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ふるさと白崎海岸 (関西のエーゲ海)


ふるさとを  羽ばたくとき

        

こんにちは
このページを開いてくださり ありがとうございます

2024年 2月24日 自分の体験記を始めて投稿しました。
少し自己紹介をかねて ふるさとを紹介しますね。

「ゆいま〜る」
という名前は20数年前 今は亡き夫が中心に始めたワークショップの名前です。
「ゆいま〜る」は 沖縄の方言です。
やすらぎ 穏やかさ 喜び 助け合い 人と人との絆 など
共に生きる触れ合いを表している美しい言葉です。
二人に導かれた宮古島で降りてきたメッセージのネーミングです。 
夫の形見みたいなものだから 水中出産体験記にはゆいま〜るで投稿することにしました。

しーちやん
それが当時の私の呼び名です。
ふるさとを離れてパートナーの夫と名古屋へ羽ばたき 宮古島に導かれて 
360度パノラマの空と海からはステキすぎる愛と光の祝福メッセージを届けてくれました。

空も海も360度

夜空の大きな円の下の方には宇宙を支えるような大きな翼を広げた形の雲とその上に大きなクリスタルボールをのっけたような 宝石が散りばめられた星星

言葉にならない巨大アートでした

あんな素晴らしい夜空を見るのは地球人生最初で最後かもしれません





ふるさとは、生まれも育ちも和歌山県の由良町という小さな田舎町です。

黒潮が流れる紺碧のパワフルな海を目の前に 夕日が水平線に沈み
後ろを振り向けば 山の頂きから朝日が顔を出します。

海と山に囲まれて 農業も漁業も商業も共存しながら解放的に暮らす自然豊かな小さな田舎ハーモニー


毎年春にはれんげ畑が拡がり ワクワクするようなピンク色の世界で何時間もそこに戯れて
白い石灰岩の続く白崎海岸の洞窟を探検したり
新しい山道を発見したり

海に潜って 浮かんにで 泳いで・・・

野山を駆け回り・・・

れんげ畑で寝っ転がる・・・


そこが私の地球に降り立った地球ふるさとです。

幼少期は 自然と戯れて遊びまくりました。

自宅の裏庭には リュウマチで身体障害者の伯母が色んなお花をたくさん植えていて

ステキな小さな藤棚もあって

イチジクの木や 柿の木もありました。

毎年採りたてで食べるイチジクは最高でした。
(今もイチジクは大好物)

高度成長期の流れに乗って呉服商売は大繁盛でしたが
父は 毎朝 365日
早朝から船で魚釣りに行くのです。
趣味の中の趣味です。
漁師さんよりも沢山釣ってきたり 魚のいる場所がわかる超器用な自然と一体の人。

 毎日 毎日 毎日

  釣りたての 
      魚 魚 魚
                           

さかなー

晩年の父は 自然農法の無農薬野菜作り

新鮮な採れたて無農薬野菜は苦くなくて

あったか〜い想いがいっぱいつまっていて めちゃくちゃ美味しい!

いつでも自給自足ができる生活でした。


呉服の小売を表向き看板に  
  
  海を愛して 
    花を愛して 
     風を感じて 
      空を楽しみ 
  大地に育まれて

そんな
  自然ファミリー
        でした


ですが 
最も大切な精神性は「完璧」な反面教師。
愛情たっぷり教育熱心な昭和の両親でしたから 私は「完璧」に自信のない他人軸 超自己否定人間として大人になりました。

ああしなさい〜
こうしなさい〜
 
 〜すべき 
 〜してはいけない

「〜ねばならない」のオンパレードに愛されるための必死の全力投球
  
  努力 努力 努力      
  我慢 我慢 忍耐

完璧なしつけと過剰期待・・・

ひたすら頑張りまくったのです。
両親本人は最高の愛し方だと思っていて 何の疑いもない時代でした。

昭和の土の時代を選んで生まれてきたスターシードだから 重くて固い古い意識だらけの中を地球プログラムのシナリオ実行はめちゃくちゃハードで困難苦難・・・
    超大変だったけど
そんなふるさとの光の大地に生かされて育まれてきました。

  
 ふるさとに  

 白崎海岸

という白い石灰岩が続く海岸線があります。

 





最近は 日本のエーゲ海として紹介されるようになり移住者もちらほら増えているみたいです。
ダイビングができるくらい透明感の高い海ですから 潜るとかわいい熱帯魚が見れたり…
夏場はキャンプで賑わいます。
 



紺碧の海と白い石灰岩の続く海岸線

真っ赤な夕日が水平線に沈むと空はピンク色に染まり


産卵期のウミネコがハーモニーを奏でる時 

そこは 異次元に続く扉のような空間


夜は 降ってきそうな満天の星空に手を伸ばせば届きそう







夕日が水平線に沈む展望台ができていて そこからは淡路島がよく見えます。

晴れた日には向かいの四国(徳島県)がうっすらと見えます。



人生で最も辛かった時 この白崎海岸で随分癒やされました。

ある事件直後の大きなショック状態から約3週間一睡もできなくなった間 
白崎海岸へ何度も何度も足を運びました。

ある日 夕日が沈んでいくのを眺めていると 
突然ウミネコが ミャーミャーミャーと大量に集まってきて 真っ赤に染まる夕日のまわりを全員でつらなって  円を描いて
ぐるぐる ぐるぐる
回りはじめました。

真っ赤な夕日の回りを輪になって飛び回るウミネコダンスをしばらくうっとり眺めていました。

私を癒やして励ましてくれてるんだー
      と思って

ウミネコ達 ありがとう

 夕日 ありがとう


ありがとう

    ありがとう


空も海も みんな ありがとう

   
   と心で語りかけたら
 
サーっとまたもとの飛び方に散らばっていきました。

私にだけ観せてくれたふるさと大自然からのプレゼントでした。

   空と

  海と

      大地と

豊かな自然がハーモニーを奏でる日々

ふるさとの水平線に沈む夕日には

その日のぽかぽか愛がいっぱい詰まっています


この出来事の直前に 自宅アパートのはき出し窓から
大きな大きなを見ました。

 

 次元上昇

  つながります 
  

                     
ヴィジョンスタートのサインでした。

幼少期から潜在的自己否定の苦難の道は
新しい人生のの扉が開いて
ふるさと白崎海岸の     あったか〜い祝福を胸に 
羽ばたいていきました。   

奇跡の宇宙セッションを経て 
その先には
ヒマラヤスピリチュアルツアー そして自宅水中出産へと導かれていきました。


 








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