400字の部屋 ♯21 「富 2」
激しい雷雨の後に吹いた風が夏の熱気を幾分吹き払った頃、砂倉は今日の分の原稿を書き上げ、珈琲を啜った。珈琲は冷めていたが旨かった。飲み乍らモニターに浮かぶ原稿を確認し終え、カップを持ってベランダに出た。闇の中、庭の樹々が風で戦ぎ、虫の音が響いている。息を吸って、吐いた。何度か繰り返し、砂倉は室内を振り返った。十畳一間の書斎。窓側以外の壁に設置された本棚には隙間無く本が収められている。砂倉は考える。富者とは、自分で描いた生き方を実現出来る者の事なのだろう。自分は書斎を構えて作家として生きる事を描き、実現した。それは思想を具現化する事で、根っこにあるのは金ではない。否、金は人生に於いて99%大切なのだが、金は1%の思想の具現化の為に使うべきなのだ。思想は人それぞれで、それは己を保つ不可侵の核だ。つまり富とは、所有する金の多寡ではなく、所有する金を思想の奴隷にする事。故に、富は目に視えない。