みんなで空を見あげたい
毎日の生活の中で目の前のことだけにとらわれてしまうと苦しくなってしまうから、時々空を見あげて遠くの何か、遠くの未来、そういうものに思いを馳せる、そういう時間を取りたいような気持ちになります。
もうずっとどうしようもないことに囲まれていて、何も見えない、何も行動できない、苦しい日々がずっとずっと続いています。
それでも少しでもいい明日を夢見て、へたくそながら、めちゃくちゃながら自分なりに頑張ってきました。
でも、何にも知らない世間知らずのまま年齢だけを重ねてしまった私には混乱と困難ばかりがやってくるだけで、どうしたらいいのかわからずにただその日その日をやり過ごすだけの毎日があるだけです。
重たいレジ袋を両手に提げて遠いスーパーマーケットから歩いて帰って来る道の途中でnoteに書くための何かを考えながらふっと空を見あげると、小さな雲が浮かんでいてちょっとだけほっとしたりして。
夜空を見上げて星を見て、この星ってどこで見てもこういうふうに見えるんだろうか?地球の上からではなくて別の星から見た時もおんなじ姿で見えてるんだろうか?とか考えたりしている時は少しだけ苦しいことを忘れています。
苦しいことばかりに向き合い過ぎたらどんな人でもきっと壊れてしまうと思います。
そして怒りを向け合ってしまったり、奪い合おうとしてしまったり、悲しいことが起こってしまう。
人は強いけど弱いし、やわらかい心を持っていればいるほどそれを守るために傷つけあってしまうこともあると思うからです。
夜空に光っている星、小さくしか見えない星ももっと近くの星から見たら大きな大きな光を放つ偉大なものかもしれません。
そしてここからは見えていても、もう存在しない星もあるのだとしたら、私の小さな頭の中はいっぱいになってあふれてしまって訳が分からなくなり、眠ってしまうしかなくなってしまいます。
大きな大きな宇宙の中に浮かんでいる小さな小さな地球の中の小さな小さな小さな自分。
でもその小さな自分は何物にも代え難い大切な自分です。
その小さな存在の自分自身を守るために体を持って生まれてきたことを思う時、かけがえのない今日をどんなふうに過ごすのか?
悩みや苦しみに負けてしまってはいけないと心から思います。
耐えられないようなつらい思いに苦しんでいるのは自分だけではありません。
でもどうしても耐えられなくて弱音を吐いてしまうこともあります。
その時に助け合える人がいたら、何にも変わらなかったとしても心だけでも救われるような気もします。
できるならみんなで一緒に空を見あげて明日のことを未来のことを話したり協力し合って何かをつくりあげることができたら嬉しいけれど、それは理想論でしかないというのも現実です。
苦しくてどうしようもない時、空を見あげることができたら、少しだけ救われるのかも知れないと思ったからこの文章を書いてみました。
終わります。