【京丹後の食を作るひと】vol.4 ゆっくりじっくり、時間をかけて。京丹後が誇る特産品、琴引浜の海水から生まれた「琴引の塩」ができるまで
日本海に面した町、京丹後市は「海の京都」とも呼ばれ、美しい海が望める数々の浜が有名です。中でも「琴引浜」の海水を使って作られる「琴引の塩」は、この地ではなじみの逸品。今回は塩を作る安井晶俊さんに、身近だけれど意外と知らない塩作りのことを伺いました。
目の前に広がる海を活用できないか。老舗織物会社が始めた「塩作り」
訪ねたのは、京丹後市網野町にある琴引の塩工場。大きな釜がいくつもあり、もくもくと蒸気が上がっています。
安井さん:
「琴引浜の近海から汲んできた海水を火にかけ、水分を飛ばしているところです。この工場では一度に4000リットルの海水を、じっくり時間をかけながら凝縮させています」
琴引の塩を作る西晶株式会社は、元々は「丹後ちりめん」を作る老舗の織物会社でした。けれど、この地に来る人へ京丹後の魅力を伝えたいという思いから、観光業にも着手するように。海が望める旅館を始めたのをきっかけに、「塩作り」に挑戦し始めたといいます。
安井さん:
「先代が目の前に広がる海で何かできないかと考えて、思いついたのが塩作りでした。
当時はちょうど、日本で塩の専売が解禁され、一般企業が塩作りに参入できるようになった頃。琴引浜の自然の恵みを生かして、旅館に泊まりに来る方や、京丹後を訪れる方に喜んでもらえるものが作りたいという思いがあったようです」
いち早く事業に着手して、25年。今や琴引の塩は、地元の人にはもちろん、観光客のお土産としても知られる存在になりました。
塩ができるまで2週間。手間暇かけた、長い道のり
海水を入れた釜を火にかけて蒸発させていく、昔ながらの「平釜製法」で作られている琴引の塩。ただ海水を蒸発させれば塩が残るのかといえば、そんなシンプルなものではありません。
4000リットルの海水を火にかけ、濃縮させるために必要な期間は丸4日。極端に強い火にしてはだめで、強すぎず弱すぎない火加減を守りながら、少しずつ結晶化させていくために、長い時間がかかります。もちろんただ火にかけるだけでなく、効率よく蒸発させるための火加減の調節や、不純物をこまめに網で掬い取る作業など、細かな手入れが必要です。
4日かけて4000リットルから500リットルまで濃縮された海水は、その後、静置してカルシウム分を取り除き、再び釜に戻し火にかけて結晶化します。
その後、写真のような分離器に移し、塩とにがりに分離。最後に塩を乾燥させ、不純物の混ざりがないか点検したのちに完成。
全体で約2週間もの長い工程を経て、ようやく塩が出来上がるのです。
安井さん:
「天然の海水を100%使用しているため、さまざまなミネラルが含まれているので、ただ水分を飛ばしただけでは雑味が残ります。
繰り返し手をかけていくことで、バランスのとれた味わいになるんです」
最終的に4000リットルの海水からできあがるのはわずか120キロ(全体の3パーセント)。シンプルな塩が作られる背景には、決してシンプルではない、時間と手間の集積がありました。
ちなみに、海水を火にかける燃料に使われるのは、この地域の建築業者から提供される廃材を加工した薪。京丹後の恵みだけでなく、廃棄される資材も生かし、地域の循環の中で出来上がっているのが「琴引の塩」なのです。
ネットも普及していない時代に、独学ではじめた塩作り
安井さんが塩作りを始めたのは、退職を機に西晶株式会社へ入ってから。それまでは農協に勤めるサラリーマンだったので、塩作りはもちろん、初めての経験。そもそも、長く塩の製造販売が解禁されていなかった日本で、当時塩作りに関するノウハウを持つ人がほぼいない中で、独学でゼロからの塩作りがスタートしました。
安井さん:
「今なら塩作りのやり方も、検索すればすぐにわかりますが、25年前は、スマートフォンはおろかまだインターネットも発達していませんでした。
本にも載っていないことがたくさんあって、地元のおじいさんに尋ねることも。それでもわからないことはトライアンドエラーで正解を見つけていくしかなく、失敗したらなぜなんだろうと考え、次に生かすことの繰り返しでした」
そもそも、日本海側で海水塩を作ること自体が当時では稀。例えば沖縄のように波が穏やかで、気候の安定した海とは違い、荒波が立つことも多いため取水も難しく、海水に不純物がまじりやすいのだとか。
それでもここの浜からとれた塩100%にこだわるのは、外に誇れる「京丹後のものづくり」がしたいという思いがあったからです。
安井さん:
「形になるまでの数年間は、利益なんて全くありませんでした。必要な設備は多いので、出費が増すばかり。どうなることかと思っていました。
塩は他の食材に比べて日持ちが長く、ロスの心配がなかったことが救いでしたね」
始めて25年経ち、ようやく最近、事業として軌道に乗ってきたという琴引の塩。長年の苦労を経てできた塩は、まさに努力の結晶です。
まずは口にしてもらうことから。きっとおいしさが届くと信じて
おいしい塩が作れるようになってもそれで終わりではなく、販路の確保も難しい課題でした。大量生産の塩に比べれば、決して安くはない値段。最初は受け入れられないことの方が多かったと言います。
安井さん:
「売ることも塩作りと同じで、コツコツ地道に、と言い聞かせてきました。まずは一口食べてみてもらいたいと、イベントへの出店を重ね、会う人会う人に配り続けてきました」
その味はもちろんのこと、当時はまだ珍しかった海水塩で塩を作ることへの注目もあり、次第に琴引の塩は少しずつ口コミで広まるように。
今や京丹後のどこへ行っても目にするほど見慣れた存在になりましたが、ここにたどりつくまでには様々な苦労と試行錯誤がありました。
同じようで毎日違う、塩の仕上がり
毎日塩を炊く作業は、まさに職人技。じっくりと火にかけ、ゆっくりと濾していく工程は一見単調に思えますが、実は日々変わりゆくもの。その日の気候や湿度だけでなく、作り手によっても全く違う仕上がりになり、決して均一にはならないところに、面白さがあると言います。
安井さん:
「にがりを越して取り除く塩梅や、結晶化させるための火加減。ひとつひとつの工程によっても塩の味は大きく変わるので、何年も続け、何万回と作ってきても、やはり失敗する日もあります。
よく、この塩の味を作る秘訣は?と聞かれるんですが、本当にシンプルに炊いているだけなんですよ。もちろん今日まで色々工夫しながら作ってきたところはありますが、特別なことは何もしていません。
コツといえば、慌てないことでしょうか。ゆっくり、ゆっくりね。根気のいる作業ではありますが、火って、毎日眺めていても不思議と飽きないんですよ。だから毎日焚き火をしているようなものだと思っています」
今やシンプルな塩だけでなく、塩を生かした加工品や調味料など、さまざまな商品が生み出されています。中には塩プリンや塩キャラメル、塩サイダーなど、甘いものも意外と多いそう。これも安井さんのアイデアです。
安井さん:
「味噌のように、塩を使った調味料を作ってみたこともあります。でも、やはり甘い中に塩のある方が、塩の味は引き立つんです。
それにね、塩を作ってるけど、僕は実は甘党なんですよ(笑)」
作り手によっても味が変わるという、塩。安井さんのユーモア溢れる人柄も、「琴引の塩」の魅力の一部なんだと感じずにはいられませんでした。
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