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金子みすゞの詩、『ながい夢』と『手品師の掌』の並びについて
みすゞは日記のように詩を書いたので、遺稿は詩作順に並んでいるとされています。
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が、命を絶つ前に3冊の手帳に清書した遺稿は、『美しい町』『空のかあさま』『さみしい王女』と題され、各巻章立てがなされ、立派な3冊組の詩集の体です。
書いた順に並べただけで、果たして【詩集】になるでしょうか?
詩を書いている方なら、お分かりになるでしょう。書いた順に並べても【詩集】にはなりません。【詩集】は編まなければできない。
みすゞの結婚直前、弟から、たくさんの詩の感想を述べた短評の手紙が来ました。そこにある作品は、結婚前に書かれたと判断できます。
が、それ以外の詩作時期は、【断定】できないと私は考えています。
したがって命を絶つ前の清書時、【詩集】を遺すために編んだと考えています。
そこには意図や思いがあり、並べた順番にも【意味】がある。
詩を書いたことなどない方も、想像してみて欲しいのです。もし、貴方が詩人で、自分の詩集を編むとしたら、順番はもとより、どの詩を最初にして、どの詩を最後にするか…
それぞれの章でも、どの詩を最初にして、どの詩を最後にするか、悶絶するとは思いませんか?
そうした時、『ながい夢』と『手品師の掌』の並びからこぼれてくる みすゞの思いを拾い上げてみたいのです。
『ながい夢』は、みすゞにとって実人生と切っても切れない、特別な位置づけの詩であると書きました。
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みすゞは、『ながい夢』の後に、この詩を置きました。
だとしたら『手品師の掌』の最後って、「あたしは、あの女の腹から生まれたんじゃないわ。手品師の掌から生まれたのよ」というふうにも読めませんかね?