ゆでたまごに戻りたい

自慢じゃないが肌は綺麗な方だった。

昔から少し乾燥肌ではあるものの、ニキビとは無縁だった。友人達が口を揃えてニキビに効く石鹸やら化粧水やらを語り合う、中高思春期真っ盛りのあの時期ですら、私の肌はつるつるのゆでたまごだった。

あの頃の私は、肌が綺麗なことが唯一の取り柄だと思っていて、肌荒れを起こすのはきちんとケアをしないからだ、なんて間違った考えすら持っていた。

私は一生肌荒れとは無縁だと思っていた。
これから長い肌荒れとの戦いが始まるとも知らずに。

大学進学を機に上京すると、慣れない土地の空気や水に肌が少しずつ、少しずつ、荒れ始めた。飲食店でのバイトはとんでもないストレスとなって肌荒れに拍車をかけた。

縋る思いで受診した皮膚科で処方された薬は肌に合わず、かぶれてめちゃくちゃになった。

いくつか皮膚科を受診したが、皮膚科医というものは総じてクセのあるお医者様が多く、大体は話を聞いてくれないか、ろくに見もしないでステロイドだけ処方される。

もう一生このままだと思った。
永遠に治らないと思った。

デブでブスで性格の悪い、ヘレン・ケラーもびっくりな三重苦の私から、唯一の取り柄である肌すら取り上げられてしまった。
毎日がつらかった。

肌荒れでつらいことは、よくなる兆しが見えないことと、周囲の反応である。

「顔洗ってないの?」「洗いすぎも良くないんだよ」
「○○試してみたら?」「お医者さんに行かないと」

心無い言葉よりもアドバイスがつらかった。
努力をしていることなんて見た目には見えないから、皆好き勝手アドバイスをする。そのどれもが「優しさ」から来るものだから、やめて!なんて言えずに困った顔で分かりました試してみます、としか言えないのだ。

何もかもが嫌になっていた時、ようやくきちんと話を聞いてくれる皮膚科の先生と巡り会えた。

事の経緯から話し、肌の状態を見てもらう。
かぶれてめちゃくちゃになった薬を見せると、「これは絶対に日焼け止めと併用しないといけない薬です。普通は処方時に正しい使い方をお教えします」と、私の分まで怒ってくれた。あの時正しい使い方を教えて貰っていれば、もう少し違ったのかもしれない、という思いと、先生の優しさに、その日は診察室で泣いてしまった。

とまあ、ここまで書いてくると、普通は素敵な先生に出会えたことで、無事にニキビも消えて出てこなくなり、つるつるゆでたまごに戻りました~!という流れになるはずである。

そうは上手くいかないのだ。

私は未だに皮膚科に通っている。
治りそうで治らない。
もはや思春期ニキビでも大人ニキビでもない。

4年も皮膚科に通っていると薬には詳しくなる。
新しい看護師さんに当たった日には、「過酸化ベンゾイルが体質的に使えないのでグリコリクスを使っています。10%を使っていましたが、今回かなり乾燥して染みてしまうので、5%が欲しいです。ビーソフテンローションとヒルドイドクリームが足りなくなったので、そちらも貰いに来ました」なんて生意気に説明までしている。

これは治るのでは!?と肌の状態が良くなったかと思えば、生理前になり顔面ニキビだらけになる、を繰り返す。今回も荒れるなあと思っていたら、ひと味違った。

マスクである。
この春、こんなご時世でも毎日出勤しなければならない仕事に就いた私は毎日マスクで朝から晩まで働いている。だんだんとマスクの当たる部分が荒れ始めているな、とは思っていたが、気が付いた時には顔中赤みとニキビ跡が残り、ごわごわになっていた。

ここではたと気付く。
今ならお金に余裕があるし、先生が昔言っていた「美容施術」が出来るのでは……???

「美容施術」とは、ピーリングとビタミンCが入ったイオン導入をすることで、炎症を抑えつつターンオーバーを促す、という施術である。

効果テキメンではあるが、保険適用外のため、これまでは手を出せずにいた、あの美容施術である。

お金に余裕のなかった学生時代とは違う。
今よりももっと荒れていて、ピーリングは出来ないよと止められていた頃よりは格段に肌の調子は良い。

私……出来る……!
今ならつるつるに戻れるかもしれない……!

早速皮膚科に向かい、かくかくしかじか。
先生も二つ返事で早速施術をおこなうことになった。
なんともあっさりである。
(普通は予約が埋まっているのだが、運良く予約がなく、すぐに施術が出来た。)

意気込んでいるものの、ガチガチに緊張している私の前には、先生とバトンタッチした綺麗なギャルの看護師さんが現れた。

ひととおり説明を受け、ギャルに「ニキビさえ無くなれば超綺麗ですよ~!ニキビないところめちゃくちゃ綺麗ですもん!大丈夫です!頑張りましょうね!」なんて励まされる。ギャルは優しいのである。

顔を洗い、「経過観察用で~す」と、すっぴんにヘアバンド姿の写真をばしゃばしゃと取られた。きっとフォルダには風呂上がりの朝青龍みたいな私の写真が残されている。

美容室のシャンプー台のような椅子に座らされ、後ろに倒される。目元にウルトラマンのような濡らしたコットンを置かれ、いざ施術である。

ぼろぼろの私の肌に、気持ち悪がる素振りを微塵も見せず、丁寧にピーリング剤を塗っていくギャル。時間を置く間、時々「なんのお仕事してるんですか~?」「ひとり暮らし?え~!大変~!お料理とかするんですか~!」なんて他愛のない話もしてくれる。

すっかりギャルの虜になっていると「ではお薬流してもらって、次はイオン導入で~す」と椅子を起こされる。「すご~い!もうお肌白くなってますよ~!」とはしゃぐギャルに気を良くしながら洗面台の前に立つと、肌の白くなった朝青龍がいた。現実とは厳しいものである。

朝青龍に落ち込んだまま椅子に戻ると、今度はウルトラマンコットンの上から、美容液をたっぷりと含んだマスクを被せられた。朝青龍からスケキヨである。

ギャル、よく笑わないで仕事出来るな……なんてプロに対して失礼な感想を抱いていると、手に電極棒を握らされた。顔に当てる機械と繋がっているという電極棒を握り、異常が無いか確認しながら施術していくという。

そこから10分ほど電極棒を握りしめるスケキヨと化し、最後はコメド圧出だ。

イオン導入のおかげで肌が柔らかくなっている間にコメドを圧出する。ふわふわ!久しぶりの感触!と肌を楽しんでいる暇もなく、圧出のおかげで顔中絆創膏だらけになった。マスクを持ってきていて、心から良かったと思えた。顔面DVでは流石に外を出歩けない。
(帰り、待合室にいた子供と目が合うと、静かに怯えられた)

次回は2~3週間置いてから、と説明を受け、皮膚科をあとにする。

施術を受けたばかりなのもあるが、肌の赤みが薄くなり、ニキビ跡にも効いた気がする。
もっとはやくやっておけば良かった。

ここからまたどれくらい治療が続くのか分からない。
今は良くても、美容施術が効果をなさなくなる日も来るかもしれない。
でも、諦めたくはない。

いつか「どうしてあんなに悩んでいたんだろう」と笑って言える日のために、今はもう少し、頑張ってみようと思う。

次も看護師さん、ギャルだといいな……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?