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父はやっぱり、大きくて。

「父ちゃんが倒れた」

完全に冬が始まって、
呑気に友達と遊んでいた帰り道に一報が入った。
漫画とかドラマとか、フィクションの世界だけの話だと思っていた。
自分の身に降りかかると、一瞬理解が追いつかなくて言葉が出てこなかった。
「命に別状はない」
という言葉で、本当に大事が起きてしまったという事を認識した。
脳出血だった。

僕の家族には、幸いな事にこれまで大病を患った人間はいなかった。
みんな健康に生きて、しばらくこの幸せが続くと思って疑っていなかった。
突然の困難に、家族全員困惑していた。

自分で実父の事を褒めすぎるのは可笑しく思われるかもしれないが
父は、息子の僕から見ても人情があって周りの人に好かれる人間だと思う。
父の知り合いに会って「〇〇(父の名)さんとこの息子か!」と、
話しかけてもらう機会も多かった。
幼い頃は、それが誇らしくて嬉しかった事を覚えている。
先頭に立って、周りを引っ張っていく人でもある。
たまに熱くなりすぎて突っ走ってしまう事もあるが、そこも込みで
父の事を好きだと言ってくれる人は多い。

実家は漁業を営んでおり、父は若い頃から海の上で海の男として生きてきた。
その父を若くから支えてきたのが、山育ちの母である。
海とは馴染みの少ない人生を歩んできた母は、父との結婚を機に海の女になった。
僕たち兄弟が小さい頃から、父と一緒に海に出て働いている。
突っ走ってしまったり人一倍責任感を感じてしまう父が心置きなく動けているのは
きっと母の協力のおかげである。

近くでずっと父を支えてきた母の衝撃は、僕とは比べ物にならなかったと思う。
実家を離れている僕でさえ、何かが崩れていく気がしたのに
母にはそれ以上の衝撃が襲いかかっていた事だと思う。

それから、父の状況を把握する為のグループLINEができ
兄弟と母との近況報告が毎日交わされる事になる。
それぞれが各々、自分に出来る事は何かを探して動く。
父の状態が少しでも快方に向かうように祈りつつ、
母のサポートを行う日々が少し続いた。

実家から離れて生きている僕は、心のどこかで現実を受け止められていなかった。
現実に起こっている事なのに、しばらくそれを信じることが出来なくて
何をしたらいいのか分からず、能動的に動けずにいた。

「出来る事あったら何でも言ってね」

自分で現実に向き合う事をしないで
流れに身を任せるような、仕様が無い発言をしてしまっていた。

「自分で何が出来るか考えて動かんといかんよ!」

姉から言葉をもらってハッとした。
自分には何が出来るか考える事。
自分が逆の立場だったらどう接して貰えると嬉しいか考える事。
不安な気持ちをどうしたら和らげる事が出来るか考える事。
離れているから何も出来ないと諦めるのではなくて、
自分も家族を支える一員なんだと再認識して動かないといけないと感じた。

その第一歩として動画を作った。
姪っ子の写真や動画を、いきものがかりの『笑顔』に載せて流すという内容の
至ってシンプルな動画だ。
父も大好きな孫の成長を追っていける動画を視聴する事で、
少しは元気が出てくれるんじゃないかと思って作成をした。

『笑顔』を選んだのは、歌詞がすごく素敵だったからだ。

「わかり合うことは難しいけど 分かち合うことは僕にも出来る」
父の苦しい気持ちや悔しい気持ち。母の将来を不安に思う気持ち。
この全てを完璧にわかり合うことは難しいことだと思う。
でも、1人で抱え込むんじゃなくてみんなで分かち合っていく事で
気持ちを軽くする事が出来ると思う。

「いつかちょっと悲しいこともある いつかちょっと嬉しいこともある
でもぜんぶ笑えたらいい ぜんぶ抱え生きていけたらいい」
こんなに悲しい出来事があったからには、きっと次は嬉しい事が起きるはず。
命が助かったからこそ、この全部を抱えて生きていく事ができる。
こんなふうに思える日がいつ来るのか分からないけど、
何とか前を向いていけたらいいなと思う。


半身麻痺のような状態になっていた父だったが
先日、やっと電話で話をする事ができた。
か細い声だったが、
「どこまでやれるか分からないけど、また自分の足で歩けるように頑張る」
と話してくれた。
その言葉に逆に勇気を貰い、改めて全力で応援していきたいと思った。

この出来事で、改めて父の人望の厚さや家族の結束の強まりを感じた。
父の存在は、僕たち家族にとってあまりにも大きい。
まだまだ元気で生きてもらわないと困る。
僕がやれる事は微力だけど、能動的に動いていきたい。
まだまだ力になれていないから頑張らないといけないなと思う。

不幸中の幸いで、命が助かって本当によかった。
コロナの影響で帰省が出来ず、直接会えるのはまだ先になるけど
また会いにいく事が出来る。
次に会う時には、またいつものように笑顔で話が出来たらいいなと思う。

本当に、こんな状況で実感するのも変な話だけど
この家族に生まれて幸せだと感じている。
困難な状況だけど、きっと支え合って乗り越えていきたい。

またみんなで温泉旅行に行こう!
父はやっぱり大きくて、いつまでも僕らに必要だ。

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