その一人の人生もありえないくらいなのに、もう一人の人生も作り話としか思えない二人が主役の実話による映画。

タイトルがややこしいですが、一人はジェームズ・マレー。まずしい仕立て屋の息子で経済的な事情で14歳で学校をやめ、独学で語学を勉強して数十か国語の言語に精通しました。

子供は12人もおり、生活はラクではありませんでしたが、さまざまな仕事をつづけるかたわら研究はおこたりませんでした。そして41歳になってついに学識がオックスフォード大学にみとめられ、当時難航していた辞典の編集責任者として抜擢されます。それがあのオックスフォード英語辞典です。

14歳で学校をやめた学歴のない12人の子持ち男が、学問の府オックスフォード大学に招かれたのです。まるでフィクションみたいな話です。

もう一人は、ウィリアム・マイヤー。アメリカ人の外科医でしたが、イギリスで無実の男を銃殺して刑務所に入っていました。殺した理由は、じぶんを夜な夜なつけねらって殺しにくる、という被害妄想(パラノイア)でした。殺した男には妊婦の妻と6人の子供がいました。(マイヤーはのちに生活に困窮したこの被害者の妻にじぶんの年金をあたえて、サポートしています。)

かれは獄中でマレーの辞典編集にことばの用例をみつけるボランティアが必要なのをしり、協力します。初期のボランティアのなかでもっとも重要な役割をはたした人物だといわれています。

しかし、パラノイアの症状はよくなりませんでした。68歳のとき、じぶんのペニスを切断します。理由はイスタンブールにつれていかれ、児童に性的な虐待をくわえたからだというのです。じぶんを罰するためにペニスを切ったと。獄中にいるのですから、イスタンブールになどいけるわけがありませんが。

マイヤーの人生もフィクションとしか思えないのですが、実話です。

このありえないような二人の人生がおりこまれた映画がこれです。

『博士と狂人』。メル・ギブソン(博士)とショーン・ペン(狂人)がそれぞれにいい味をだしています。被害者の妻をえんじるナタリー・ドーマーも私の推しの女優で、ゲームオブスローンズではマージェリー・タイレルをやっていたといえばおわかりになるでしょうか。

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マレーたちがオックスフォード英語辞典の第1巻を発刊したあと、大学の理事会で責められる場面があります。

「なぜB・・という言葉が入っていないのだ。すべての英語を網羅するんじゃなかったのか。フランスの新聞は欠陥辞典だと批判する記事を書いているぞ」

まったく初めての試みで、収載すべき言葉がぬけたり、誤植があったりするのはじゅうぶんにありえることです。辞典だとそうかんたんには次の版はでませんから、マレーが「やっちまった」と重たい気持ちになるのはいたいほどわかります。

いまならネットで呼びかければ用例を集めるのもさほど苦労はしないでしょうが、当時は協力のよびかけは本にはさんだチラシだし、それにこたえるボランティアたちは手紙に用例を書いて郵便でマレーにとどけるのです。時間の進み方が現代とはまったくちがいます。

マレーは辞典の完成をみることなく1915年に亡くなります。ファーストエディションが完成したと宣言されたのは1928年でした。マレーの死から13年が経っていました。

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