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「Never End 」 ~ 世界がひとつになりませんように ~


木村花というプロレスラーがいた。

1997年、インドネシアのお父さんと日本のお母さんの元に花は生まれた。お母さんの職業はプロレスラーで、幼い頃から花は道場を遊び場にしていた。花の将来の夢はプロレスラーになることではなかったのだが、お母さん譲りの恵まれた体格や身体能力と、なにより花がいるだけでその場の空気が華やかになるというキャラクターが見込まれて、周囲の後押しによって花はお母さんの後を継ぐことになった。

デビューしてからの花のキャリアは順調だった。お母さんの引退試合ではタッグパートナーを務め、のちに業界最大手の団体『STARDOM』に移籍した。団体は花を次期エースとして大々的に売り出し、Netflixの人気番組『テラスハウス』に出演するまでになった。ちなみに、40年来のプロレスファンである私は花を観るためにこの時Netflixの会員になり、配信済みのものを最初から一気に観続けて花の出番に備えたのだった。

2020年5月、花は自らその命を絶ってしまった。SNSでの視聴者たちからの誹謗中傷が原因だといわれている。テラスハウスでの彼女の言動が非難の対象となってしまったのだ。私は花を見殺しにしてしまったことを悔やみ、しばらくはなにも手につかないほどのショックを受けた。

こんな不甲斐ない私とは違い、Twitter上で花が浴びせられた中傷のリプに反論し、花を全力で守ろうとしていた選手もいた。

もう貴方みたいな書き込み見たくないからやめて!

https://twitter.com/giulia0221g/status/1249283485736398848

ジュリア選手だ。花とジュリアは、リング上では激しい抗争を繰り広げているライバル関係にあった。リング上で対立している相手を助けるような言動を公の場ですることは、プロレスの世界ではご法度とされている。それでもジュリアは目の前で攻撃を受けている「敵」に手を差し伸べたのだ。

http://battle-news.com/

花の死後に再開されたSTARDOMの興行でメインイベントを務めたジュリアは、試合が終わった後 天に向かってこぶしを突き上げた。

https://number.bunshun.jp/articles/-/844048?page=3

花との抗争を思いがけないかたちで強制終了させられたジュリアは2020年の下期に快進撃を果たし、「女子プロレス大賞」を受賞するまでの大ブレークを果たした。


時は流れ2021年12月、小波選手がリングを離れることになった。持病の内臓疾患が芳しくなく無期限休養をとることになり、復帰のメドが立たないため退団することになったのだ。

小波は今でこそ『大江戸隊』というヒール(悪役)ユニットにいるが、元々は花がリーダーを務めていたユニット『東京サイバースクワッド(TCS)』のメンバーであり、花のタッグパートナーでもあった。

https://wwr-stardom.com/news/2019%E5%B9%B45%E6%9C%8816%E6%97%A5%E3%80%80gold-may-2019/

これが引退試合になるかもしれない小波のラストマッチの対戦相手に名乗りを上げたのは、首の負傷で長期休場中のジュリアだった。本来なら、小波の対戦相手に最もふさわしいレスラーは木村花だ。それが叶わないので、ジュリアが花の代わりを引き受けるということなのであろうと、その時の私は受け取っていた。

12月29日、STARDOMにとって8年ぶりの両国国技館大会。ここで小波vsジュリアのカードが組まれた。先にリングに入場して来たのは小波だ。花道から小波が姿を現した瞬間、私に限らず観ていた者の多くは、そのいでたちに目を見張った。彼女は大江戸隊のものではなく、TCS時代に着ていたコスチュームに身を包んで登場したのだ。

我々は大きな勘違いをしていた。花の代わりを務めるのは、ジュリアではなく小波だったのだ。花の死によって一度しか実現することがなかった花とジュリアの一騎打ちの続きは、かくして両国の大舞台で行われることとなった。

試合のゴングが鳴る

ファーストコンタクトは猛烈な張り手合戦だ。かつて見られた花とジュリアの意地の張り合いのような、ふたりの攻防が目の前で繰り広げられていく。そんな既視感を感じながら、私は花が亡くなってからのTCSについて思い返していた。

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花が亡くなった数か月後、小波はTCSのもうひとりの盟友ジャングル叫女選手とタッグを組んで、大江戸隊と敗者ユニット解散マッチを行った。負けた方のユニットはその場で解散しなければならないルールとなっている。その試合中に小波はパイプ椅子を叫女の脳天に振り下ろし、大江戸隊に寝返った。そしてTCSは敗れ、解散を余儀なくされたのだ。
小波はそのままヒールに転向した。一方、叫女は彼女を救出した正規軍のメンバーたちから「うちで一緒にやろう」との勧誘を一旦は受け入れたがそのまま長期休業に入り、結局リングに復帰する事なく退団してしまった。花を失ったショックを抱えたままリングに上がり続けることを、叫女は断念したように私には見えた。

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そんなことを思い出しながら彼女たちの攻防を目の当たりにしていたら、目頭が熱くなってきた。じつは私もつい最近仲間を亡くしたばかりで、ふいに彼のことを思い出してしまったのだ。
私と同じランニングクラブに所属していた彼は、木村花の訃報を耳にした日に彼女のことを思いながら街を走り、その光景をnoteの記事として発表していた。そしてその記事は「世界がひとつになりませんように」と結ばれていた。その記事自体が、TCSの合い言葉「みんな違ってみんないい。」に饗応して書かれたかのように、一読した際に私は感じたのだった。

意識を目の前の試合に集中させよう。
試合も中盤に差し掛かると、小波が花の必殺技である変形のグラウンド卍固め「ハイドレンジア」を繰り出した。

休業を発表してからの小波は、決め台詞をそれまでの「The End」から「Never End」に変えた。恐らくは一生付き合い続けなければならない内臓疾患に負けずにリング復帰する意思の表れだと思うが、同時に木村花もTCSも終わらせないという意思も感じられた。

こうなると、試合の主役は今ここには存在していない木村花に取って代わられる。この大舞台で二人がそれを望んでいるのならば、好きにさせてあげたい。

続いては、花のもう一つの必殺技「タイガーリリー」が掛けられる。タイガーリリーとは、ミサイルキックからパッケージ・パイルドライバーを決めるまでの一連の流れを称したものだ。まずは小波がトップコーナーからミサイルキックを決める。

天を指さし、

パッケージドライバーの体制に入るも、

ジュリアにかわされる。そして今度はジュリアが一瞬天を仰ぐと、

パッケージドライバーを決めた。

二人がかりでタイガーリリーを完成させたのだ。

人生の主要な登場人物を亡くしてからも、残された人たちの人生は続いていく。それぞれがさまざまな思いを抱えながら、この先も生き続けていくのだ。試合はジュリアが勝ったが、もはや勝ち負けはどうでもよかった。

試合後に二人は抱き合い、小波はマイクを取りお別れの挨拶を述べた。もちろん締めくくりはこの台詞だった。

「Never End!」


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