【読書メモ】 『DXの思考法』西山圭太
読んだ。『DXの思考法』西山圭太
【第1章 デジタル時代の歩き方】
DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組むには、経営そのものを見直すべきだ。
なぜなら、高度成長期の会社や日本産業が持っていた基本的なロジック(タテ割りの行動様式)と、現在のグローバル経済を突き動かしているロジック(デジタル化のロジック)とが合わなくなってしまっているからである。
企業や個人がネットワークとつながり大量のデータが自由にやり取りされ、それをもとにアルゴリズムが判断処理をする「システムから経営の方向へ歩く」時代に突入した。これまでの人類が持っていたガバナンスのツールは、そうした状態に対する備えがない。
こうした事態にどう対処すれば良いのか、それを理解するために「経営からシステム、ソフトウェアの方向に歩く」ということも必須になる。
デジタル技術の急速な発展よって、今のグローバル競争のスピードは極めて早くなった。その結果、戦略を作って実行しようとした頃には環境と合わなくなる。今後のビジネスは攻守の順番が整然としている「野球」ではなく入り乱れている「サッカー」の時代になっている。
「両利きの経営」とは、一方で既存事業を進化して収益力・競争力を高める経営を行いながら、一方でイノベーションによる新たな成長機会を探索しビジネスとしてものにしていく経営だ。急速な変化の時代には、両利きの経営そのものの深化が必要である。
人工知能を含む「デジタル技術の発展」や「システムの変化のエッセンス」と、「経営論」や「日本の組織風土論」、この二つをどう統合するか?というところにDXの本質がある。
また、企業が消費者と取引を行う市場そのものが新しい形にトランスフォームしつつあり、ソフトウェアや人工知能のあり方と不即不離の関係にある。そこで、本書では産業丸ごとの転換、「インダストリアルトランスフォーメーション(IX)」を掲げることとする。
日本型経営の特色として、労使関係と職場の人材形成は英米と比較するとヨコ割りであり、それこそが強みだった。日本では職業別ではなく、企業別に労働組合が編成されている。個々の従業員のキャリアパスを見ると、多種多様なポジションをローテーションで回る人事慣行が確立されており、特定の仕事を超えたノウハウが身に付くことになる。
こういった環境によりカイゼン提案が出やすくなり、従業員の熟練を呼ぶ。このノウハウは時間を掛けて初めて体得できるものであり、客観的な言語で表現し教えるようなことはできない。また、企業を超えて熟練がシェアされることもない。
以上のような「会社タテ割り」とセットになったのが「業種」と言う発想である。戦後の日本経済は、主力となる業種を入れ替えることで成長してきた。企業にとっての競争とは、「業種」内での順位争いやシェア争いとしてイメージされる。このふたつの発想を打ち砕いたのが、デジタル化である。
政府もビジネスも、「IT産業」が既存の業界の外側にできたかのように考えて戦って敗れた。われわれは新しいロジックを理解し、身に刻まなければならない。
【第2章 抽象化の破壊力ー上がってから下がる】
人類にとってのデジタル化のスタートラインは19世紀の前半にある。計算の自動化・単純化を果たす「階差機関」と呼ばれる装置が発明され、その後自動織機をヒントにした「分析機関」が発明された。これによってあらゆる記号が処理可能となり、アルゴリズムの初期的な形が提示された。
言い換えれば、「特殊から一般」「具体から抽象」への発想の転換である。ここにデジタル化の革新がある。やがて分析機関が電気回路で実現され、またケーブルを使った通信の理論化が進み。1945年に世界初のコンピュータが誕生した。
高度成長期に入ると世界中が計算機の小型化を進め、プロセッサをひとつの半導体チップ(マイクロチップ)の上に実現できる技術が確立された。日本の企業ビジコンはこの技術を使った小型卓上計算機を設計して、製造をインテルに持ち掛けた。そこでインテルが興味を持ったのは設計図ではなく、計算プログラム(アルゴリズム)だった。インテルはより小型なマイクロチップを開発し、ビジコン社に対して納入価格を引き下げる代わりに、この権利を自らが取得し他社にライセンスする権利を得た。
インテルのような新しいビジネスモデルの登場により、日本企業だけではなくIBMのような「垂直統合型のすり合わせモデル」を採用していたコンピュータ産業全体が、水平分業化の波に飲まれていた。
デジタル化の時代に不可欠なのは、この「まずは抽象化してみて、それから具体化する」という発想である。例えば、ドイツのある優良中堅企業が高収益を達成している理由は、まず世界中の顧客と直接コミュニケーションをとり直販する体制をとっていること。また、顧客からの多くの要望をもとにギリギリの標準化を進めていたこと。さらに自社製品についての注文だけではなく、販売先の企業の将来的な課題、またはさらに上流にいる顧客の将来をリサーチしていたことにある。
人工知能の発達を含むデジタル化の歴史は、人類の課題を解く共通の解法を探求し、創造することだと言える。コード化できる「形式知」は広い範囲での共有になじみ、コード化できない「暗黙知」は狭いコミュニティーの中での共有に馴染む。ヨコ割りの組織で暗黙知が強かった日本企業はデジタル化の流れに乗り遅れた。
数学の問題に国籍・業種・企業による差は無いので、多様な存在を汎用的なやり方で捉えようという取り組みが、世界的なトレンドになっている。今世界中の製造業では、取り組んでいる様々な事柄を、国籍や業種などの区別に関係なく共通のアプローチで解けないか? と言うチャレンジが行われている。
【第3章 レイヤーが人間とコンピュータの距離を縮める】
デジタル化の基本的な特徴を一言で言えば、いくつものレイヤー、層が積み重なる構造をしている。タテ割りを作り出す構造であるピラミッド型は、その頂点を作り出すために他の部分が存在している。これに対しレイヤー構造はいくつもの層を積み上げ、ミルフィーユのような構造になっている。
あるレストランを例に挙げると、レイヤーの下から順番に食材・調理技術・そこから導き出された多数のレシピがあり、その上に当日の仕入れや天候・顧客データなどを考慮して日々作られすメニューがある。また医療機器で例えると、X線・CD・MRIによって得られたデータ層の上に、ネットワーキング層、データの保存や解析を行う層、ユーザとのインターフェース層などが乗り、その上に個々のアプリケーションが乗る。
なぜレイヤー構造になるのか。それは、コンピュータのわかる言葉と人間のわかる言葉の間にあるギャップを埋めるためである。コンピュータが理解できる言葉は、オンオフの電気回路のスイッチングで表現され、ゼロイチ表記であるビットに還元されなければならない。
ハードウェアの進化によりWindowsのように並列して計算させる方法(オペレーションシステム)が開発された。さらにインターネットにつながってサーバー等と通信ができるようになると、アプリケーション間で共有できる機能(ミドルウェア)ができ、ウェブサイトから必要なデータのダウンロードなどができるようになった。レイヤーの増加と解ける課題の多様化・高度化がセットで進んできたのが、デジタル化の歴史である。
同時に言語のレイヤー構造も作られる。機械言語は人間には読みにくいので、これを人間がわかる言語に対応させる(アセンブリ言語)。さらにアプリケーションを実行するプログラムを書くことに特化した言語が作られ(高級言語・高水準言語)、それを低水準に変換することをコンパイルと呼ぶ。ここで言う高水準低水準とはレイヤーの高さを表している。
情報化社会とは「深さのあるネットワーク」だ。ネットワーク理論によると、自分の属するグループとは全く異なる属性を持つ人との「弱いつながり」こそが決定的なインパクトを持ち、イノベーションにつながる。
そしてその先、オープンイノベーションが浸透した社会に必要な技術が、ディープラーニングである。ディープランニングは、人工知能の急速な発展のもとになっている技術である。人工知能は「ありうるすべての選択肢を人間より圧倒的な速さでチェックし尽くす事」が得意だ。ティープランニングは深さのあるネットワーク(ニューラルネットワーク)により、不得意としていたパターン認識の課題を克服した。
また、この技術はある種の経験やそれを構成している質を分析しているので、たとえばアルファ碁だと「この手を打つと勝てるっぽい」というマクロのパターン認識を得ることができる。ただし今のディープラーニング技術には限界があるので、多くの場合にはセグメンテーション・ターゲティングといったお膳立てを人が行っている。それが「データサイエンティスト」である。
【第4章 デジタル化の白地図を描く】
中国で世界最大級のオンラインマーケットを運営しているアリババがになっているメカニズムはふたつある。ひとつは、メーカー・出店者・決済事業・広告・消費者などの間をデータでつないで最適になるように調整すること。これを「ネットワークコーディネーション」と呼ぶ。もうひとつは、膨大なトラフィックを無駄なく処理して広告やレコメンデーションなどで最適な組み合わせを実現させるために使う、大量のデータとアルゴリズムを使った裏側の仕掛けのこと。それを「データインテリジェンス」と呼んでいる。
アリババは「データインテリジェンス」を使った「ネットワークコーディネーション」の機能を、レイヤー構造のかたちをしたインフラで提供している。アリババは市場全体のインフラに膨大な投資をしている。十分な計算資源が確保できるようクラウドを内製化し、そこに計算資源を割り振り、レコメンドするためのエンジンを搭載し、その上に計算資源の配分を制御するソフトウェア群を投入している。この構造は「テクニカル・スタック」と呼ばれている。
この「計算処理基盤」にサポートされながら機械学習(ディープラーニング)によって「データ解析」が実行されていく。アリババとは会社組織のことではなく、このようなレイヤー構造体のことを指している、とも言える。
さらに市場の発達と成熟によって、新たにニ層のレイヤーが増えた。ひとつは出展者が好みのソフトウェアをアプリケーションとして選択し活用するための仕様である「API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)」で、もうひとつはウェブセレブインフルエンサーとフォロワーの間(またはフォロワー間)のやりとりが生み出すビッグデータを分析しマーケティング・調達・製造などとを結びつけるソフトウェアソリューションである「レイヤーケーキ」だ。
インターネットの普及とともに拡大した、計算書類をクライアントとサーバーというふたつの役割に分けた「クライアントサーバ」と呼ばれるソフトウェアのモデルがある。クライアントとは実際の処理したい問題を持つユーザがいる側であり、サーバーはそれに必要な計算能力の提供やデータの保存等問題の解決を行うかである。サーバーは複数のクライアントに対してサービスを提供することになる。この先に、クラウドというサービスの仕組みが実現した。
SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)は、そこから出てきたサービス形態だ。クラウドサービス提供者側で必要な物理基盤・OS・ミドルウェアを準備し、利用者はアプリケーションにアクセスしてその環境を含めて利用する。
このように、世界の課題とコンピュータの物理的基盤をつなぐエコシステムが急激に発達している。しかし現状ではディープラーニング技術ができる事は限られている。
課題を設定し学習させるデータをどのように選択するかについては、人間(データサイエンティスト)が下準備をしなければならない。しかし技術の進歩につれ、自然言語処理や仮想化技術が発達し、新たなレイヤーになると期待されている。今後は上部に積まれていくレイヤーに、ユーザーの求める経験(UX)をどのように取り込んでいくか? が課題である。
【第5章 本屋にない本を探す】
GAFAは、それぞれが自分の得意なインフラのレイヤー構造の中で新しいレイヤーを押さえにかかっている。アマゾンやMicrosoftは計算式のインフラであるクラウドサービス、Googleは人工知能の開発で成功することに賭けている。FacebookはSNSを入り口にUI(UX)レイヤーを抑える。アップルは物理的なインターフェイスをまず抑えてそこに音声認識などの解析レイヤーを載せる。
NetflixはアマゾンのクラウドサービスであるAWSに依存しながらビジネス戦略を描き、成功を収めた。Netflixがそれまでの産業構造をひっくり返すことに成功したのには、三つの要因がある。
第一は、早い時期にストリーミングの可能性に着目し転換に成功したこと。第二は、特にな組織風土をフル活用したこと。そして第三は、ビジネスの急拡大に耐えられるようなデジタルテクノロジーのモデルを採用したこと。リーダーがきちんとコンテクスト(基本的な考え方や、会社が直面している事業環境など)を説明し組織に浸透していれば余計なルールなど必要ない。
コンテクストによる経営が成り立つにはいくつかの前提がある。第一に、組織が有能な人材だけで構成されていること。第二に、組織がイノベーションを目的としていること。そして第三に、会社内の部門同士の関係が緩やかであること。
NetflixのDXに関わった技術者たちは、システムの構造(アーキテクチャ)が組織の構造を規定するようになっている、と語っている。会社の持つシステムが部分ごとの独立性が高く構成され、それぞれの部分が自動的に相互調整され全体として価値を産む域にまで到達すれば、組織の側もそれぞれの部門が独立性を持ちながらもコンテクストが共有される。
Netflixは、顧客の市場経験の最適化に、自前の技術開発の照準を合わせた。UXを質的な要素に分解し、それをソフトウェアを使って最適化しようとした。それまでは大きな塊だったアプリケーションを、独立した小さな塊(マイクロサービス)に分けた。その上に小さな塊の間を統合するレイヤーを作った。
また、それぞれのマイクロサービスはデータベースとつながっており、外部にある既存のアプリケーションとの連携も可能である。 実現したい視聴体験を要素分解した上で、マイクロサービスを開発する。これにより、Netflixは顧客の視聴体験をソフトウェアで制御できるようになった。
もちろん、人間の求める様々な経験のうちソフトウェアが実現している事は、まだごく一部だ。しかし一旦この仕組みができあがってしまえば、マイクロサービス全体はひとつの生命体のようになり、全体最適化が自動的かつ継続的に図られる。システムアーキテクチャが組織のあり方を規定し、コンテクストになる。そうなると、自分であれこれ考えるよりも外部環境を棚卸しして、世界をベンチマークし自社が真に集中すべきポイントを明らかにした方が良い。
こうしたプロセスを経て開発されたものは、プラットフォームとして他社に売れるプロダクトになる。例えばワシントン・ポスト社は、自社のビジネスをDX化する際に作り上げたツールを他社に売ることがメインの収益になっている。
このようなDXのビジネスの流れを図にしたものが『ウォードリー・マップ』である。顧客から「見える」か「見えない」かを縦軸に、デジタル技術開発の「発展段階」を横軸に設定している。左が構想の段階にある技術で、右は製品化されたものを指す。時間が経つにつれ、左のあるものが右に移動していく。そして、右にあるものを活用したイノベーションの種が、左に蒔かれていく。
経営者がこの図を使って行うべきことは、まず自社のビジネスに関係がありそうなプロダクトやサービス、そして自社のシステム構成を書き入れてみる。次に「自社が目指す価値を実現させるために必要な物」を特定し、その中で最も可能性のありそうなものは自社で開発することである。
【第6章 第4次産業革命とは万能工場を作ることだ】
現在、第4次産業革命の真っ只中にある。蒸気機関の発明・電力の普及・インターネットの登場、に続く革命ということになる。また、日本政府はソサエティー5.0と言う考え方を提唱している。人類社会は、狩猟社会・農耕社会・工業社会・情報社会を得て、これから5番目の社会に至ると言う意味で使われている。しかし第4次産業革命をめぐる議論を見ていると、テクノロジーを結びつける構造やシステムの議論が欠けている。
ドイツ政府は製造業のデジタル化に焦点を当て、インダストリー4.0を提唱した。それは、ソフトウェアと読み込むデータを入れ替えることで作るものを変える(工場・製造業が3Dプリンターのようになる)「万能工場」のようなものをイメージしている。
ダイソルと言う日本企業は、20年ほど前に「生産革新」という活動に取り組んだ。工場のハードそのままに、オペレーションシステムのソフトウェアを徹底的に再構築した。まず、熟練オペレーターの暗黙知を収集し、定式化した。また、バラバラに組織されていた事業部を、全体最適となるようにひとつの仕組みにまとめた。そして、膨大なノウハウを徹底的に構造化した。
製造業の仕組みはふたつのタイプに分類できる。ひとつはNから1を作り出す「組み立て加工型」、もう一つが1からNを作る「プロセス作業型」である。プロセス作業型は自社のノウハウを抽象化した上で、パターン化する。それによって構築されたシステムの開発要件は、そのまま他社においても幅広く応用可能になった。
「サイバー・フィジカル融合」と呼ばれている事象がある。これによって「人工物が生命体のようになる」という変化が生じる。ティープランニングなどで人工知能が発達すると、システムは環境から受け取ったデータをもとに自分で学習し、より適切に判断し事態に対処するようになる。しかし、CGやVRがあくまで「リアルっぽい」ものに過ぎないのと同様に、ディープランニングでパターンを切り出す作業をどんなに繰り返しても「現実」のものにはならない。それでも、サイバー空間を挟むことによって「フィジカル側にある既存の区分を横断する」ことを可能にしている。同様にそれを使って現実にはないものを作り出すことができる。それがシミュレーションである。
デジタル化で大事なのは、オンラインとオフラインの接点を通じて、顧客からの視点からは「ひとつの物語」に見えるように統合的に捉え、全体を世界観として提示することだ。
【第7章 アーキテクチャを武器にする】
アーキテクチャとは、「データをどのように入手し・保存し・加工し・価値やソリューションに対応させるのか」と言う設計のことである。また、到来しつつある新しい産業や社会を捉え・構築し・表現するための手法(発想)である。これによって、業種という垣根や発想はなくなる。アーキテクチャは技術的な要素を含むが、経営者はこれを理解するべきだ。
アーキテクチャは大きくふたつの分野に分かれている。古くから存在するハードウェアを中心としたシステムに関するアーキテクチャと、20世紀後半から登場したソフトウェアアーキテクチャだ。サイバー・フィジカル融合が進む現代では、そのアーキテクチャが渾然一体となってひとつになることを求められている。
アーキテクチャは、システムの内包する多面性・不確実性・錯綜する理解といった「ややこしさ」を解放しながらシステムを実現するための考え方、アプローチだ。ややこしいことを目の前にしたときに、解決策よりもまず「課題から考える」必要がある。課題から考えるというのは「抽象化」でもある。頻繁に変更アップデートできるため、ソフトウェアは抽象化に馴染む。
抽象化させた要素を細分化し、大量のデータを利用してシステムに読み込ませることで、新たなパターンを発見することができる。この考え方を「アジャイル」と呼ぶ。
エンジニアがプログラムを書く際に生じる課題を解決するための、有用な手法を体系化したものが「パターンランゲージ」である。もともとは、都市計画の分野で使われ始めた用語である。実際にエンジニアがプログラムを書く場面でパターンランゲージを使うのではなく、「より抽象化した場面(システムがどのようなプロパティや属性を提供するのかを設計する場面)」で使うことが重要である。価値を実現するために様々な視点(評価軸)があり得る。それら複数の軸に分かれているものを、新たな横断的なレイヤーを作ることで両立可能なパターンを探索することも、アーキテクチャの機能である。
化学プラントもスマートシティーもデジタルマーケティングも会社も、データを使って駆動する複雑なシステムだと捉えるべきだ。それらのシステムは、データを価値に結びつける役割を果たすためにある。そのデータと価値とが結びつくメカニズムを形として表現すれば、レイヤー構造になる。
目に見える「モノ」から発想するのではなく、状態の差分(課題)を埋める「コト」からの発想へ転換しなければならない。課題から考え、人間の実現したい価値を経験のパターンと言う形で表現(システムの方向付けとしてインプット)するためのヒントとなるのが、パターンランゲージだ。
【第8章 政府はサンドイッチのようになる】
デジタル化は、企業・ビジネスを超える広がりがある。システムの中に別の独立したシステムがある関係を「システムオブシステムズ(SoS)」という。SoSは集約型(政府)・認証型(アプリストア)・協調型・(インターネット)「見えざる手」型(市場)の4つの累計に分類される。今後の社会やソサエティー5.0のガバナンスを展望すると、集約型や協調型の比重が増えていくと考えられる。
集約型、協調型がこれまでの政府や市場とは異なるコーディネーション機能を社会に対して提供している。これを理解することによって、「政府か市場か」の二分法からも卒業することができる。経営と同様に社会全体をレイヤー構造と見立てて、アーキテクチャの手法を武器にすべきである。
伝統的な経済学では、「市場メカニズムでは充分供給されないが社会が必要とする財を、政府が公共財として提供する」と教えられる。「一度作ってしまえばたくさんの人が利用してもすり減らないこと」・「利用する人としない人を区別するのにコストがかかるのでただ乗りをすぎないこと」が、公共財の要件として説明される。しかし、インドのデジタル公共基盤である『インディア・スタック』には、別の要件がある。
「すでにある民間のインフラが構成するレイヤーに溶け込む(スマホやメールアドレスを使ってアクセルでき、民間企業のシステムと連動可能な)ものでなければならない」、同時に民間セクターでできたレイヤー構造を単に追認するものでもない。
インディア・スタックは、アダールと呼ばれる個人認証基盤を基礎としたレイヤー構造だ。マイナンバーのような12桁の数字が個人に割り振られ、生体認証によって認証される。またアダールの上には、サービス提供者がオンラインで顧客の個人情報を確認できる仕組みや、UPIと呼ばれる決済のメカニズム等、様々なレイヤーが乗っている。
インディアスタックはこのメカニズムを海外に展開しようとしているが、『モジュール型』として基本的な安全性や拡張可能性は確保した上で、「認証の仕組み」や「他のアプリケーションとの連動」など具体的なコンポーネントは、導入する国が選択することを可能としている。またオープンソースとしてソースコードを見ることができるので、透明性が確保された形で各国は導入と開発ができる。
では、わが国のデジタル公共基盤に、インディア・スタックからどのような学びを取り入れれば良いか。日本経済を見るときにはグローバル経済圏とローカル経済圏に分けて捉えるべきだ。この2つではその有り様が大きく異なるからだ。特に人口減少期のローカル経済圏では、教育・医療・交通などの地域密着型のサービスを事業として継続するためには、各々の実情に応じて資本の集約やサービス間の相乗りや統合を進める必要がある。
また、ある程度の地域独占を認めないとサービス維持のために行う投資の回収が不確実になり、積極的な投資が行われなくなる。デジタル化の進展は、「ソリューションはローカルに」、「ツールは地域間の共有に」と言うグローバルとローカルの新たな関係を生み出す。
地域公共団体と民間サービスの間をつなぐものとして「ローカルマネジメント法人」的な、新たな法人格が必要となる。これは、地域内で必要なサービスを総合的に提供することを可能にしようとするものだ。共通のデータ基盤を地方公共団体が直接構築・運営する事は困難であり、で一方個人情報保護の観点から住民からの信頼が得られるようなガバナンスの下に組織が置かれる必要がある。
また国全体としては、政府全体の機能をレイヤー構造で捉え直した上でさらに発展させ、上記のような地方での取り組みと組み合わせることができれば『ジャパンスタック』と呼べる仕組みが構築できるのではないか。
今後の政府は『法』と『アーキテクチャ』のダブルバインド(両ばさみ)になると理解すべきだ。たとえば安全規制領域において、使用する側がアプリケーションソフトをインストールし、政府がソフトウェアを認証・チェックすると言う形で規制改革(行政のデジタル化)が進んでいくだろう。規制の内容そのものをアーキテクチャからアプローチし、レイヤー構造として組み替えるのがデジタル時代の規制改革である。
またSoSのアプローチに戻って考えると、今後の規制には法律を定めるだけではなくUPIのようなメカニズムをレイヤー構造の中にビルトインする知恵がなければ実効性がないだろう。
【第9章 トランスフォーメーションの時代】
デジタル化のレイヤーは、「計算処理能力を支える層」の上に「大量のデータを分析するデータ解析の層」が乗っている構造になっている。
この上下ふたつの層はテクノロジーの発展とともに並行して成長し、ソフトウェアのアウトプットが「人間がどのような経験をしたいか」という課題と直接接するようになった。コンピュータやソフトウェアが担う範囲が、パソコンやスマホの中だけではなくIoTを通じて社会システム全体に広がり、社会がソフトウェアに近い形に変貌している。
またIoTと機械学習(ディープラーニング)の組み合わせによって、システムが自ら判断して環境に最も適合するように自己改良をする可能性が開けている。人間の作ったシステムが、その生命体に近いメカニズムを体現し始めている。これがサイバー・フィジカル融合であり、第4次産業革命・ソサエティー5.0の中核をなしている。「ソフトウェアが世界を食い尽す」ことであり、「会社はアルゴリズムで動く」ということでもある。
「これをやれば何でも一気に解決してしまうのではないか」という人間の発想・ロジックをスタートラインとして技術が発達し、それによって産業や社会のシステムが変化していく。そしてレイヤーが積み重なり社会システム全体に浸透した結果「変化したシステムに人間がどう関わるのか」が重要になり、ここに別のレイヤーが現れつつある。GAFAはレイヤー構造の発展の中で、より全体に決定的な影響を及ぼしうるレイヤーを自ら創出する戦略を展開している。
DXのスタートラインは自社の置かれた競争環境を理解し、そこに既にあるプロダクトを活用して「まだ本屋に並んでいない本」を自ら作り世界に提供することだ。そして、この繰り返しで次第に本棚の形自体を変えていくことが必要である。
IX時代に必要な発想は以下の3つである。
①課題から考える(解決策にとらわれない)
②抽象化する(具体にとらわれない)
③パターンを探す(ルールや分野にとらわれない)
①と②は異なる次元を、③は分野を、それぞれ跨いで考えるための発想だ。ここで求められる発想自体が、トランスフォーメーションを内包している。我々は、新しい発想とロジックで世界をより深く知り深く関わること、いわば「探索を通じた深化」に取り組もうとしているのである。
(了)