「君にはもう新しい世界を作る力がある」(上)の物語を紹介して行きます(3)
天才君はじ~っと聡の目を見たままでいた。でも、聡にはその目が聡の目に焦点があっていないことが分かっていた。何か別のものを見ていた。やがて、天才君が口を開いた。
「設計は経験だよ・・・経験から想像して作り上げることと言った方がいいかな?」
とニヤリとした。鉄平が聡の顔を見た。
「山下、お前、設計したことがあるのか」
「鉄平だって毎日しているだろう。それとも、お前は設計しないで一日を生きているのか」
「なんだよ、山下は天才君だから・・・俺にはちっとも理解できない」
「僕は今までに雀のどびんごを何回も飼った。皆も知っているだろう。巣を作って、餌をやって、水もやった。大きな口を開けて喜んで餌を食べた。でも、しばらくすると死んでしまった。また別のどびんごを連れてきて飼った。同じように死んだ。餌の糠の量を変えたり、糠を黄な粉にしたり、野菜を小さく切って入れたりした。まだうまくいっていない。ぼくはどびんごを育てるためにあれこれ試している。色んなことが分かってきた。でも何かが足りないのだと思う。そのうち俺の手で育ったどびんごが空に飛び立つよ。これが僕のどびんごを育てる設計だよ」
「どびんごを育てるためのあれこれ考えたりするのも設計なのか」
聡はつぶやいた。
「そうだよ。ロケットの設計とおなじだよ。違うところは、小学生ではロケットの設計でできることがあまりないだろう。使える経験が足りないよな。できる算数は役位に立たないし、燃料に使えるものも知らないし、万有引力についてもまだ習っていないし、ロケットの姿勢制御技術なんか何のことかさっぱり分からない。先生が言われたことは、ロケットを飛ばすということは、どういうことかを設計という難しい言葉をわざと使って教えられたのではないかと思うよ。俺は」
恵も新介も義久も皆、先ほどから身体を捻じ曲げて、後方の席についている山下の話に我を忘れていた。と言っても、誰も殆ど何のことか分かっていなかった。誰かが囁くのが聡の耳に入った。
「これがあの山下君なの。あいつ馬鹿じゃあなかったの?」
「クラスにこんな子いた?」
ちょうどキンコンカンコン、キンコンカンコン、終業のチャイムが鳴った。津田先生が教室の前のドアから入ってきて、急いで教壇に立ち、
「今日はこれでおしまいです。お掃除当番の人は手を挙げて。分かっていますね。それではお願します。忘れ物しないで、気を付けて家まで帰ってください。それではさようなら」
と言われた。
これは聡や鉄平のいる小学四年生の教室でこの日起きた出来事であるが、いつも繰り返される出来事とは何もかも違っていた。津田先生は聞いたこともない難しい言葉でロケットの設計の話をしたし、新しい科学や技術の発明発見が人を幸福にするとは限らないというようなことも言った。まだ何のことか良く分からないながら、津田先生の言葉は聡と鉄平の二人にとっては大きなショックの波となって身体の中を乱反射していた。しかし、そのショックの波を大きく複雑なものにしたのは聡と鉄平が理解できなかった津田先生の言ったことを山下がこんなことも知らないのかというような態度で解説したことだった。二人はこの前の秋から山下がはっきり自分たちとは違う世界に生きているのに気づき、脅威を感じ始めていたから、今日のショックはとてつもなく大きいものになった。ここで少し時計を逆回りさせて、この小学校のこと、これまでこの教室で起きたことなどを紹介しよう。
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