出してあげようか?」
「大丈夫だし」

 子供扱いされたのが気に入らないのかちょっと不服そうに言う彼女が可愛くて、僕は彼女のために冷たいお茶を汲むためキッチンへ戻った。お茶を渡すと嬉しそうにお礼を言う彼女を見て、僕はたまには二人で悪いことをするのも悪くないと思った。

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