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思い出す度悲しくて、忘れたくない話



わたしには年上の後輩がいた。

彼はとにかく変わった人だった。個性的だった。年下だけど先輩のわたしは偉そうにたくさん教えたけど、独特の世界観を大事にしながら仕事をする人だった。


ある日、「雨がどしゃ振りの日に散歩をしてみたい」という密かな夢があることを何の気なしに話した。恋人も友達もいないわたしがこの夢を実現させるなら一人でやるしかない、けれど一人で実行して誰かに見られたら確実に頭おかしい認定を受け村八分にされるので諦めている夢だった。

彼は笑いながら「変な夢っすね。付き合いますよ」って即答した。本当にありがたかったけど、なんだこの人もなかなか頭おかしいのでは、って失礼ながらに思った。

どしゃ振りの日、Tシャツとハーパンの下に水着を着て準備万端で集合し、傘は置いて雨に打たれに出発。いざやってみると、ずっと強い雨が続くわけではなく、強弱を交互に繰り返されることを体感できた。想像していたような当たりが強い雨ではなかったことにがっかりしたのと、濡れたことによる不快感が強く来たので20分ほどでお開きとした。「ちゃんとシャワー浴びてくださいね。風邪引きますよ」と互いに言い合って。もうやりたいとは思わない。


ある日の22時過ぎ、「分厚いホットケーキを作って食べたい」と彼に連絡した。テレビで観た《牛乳パックの型で作れる分厚いホットケーキ》が気になっていたからだ。一人でもできるけど誰かと体験したかったのかもしれない。このタイミングがおかしいわがままも「出来上がるの何時よ」って笑いながら受け入れてくれた。我が家は片付いていないので彼の家に行って、型の作り方を動画で観て、生地を作って。分厚いので焼くだけで20分くらいかかる。勝手な話だが夜中なのでもう眠くて会話もほとんどしなかった。ちょっと気まずかったのかもしれない。出来上がって「本当に膨らんだ!やったー」って拍手しながら食べて、1時くらいに解散した。


後輩になったときから、彼には彼女がいた。お目にかかったことはないが、だいぶ依存度の高い人だったようだ。依存されることをわかっていながら自ら手を差し伸べて付き合い始めたというきっかけも含めて、「面白い人生歩んでるな」って思っていた。「あなたがどんな人生を歩むのか、端から末路を見てみたい」って彼自身にも伝えていた。「なんでよ」って笑ってたけど、わたしはだいぶ本気だったよ。

わたしは彼のことを友達に近い後輩だと思っていたから、彼女がいたとしても気にせず遊びに誘っていた。二人でご飯に行ったり夜道を探検だと言って散歩したり。一時期『付き合ってるんじゃないか』と極々一部に噂を流されたこともあったが、互いに「それはない」と即断言するし、わたしたちの特性や関係性を知っている先輩方は「絶対ない」って噂の根元に伝えてくれたり。それほどクリアな関係性だった。

彼女と別れたと報告を受けたとき「よかったね。お疲れ様」とこれからの彼の心の安定を喜ぶ気持ちと「自分のことを優先する気があったんだ」と驚きが混ざっていた。見れば見るほど、聞けば聞くほど《生きている気がしない人間だな》って思っていたから。儚く映っていたわけではないけど、自分のために生きてるのかな、誰のためにその選択をしていくのかなって不思議に思っていた。だからこの決断は、彼にとって大きなものだったんじゃないか、成長したんじゃないかって勝手に感動していた。


わたしが異動になり彼と一緒に仕事をすることがなくなり、日程も合わなくなって遊ぶこともなくなった。時々連絡はしていたけど、だいたいはわたしが溜めていた愚痴だった。主な愚痴は二人に共通する先輩から受けた言動や行動を思い返して苛ついた、っていう時間差攻撃もの。「あー、まぁそうね」と当たり障りのないような相槌を受けながら、わたしは吐き出し続けていた。

彼が転職することになり、連絡を取ることはほぼなくなった。そして風の噂でわたしの愚痴の根元である先輩と結婚したことを知った。どうやらわたしが愚痴を吐いているとき、既に付き合っていたようだ。ショックだったというよりも『結婚する相手の悪口を言われて、弁解もせず傾聴できていたのはなぜだろう』となんとも言いがたい違和感で気分が悪くなった。気づけばLINEで「結婚おめでとう。もう話すことはないので削除してください。お幸せに」と送ってすぐにブロックしていた。

3年ほど前の出来事で、このことをまともに思い返すことも話したこともなかった。忘れたかったのかもしれない。


先日、このことをふと自分の彼女に話したくなった。うまくまとめられないわたしの長話に彼女は相槌を入れながら聞いてくれた。全部聞いた上で「最高の友達だったんだね」って言ってくれた。

そう、最高の友達だったんだ。彼からしたらただの年下の先輩だったかもしれないけど、わたしにとってはくだらないことに付き合ってくれて、真剣に喧嘩してちゃんと話し合って解決できるような、最高の友達だった。振り返って、改めてそう思えた。

100%自分のせいだし本当に勝手なことを言うけど、友達を失ったことは非常に悲しくて、あんなに楽しみだった彼の人生の末路についても、もちろんどうでもいい。もうわたしの記憶の中で消去していいと思う反面、心のどこかで忘れたくないって強く思っているみたいで、なんともちぐはぐである。だからここに《わたしにも最高の友達がいて、その友達がいたからこそ楽しい体験ができたという事実は、振り返る度に悲しくなったとしても忘れたくない思い出》であることを記しておこう。


でもひとつだけ言わせて。元カノも現嫁も相当なメンヘラだぞ。当時否定してたけど、あなたはとことん依存してほしいタイプだね。《依存体質は変わらない》って強く実感した共依存夫婦の例だと思います。どうか幸せに生きてください。


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