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高田友季子さんの場合

 今これを読んでいるあなたは、高田勝子のことなんてぜんぜん知らないはずだ。高田勝子は有名人でもなんでもない。神経質で、勉強が好きで、負けん気が強くて、おしゃれで、たくさん病気をしてきた大正生まれのふつうのおばあさんだ。
 太平洋戦争を経験した。南海地震も知っている。夫は気難しい人だった。子どもを三人産み、四人育てた。自分や他人のために服を編んだ。丁寧に日記を書き、家族や親戚と旅行に行った。真面目な性格で、習い事にも手を抜かなかった。書道、生け花、ダンス、大正琴。そして今は施設にいる。
 高田勝子はわたしの祖母だ。わたしは高田勝子に似ているかもしれないし、似ていないかもしれない。正直、高田勝子のことはよくわからない。子どもの頃からずっとかわいがってくれた、優しいおばあちゃんだ。怒られたことなど記憶にない。
 だからこそわたしは高田勝子のことは何も知らない。それでいいのだと思っている。高田勝子はわたしのおばあちゃんだ。それ以上でも以下でもない。単なる「おばあちゃん」というイメージをあらわす人物に過ぎない。

 高田勝子はおしゃれだったらしい。それは自分の部屋に残した数多くの衣類のおかげですぐにわかる。スカート、シャツ、ジャケット、スーツ、セーター、サマーセーター、カーディガン、ブローチ、帽子、スカーフ、かばん、ネックレス。
 高田勝子は自分が気に入った服を着て外出した。その様子が写真に残されている。高田勝子はしばしば派手に見える。田舎のおばあさんにしてはしっかり化粧をして、派手なワンピースやスーツを着ている。

 高田勝子の写真を見ているうちに、わたしは高田勝子の部屋に残された衣類が気になりはじめた。そしてそのうち、高田勝子の服を着てみたらどうだろうという気になった。わたしより体が小さい高田勝子の服は、ウエストはきついし、手は短く肩幅は狭い。長い間しまい込まれていたおかげで埃っぽく、しみや汚れもある。それでもわたしは写真と照らし合わせながら、高田勝子が着ていた服を探した。
 それに大した意味はない。高田勝子の服を、高田勝子が着ていたようにわたしも着てみたい。ただそれだけのことだ。

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