感染症と情報開示~「安心」と「プライバシー」の間
最近は、毎日のように「○〇県で初の新型コロナウイルス感染者確認」という報道に接する。もうそろそろ感染者がいない都道府県が数えるほどになってきたのではないか。
そこで毎度思うのが、「感染者の情報って、どこまで公表するのが「是」なんだろう」ということ。このあたりの知見があるなら読んでみたいけど、医学論文になりそうな予感もしなくもない。基本的に私は「患者」なので、「患者としてどこまで公表されるとイヤかなぁ」という視点で見ている。いかんせん、最近ではバンドマンというだけで「あんたのような奴が集まるから、新型ウイルスが拡散するんだ」というクレームを受けるような世の中なので、「感染者である」という情報は、超ド級の要配慮情報である。また、「個人情報保護」の観点のみならず、事業所としても風評被害の契機にもなりうるため、あらゆる情報法上の配慮を尽くして考えるべき論点と思われる。
法律上の大原則
感染者が発生した際、その情報を最初に公表するのはそれが都道府県にせよ、市区町村にせよ、「地方自治体」になる。そうすると、この論点を「個人情報保護」の論点と整理した場合、準拠すべきルールは各自治体の個人情報保護条例になる。
しかし待てよ、これってそもそも個人情報なのだろうか。各自治体の個人情報保護条例によって「個人情報」の定義も微妙に違いそうだけど、とりあえず代表して「個人情報保護法」の「個人情報」の定義を見てみる。
当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録(電磁的方式(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式をいう。次項第二号において同じ。)で作られる記録をいう。第十八条第二項において同じ。)に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(個人識別符号を除く。)をいう。以下同じ。)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)
…あれですね、公表情報には当然、氏名も生年月日も入っていないから個人情報とちゃうな。問題は太字のところ。「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む」の解釈論ということになりそう。ここで出す情報が少なければ少ないほど、出た情報のみによって特定の個人を識別することは困難であり、そもそも個人情報には該当しない、ということになる。逆にいろいろと情報が付加されると、氏名、生年月日がマスキングされていても、当該患者の周辺であれば特定できる状態になるため、「個人情報」に当たることになりそう。
仮に公表された情報量が多くて本人に近い人であれば特定できてしまうような場合は、個人情報として処理すべき場合、感染情報は特に目的外利用や提供にあたり特に慎重を期すべき「要配慮個人情報」となる。この要配慮個人情報は、原則的に目的外利用不可。例外事由として代表的なのが①法令に基づく場合と②人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、だろう。なお、表現は各条例により微妙に異なる。特に②の例外事由については、「緊急やむを得ない場合」のようにさらに限定するような表現になっている場合もある。さて、感染者情報の公表は、別に法令で「感染者の個人情報を公表せよ」と定められているわけではないため、①には該当しない。なので、②に該当するのかどうかを個別に判断するしかない。ことは感染症の蔓延防止の目的なので、②に該当することは十分にありうる。しかし、逆に言うと②に該当しないような場合は公表すべきではない。
まずは「個人情報」にわたらない程度の情報量でとどめるよう留意する。しかしながら事柄の性質上どうしても情報量が多くなる場合でも、上記②「人の生命、身体・・・の保護のために必要がある場合」に該当する、と言い切れる情報のみを公表すべきことになるのだろう。結局は、「感染者のプライバシー」と、「感染症から住民を守ること」を天秤にかけ、どちらが優先されるかというケースバイケースになる。非常に困難な判断を迫られる「ケースバイケース」である。
気になること1:患者の居住地
そんなもの、毎回「裸の利益衡量」なんかやってられない。そこで、あらかじめ定められている基準を見てみる。
まず、もはやどこも気にしてないが、先日厚労省から送られてきた参考情報(令和2年2月27日付事務連絡)である「一類感染症発生に関する公表基準」上、感染者居住「市町村」は非公表情報となっている。しかし、新型インフルエンザ等対策マニュアル上は、「原則市町村まで公表」となっている。どっちやねん。
人口規模10万人程度であれば、性別と年代だけで済めばまぁいけるかも…しれないけど、おそらく当該感染者の身の回りでは特定されるような気がする。
この点、保健所単位で記者会見をすることが多いので、そもそも人口10万人都市の場合、だいたいが都道府県発信となる。各都道府県のサイトを見ていると、圏域レベルまでしか公表していないところ、市町村まで公表しているところ、いろいろである。
また、自前で保健所機能を持つ政令市レベルだと、良くも悪くもコミュニティはそれほど濃厚でもないので、個人特定のおそれは低くなる。
問題は中途半端な規模感の中核市。これも保健所機能を持っているけど…どうなのだろう。
気にしすぎかな…
それと、「市民の安心」とを天秤にかけ、どこまで公表するべきなのか…が、わからん。公表しようがしまいが、どうせ近所の人には知れる気がするしなぁ。自分が感染者になったら気にするかな。どうでもいいかな。うーん、わからん。
気になることその2:行動歴
行動歴についても、大阪府のライブハウスや愛知県のジムなど、「クラスター感染」が疑われる場合は公表しないと濃厚接触者を探せないため、公表の必要性が非常に高いと思う。しかし、そこに至らない行動歴までどこまでつまびらかにする必要があるのかは、正直よくわからない。
たとえば仮に「濃厚接触者を探すため」という目的なら、「〇〇線の上り、〇時〇分発の電車に〇〇駅から〇〇駅まで毎朝乗っていた」まで特定して公開してもらわないと住民としても自分が濃厚接触者か判断できない。
そしてここまで公開するなら、仮に名乗り出てきた人がいた場合、全員ホントに濃厚接触者扱いするんだろうか。毎日毎日日本全国ですし詰めの通勤電車が走っていながらいまだに電車でクラスター発生が確認されていないのに。そうすると、そこまでしないのであれば、中途半端な通勤経路公表は「じゃあ何のためのプライバシーの開示?」ということになるような気がする。
あと、プライバシーとは別の論点として、確たる目的なく路線名を公表した結果、なんとなくその路線を避ける人が出てきてしまうと当該交通事業者の営業に支障が出るかもしれない。
いち市民としては、情報を知るとなんとなく安心するのも事実なので、このあたりどのように利益衡量すべきか難しい。
【参考】神戸新聞NEXT|総合|神戸市長のツイッター「暴き立てて何になる」に批判相次ぐ 新型肺炎感染者の行動巡り
感染者の行動を暴き立てて、何になるのですか。地下鉄を使っていたら乗るのをやめるのですか。そんなことより、子どもたちの居場所に関する選択肢を増やすことです。学童保育、学校のほか、公園、自然の中で少人数の活動を増やしたい。そのために活動していただける民間団体をつのり、支援します。
— 久元喜造(神戸市長) (@hisamotokizo) March 5, 2020
こういう知見はどこかにあるのかしら、ないのかしら。
「情報公開」という論点からは積極的に情報を公開し、それとは切り離して疾患差別を防止すべきなのかもしれない。ただ、現状かなりカジュアルに疾患差別が横行していることを考えると、なかなかそうも割り切れない思いがある。
【参考】職場で急増するコロハラ「咳をしたから謝罪しろ」「コロナだろ、会社くるな」|弁護士ドットコムニュース