虐待防止法の不思議な面会制限

はじめに

ここ数年、児童虐待の結果として亡くなる子どもの報道があとを絶たないため、児童虐待は、大きな社会の関心を集めている。しかし、虐待をしてはならないのは子どもに対してだけではない。高齢者・障害者に対しても同様であるし、そのための法律も存在する。子どもと同様、高齢者・障害者も、それぞれの虐待防止法にもとづいて行政権限で特別養護老人ホームや障害者支援施設等に分離保護することができる。その時、被害にあっている高齢者・障害者保護の観点から、虐待をした養護者に対して面会制限をすることができる(高齢者虐待防止法13条、障害者虐待防止法13条)。ところがこの面会制限という条文がなぜこのような形で存在するのか、いまだによくわからない。虐待対応の行政に許された権限として重要なのに、使い勝手が悪すぎるのだ。その理由は、①対象が限定されていること、②「やむを得ない事由による措置」をしていなければならないという変な条件が付いていることである。

面会制限の具体的効果 

そもそも、面会制限の具体的効果はそれほど強くない。虐待対応をしている自治体や、分離保護した高齢者や障害者を受け入れている施設管理者が、虐待をしていた養護者に対して、「面会をしてはならない」と言える根拠にはなっているだけに過ぎない。たとえばドメスティック・バイオレンス(夫婦間等の暴力)事件で利用する保護命令(DV防止法10条)の場合、裁判所から発令される保護命令の決定に違反した場合には刑事罰が科せられる(同法29条)。刑法犯なので、保護命令に違反して被害者に接触を図ってきた加害配偶者を逮捕・勾留することも可能になる。その反面、事前に加害配偶者の事情も聞かなければならない。面会制限にはそこまでの効果はなく、違反してもサンクションは予定されていない。そこまでを想定する場合、少なくとも告知聴聞の機会は事前に保障する必要があるだろうから、虐待対応という緊急性と即時性が求められる場面でそこまでの事前手続を求めるのは困難だったのだろう。

養護者以外の面会

さて、面会制限の対象は、養護者だけに限定されている。このため、養護者以外の者の面会を制限する必要が認定されたとしても、条文を素直に読むと、自治体は面会制限をかけることはできない。施設管理者も自治体と一緒に面会制限をかけられないような気もしてくるが、こちらは一般論としての施設管理権に基づき、管理者が面会制限を書けることは可能と考えられている(「市町村・都道府県のための養護者による高齢者虐待対応の手引き」社団法人日本社会福祉士会編著・中央法規)139頁)。その際にも、自治体と相談して一定の基準で面会制限をするべきだ、というただし書がついている。ただ、結局自治体との相談を要すると説明するのであれば、自治体にも面会制限の権限を認めておくべきだろう。これでは分離保護した本人を受け入れた施設が、養護者からの追及のリスクの矢面に立たされてしまう。それは虐待防止法の趣旨が本位とするところではないように思う。また、後述の通り、「本人の居場所を秘匿するか否か」という論点との関係では、守秘義務及び個人情報保護の観点から、むしろ養護者以外に対しても、本人に危険が及ぶ可能性がある以上、秘匿する義務を負っていると言える。

なぜ措置とセットなのか

この面会制限制度の不思議な点は、制限をかけられる場面が措置によって分離保護をしたケースに限定される点だ。このため、虐待された高齢者・障害者を虐待した養護者から分離する場面で、被虐待者の判断能力に問題がない場合は措置ではなく契約によって福祉施設に入所することもあるが、この場合は面会制限をすることができない。面会制限は、被虐待者が「自力では虐待状況から離脱することができない、公権力によって保護されるべき人」であることを前提としている。面会制限のためだけに、契約で入所している施設をわざわざ措置に切り替えなければならなくなる。ちょっとやらしい話だが、措置の場合、一般財源からの費用負担が発生する。しかも、危険な状況がいつ収束し、措置解除の見通しがいつごろ立つかなどについては、初動対応の段階ではまったく見通せない。このように、自治体にとってやむを得ない事由による措置は負担の大きい作業となるので、本当に「やむを得ない場合」に限らなければ、年度末に財源が尽きて措置できない、などということにもなりかねない。制度趣旨的にも、「一時保護しなければならない場面」と「面会制限をしなければならない場面」はまったくイコールではないはずで、ここを紐付けする必然性は筆者には感じられない。なぜこのような立てつけになったのか。ひょっとすると、先に制定されていた児童虐待防止法に倣ってそうなったのかもしれない。子どもの場合は自らの意思で契約して施設入所したり、ビジネスホテルに1人で避難したり、とにかく自分の意思で避難するということがおよそ想定されない。この、被虐待者に行為能力があるか否かが児童と成人の虐待対応の大きな差であると思っている。この点に着目すれば、成人(障害者・高齢者)への虐待に介入する場合でも、本人の意思と能力を尊重し、活用する余地が出てくるはずである。この点、被虐待者を、児童と同等に無力な存在と捉え、過剰に保護の対象としてしまった結果、措置分離が前提にないと面会制限できない、という制度になってしまっているのではないかと思わざるを得ない。そこは独立して考えるべきではないかといつも思う。

面会制限あろうがなかろうが

それにしても、面会制限ができなければそんなに困るのだろうか。面会制限は、虐待していた養護者が、行政や地域包括支援センターなどに対して、被虐待者の居場所を聞き出そうとするときに覿面に効果を発揮する。「面会制限の措置が取られているので、居場所を回答できません。」と言って対抗するのである。しかし、被虐待者本人を養護していた者(典型的には本人の子)とはいえ、本人を虐待し、行政が虐待対応しなければならない場面において、本人の居場所や現在の様子は、養護者との関係ではトップシークレットである。行政職員であれば地方公務員法に基づき、地域包括支援センター職員であれば介護保険法に基づき負っている守秘義務として、養護者に対しても、それ以外の親族に対しても、本人の居場所は回答してはならない。回答しようものなら懲戒事由である。個人情報保護条例(法)との関係でも、本人の同意がない以上、相手がたとえ親族であっても、現在の居場所のような要配慮個人情報は回答してはならない。面会制限との関係では、「契約で分離している本人の情報を秘匿してもよいか」「養護者以外の親族に本人の情報を秘匿してもよいか」といった論点がQ&A等で紹介され、それぞれ面会制限と虐待防止法の趣旨から対応方法が説明されている(「虐待をめぐる裁判例」実践成年後見No89、32頁など。同原稿の中では、東京地判平成26年7月24日(公刊物未登載)においても、高齢者虐待防止法13条の趣旨を全うするためには、自治体職員には養護者以外の親族に対して本人の居場所を開示すべき義務はない、という判断がされている。)。しかし、こと「秘匿してもよいか」という問いに限っていえば、上記の通り「秘匿しなければならない」といえる場面がほとんどであり、この点は迷わず毅然と対応したいところだ。


…しかしなんで虐待防止法関係の裁判例って公刊物未登載のものが多いんや。そんなんやからリーガルリスクを低く見積もられるねんて。

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