今だけの永遠
「お母さん、あかちゃん元気かな?」
「元気だと思うよ」
私の大きなおなかに耳をあてて、太郎は目を閉じている。
さらさらとした髪の毛からシャンプーの香りがしている。
青いパジャマを着せられて布団に入れと言われているのに私のそばから離れない。
もうじき出産する予定なのだけれど、まだその兆候は出ていない。
静かな夜のこんな時間が今あるということを、ほんの少し前までは考えもできなくて。
つわりはまだうっすらと残っている。
本当につらかった。
私はずいぶん痩せてしまって、周りの人達に心配ばかりかけている。
けれども心は静かだった。
もう一人生むことは考えられないと思っていた。
けれども授かってしまったのだから大切にするしかない。
不安はある。
いや、不安ばかりなのかもしれない。
子どもの頃にはわからずにいた大人の人のほんとの気持ちを人生の最後までわからずに済ましてしまうということは無理なんだ、とわかっていく度に
心がずしんと重たくなっていくということをどうして誰も教えてくれなかったんだろう?
本当に大切なことなんて実際に自分で経験するまではわからないものだ ということを思い知らされながら毎日を生きている。
泣きたい気分になることは何回もあった、けど、その涙をみんなに見せてしまうのはどうしてもしてはいけないことのように思えたから、胸の中に折りたたんでそっと隠してきた。
太郎は眠そうに瞼を閉じて、それでも私のお腹から離れずにぴったりとくっついている。
甘えたい盛りの太郎にこんな風にしかしてあげられないということも私の中では苦しみだった。
ごめんね。
そう言わなくてはならない人がもう一人横で寝ている。
疲れた顔で目を閉じて寝息もほとんど立てないで少しだけ口を開けてぐっすりと寝入っている。
優しい人、そう思う。
優しいって少しだけ哀しいな。
この人と暮らすようになってから私はそう思うことが増えたような気がする。
口には絶対に出せないのだけれど。
心配なことなんて何にもしなくても山のように見つかるけれど今だけの永遠をいつまでも胸の中にしまっておくことができるように太郎を毛布にくるんでやって布団をかけてやりながら深く深く息をして二人のことをそっと見つめた。