「断らない相談支援」の危険性
断らない相談支援の現場では、近隣住民から「迷惑行為」をする住民の相談が寄せられることがある。
① 近所の人が外で大声をあげている。病院に連れて行ってくれ。
② 隣の家の認知症の人が我が家の敷地に入ってくる。
③ 知的障害のある人が、うちの飲み屋の看板を壊した。
などである。このようなとき、相談員は、頭を悩ませながら本人の話を聞き、課題を見つけ、ご本人が地域社会で暮らせるよう、支援と見守りを続けることになるだろう。
しかし、近隣住民にその緩やかな変化を待ってもらえないとき、場合によっては深刻な紛争に発展することもある。たとえば上記の②について、近隣住民が住居侵入罪で被害届を出して認知症の人を警察に連れて行ったり、認知症の人に損害賠償を求めたりするような場合や、③のケースについて、飲み屋の大将が知的障害のある人に対し、壊れた看板の弁償を求めるような場合である。ここまで来ると、明らかに近隣住民同士でケンカになっており、紛争状態にあると言える。こんな状態になっていても、相談機関として間に入って話をまとめなければならないのだろうか。
実は、法律を使って解決する法律事件を取扱うことは、弁護士の業務独占行為である。医師でなければ医業ができない のと同じ。このため、報酬を得る目的で、法律で解決できる紛争の間に割って入って解決をすることは、弁護士法72条に反する 。しかも、2年以下の懲役または300万円以下の罰金、という罰則がついてくる 。これを「非弁行為」という。「いやいや、地域包括支援センターは、仲裁して住民からお金とってませんよ」と思うかもしれない。しかし、給料をもらって行う相談業務の一環として仲裁しているのだから、「報酬を得る目的」があるとみられてしまう可能性は十分にある。
さて、罰則が適用されるのも気になるが、それだけではない。もっと気をつけるべきは、紛争解決手法やその判断が不適切だった場合、介入した相談員やその所属組織が後日、紛争の当事者から法的責任を問われる可能性があることだ。
たとえば、上記③で居酒屋の大将が看板の弁償を請求してきた場合について考えてみる。看板修理の相場は20万円くらいなのに、がたいが良くて強面の大将が「いいや、50万円でないと殴り込みに行く」と強気の姿勢を崩さないので、気圧されて50万円で話をつけてしまったとする。
そもそも、壊した本人には知的障害があったのであるから、20万円満額を本人が支払うのが適当かどうかすら怪しい。この点、知的障害の程度によっては非常に難しい法律上の論点が発生する可能性がある。あとでこの方に成年後見人などが選任され、過去の財産状況を確認したときに、口座から50万円という大金が動いていたのを見つけると、「これは何?」ということになるだろう。すると、「なぜそんな不当に高額な示談をまとめたのか」と考える。そうすると、居酒屋の大将はもちろんのこと、話をまとめた相談員やその所属組織に対し、なんらかの請求をすることは十分に考えられる。
人のもめ事の仲裁に入るのは、かくも難しく、リスクにあふれる行為なのである。いかに「断らない相談支援」とはいえ、ここまでの役割を地域の相談支援機関に求めてはいない。「断っていい相談支援」だ。
同じように、非弁行為にあたらないか注意しなければならない相談としては、DVや虐待等から離婚に発展するような場合や、世帯の誰かが亡くなり、どうしても相続について検討しなければならないような場合があげられる。こうした場合は、弁護士同席のもとで相談を聞くのが、相談者にとっても、相談員にとっても、所属組織にとっても無難だろう。
とはいえ、近隣トラブルのすべてが法律事務ではない。①の場合などは、精神保健福祉法に基づいて何らかの強制入院の必要性を検討したり、強制入院することはできないとしても、医療につなぐ支援をする必要はあるだろう。その人が大声で叫んでいることに対する損害賠償を求めても、根本的な解決にはならない。②の場合も、認知症の人やそのご家族と一緒に介護保険法に基づくサービスを見直したり、逆に隣家の住民に認知症の理解を求め、もし今度また入ってきたときの適切な声かけを一緒に考えたりすることで、それ以降、隣家とのトラブルを減らす努力は必要だろう。しかし、近隣住民の要求が法律事務にあたるものであれば、丁寧かつ毅然とした態度で対応できないことを説明し、あとは弁護士へつないでほしい。
これが、私が「断らない相談支援」なるものを「無茶ぶり」だと思う大きな理由の一つだったりする。私の所属も、ここ数年で断らない相談支援を導入している。それを機にこういった紛争処理に近い相談が舞い込むことが多くなった気がする。「なんでも」相談を受けるのだから、当然、法律事務に近いものもそこに含まれてくる。「それを適切な機関(=法律事務所)へつなぐのが断らない相談支援だろう」ということなのかもしれないが、まだまだ福祉現場が弁護士と近しいとはいいがたい中、どうするのだろう、という思いはある。またそれが法律事務なのか福祉の守備範囲なのか、くっきりと分かれているわけでもないので、相当場数を踏んでいないとこの判断は難しいだろう。ベストなのは、弁護士同席のもとで相談を聞くことなのだが、そんなにカジュアルに弁護士を呼べる相談員がどれだけいるだろうか。
なんにせよ、法律が関係しそうなもめごと(金銭の請求、不動産の明渡し、離婚、養育費、相続等)の空気が漂ってきたら、早めに法律相談へ誘導することをお勧めしたい。