講師として呼ばれた場所で、求められることができているかどうか
2年半前に「困っている人への支援を行う団体」としてNPO法人ルネスかごしまを立ち上げました。おかげさまで、行政や地域のグループなどに、講演料をいただいてお話をさせていただく機会も増えてまいりました。
もちろん、そこには、Facebook等による活発な広報や情報発信が影響していることは否めないのですが、そこを話すととても長くなるので、今回は、「呼ばれるようになってから」の話。
私の場合「不登校・ひきこもりへの対応(親御さん向け・行政職員向け・相談員向け)」「子どもの貧困・世帯の貧困について私たちにできることがあるか」「カウンセリング入門・実践」などを行うことが多いのですが(イレギュラーなものとして「効果的なプレゼンテーション方法を考える」など)、どこでも同じ話をしているわけでもない。
まずは、その会場にどんな人が来ていて、どのような話(やワークショップ)が求められているか、を分析するところから始まる。その場で求められている役割を理解し、それに沿った上で、自らの立場や考えを伝える。とはいえ、正しい(と自分が思う)ことを伝えるだけでは、立場の違いということで片付けられてしまいかねない。まずは、受講する人の希望や立場を理解し、時には「できていないこと」を斟酌し、寄り添う。
哲学のようなものは、言葉ではなく背中で伝わるのだと思う
仕事に対して、あるいは、困っている人への態度やスタンス、考え方というのは、それこそ、自然に伝わってしまうものだと思っている。もちろん、言葉で伝えなければならないことも多くあることは理解した上で、それでも、言葉で伝えたものは、言葉の上だけで理解されてしまう(理解したつもりになってしまう)リスクを、こちらが認識している必要があると思う。
「わかったつもり」になられるのが一番怖い
だからこそ、なんども呼んでいただけるように、期待には最大限応えられるように、その上で、「困っている人へ向ける態度」が、少しでも伝わってほしいと思っている。
お読みくださりありがとうございます。 いただいたサポートは、NPO法人ルネスかごしまが行う「生活困窮家庭・ひとり親家庭支援」に全額使わせていただきます。