【小説】僕たちの夢見たサンタクロース
十九歳の春、双子の妹と半年ぶりにカフェで再会した。特に変わった様子はなく、韓流アイドルを真似たような化粧が気になる程度だった。
親元に先日帰った話をすると、妹は「去年のクリスマスイブに帰って、一晩泊まったよ。稔も来れば良かったのに」と笑った。そして、上品な白い器の写真を見せてくれた。
「サンタさんからの贈り物」
「手作りかな?」
「きっとね。大事に使うつもり」
僕はどこかすっきりした顔の妹を感慨深く見て、クリスマスの思い出を幼少期から振り返った。
八歳の冬、学校からの帰り道で妹がサンタクロースの秘密を教えてくれた。
「稔はサンタさんを見たことがある?」
「ないよ。起きてられないもん」
「お母さんに言ったらダメだけど、本当はね、サンタさんはお父さんなんだって。だから家によってプレゼントが違うんだって」
「えー、そんなの嘘だよ」
「じゃあさ、今度のクリスマスは絶対に寝ないでいよう。二人でサンタさんを見るんだよ」
当時、我が家は県営アパートの三階にあった。もちろん煙突はなかったので、イブの夜は母が窓とカーテンを少しだけ開けてみせた。
「さあ、今年もサンタさんが来てくれるかな」
妹は悪戯っぽく笑った。長い白髭のお爺さんはやって来ないと言いたげに。
母が明かりを落とすと、僕たち兄妹は布団の中で手を握り合い、寝たふりをしながら寝ていないことを確認し合った。
が、結局どちらもサンタクロースが来る前に寝てしまった。
先に目を覚ました妹に起こされて、枕元に置かれた金リボンの緑の包みを手に取った。本当に外から運ばれてきたように冷たくて、“みのるくんへ”と書かれたカードが貼ってあった。妹の同じ大きさの包みは赤だった。
一緒にリボンを解いて中を見ると、珍しいお菓子がぎっしり入っていて、二人で思わず「わあ」と声を上げた。お菓子の種類は半分くらい同じだったが、残りのもう半分はそれぞれの好みに合わせたものだった。妹は一つずつ包みの中に戻して、大事そうにそれを抱いた。
「良かったわね」
母は喜ぶ僕たちの姿を見て、とても嬉しそうだった。
外に遊びに出ると、妹は寝てしまったことを残念がった。
「見てみたかったね」
「うん。会いたかった」
「やっぱりお父さんだったのかな?」
「きっとそう。凄いよね。お父さんは私たちの好きなものを知っていたの」
「どうしてだろう?」
「分からないけど、なんだかすごく嬉しい」
そう言って笑う妹の目は、夢見がちに輝いていた。
やがて、成長と共にサンタクロースの魔法は解けてゆき、翌年の秋ごろにはどちらからともなく味気ない現実に感づいた。クリスマスが間近に迫っても、今年こそサンタクロースに会おうなどと話すことはなかった。
母に問いただそうとしなかったのは、心のどこかに夢見る気持ちが残っていたから。きっと僕だけではなく、妹も。
僕たち兄妹は、本当の父が誰かを知らない。
九歳、十歳、十一歳になっても、クリスマスの朝はこれまで通り続いた。プレゼントは必ずそれぞれの枕元にひっそりと置いてあった。父が来てくれたと少しだけ信じて、母にお礼を言うことはなかった。
十二歳の夏、母に草野さんという気の良さそうなおじさんを紹介された。青髭の薄いこざっぱりとした顔で、レンズの小さい眼鏡をかけていた。
初めは母の友達だと思っていたが、次第に恋人だと分かってくると、妹は厭わしい気持ちを露わにした。母に対して些細なことで突っかかるようになり、「あの人の方が大事なんでしょ」と度々なじった。母は感情的にならず、毎度そうではないことを根気強く説明した。その揉め事が始まると、軽く二時間は続いた。僕は特に口出しをしなかった。
それでもクリスマスの朝は、プレゼントが眠っているうちに届けられていた。いつもと違ったのは、宛名の書かれたカードにメッセージが添えられていたこと。
稔くんへ いつもありがとう
妹はどんな言葉を貰ったのか。赤い包みを手にしてさめざめと泣いていた。母はすっと台所に移動して、朝ご飯の支度を始めた。その背中を見る限り、きっと母も泣いていた。
十三歳の秋、母から再婚の意思があると伝えられた。同時に、僕たちが十八歳まで待つと約束した。僕はテーブルの下で指を折り、五年も先だと驚いた。
「今すぐにすればいいじゃん」
妹が切り捨てるように言ったそれは、複雑な胸中を表しているように思えた。
「今はしないの。あなたたちが十八、場合によっては二十歳まで。でもね、その時に認めてほしいと思ってる。だからそれまで、お母さんも草野さんも、しっかり頑張るつもり」
「勝手にすれば」
「宜しくね」
母は前向きに笑い、片手ずつを僕たちに差し出した。僕がすぐに応じると、妹はわざとらしい溜め息をついてから母の手にちょこんと触れた。
十四歳の夏、僕は草野さんと初めて二人きりで出かけた。ヘッドライトの丸い小さな車に乗せて貰い、草野さんが嗜む陶芸を体験した。不格好な器が出来上がった。
日がな一日沢山の話をして、悔しいくらい良い人だと実感した。
※以上、本文2022字
【あとがき】
2022年の結びとして、クリスマスをテーマに2022字で仕上げました。
皆様が良いクリスマス、そして良いお年を迎えられるようお祈り申し上げます。
今年も拙稿をお読みいただき、誠に有難うございました。
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