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放浪 四

その日は疲れていたので、早く寝ようと思っていた。

もう少ししたら寝ようか、そんな時間に「帰るよ」と夫が言い出した。

夕食後、居間でくつろいでいたら「帰るから車で送って」と夫に言われ、ふたりで小一時間ドライブして帰ってきたのが、その1時間ほど前のこと。

デイサービスが休みで、一日中、夫とふたりきりだった私は、この日2度目の「帰るよ」にガックリきたのと同時に腹が立ち、さらに疲れが怒りを増幅させた。

「なら帰ろう」と怒りの声で私は夫を家から出した。「今日はもう遅いから明日にしよう」なんてことを言って、外出を回避することもできたかもしれない。でもそれが成功したとして、痛手を負うのは怒りを押し殺して対応した私の精神ばかりで、夫の方は、今日したかったことが明日になった、ちょっと残念かな、くらいのものである。その残念な気持ちだって長持ちしない。

その日の私は、それが許せなかった。私は夫を長時間不快にさせたくなった。

もう、今日はとことん夫を歩かせてやる。へとへとになってふらふらになるまで歩かせてやる。途中で引き止めたりなんかしない。夫が蒔いた種で、私は夫の肉体を疲れさせるという仕返しをする。

なぜ私の機嫌が悪いのか、夫には理解できない。けれども私の機嫌が悪いと夫の機嫌も悪くなり、そのうちふたりで怒り出す。

私は夫の20メートルほど後ろを歩く。

夫は私から逃げるように通ったことのない道を闇雲に歩く。怒りを原動力にするとすごいもので、夫の歩くスピードはいつもより速く、普段の散歩ならバテてくる距離を過ぎてもどんどん歩く。

そんな夫も次第に疲れを見せ始め、徐々に弱気になってくる。私の方を振り返り、足を止め、私に歩み寄り「おいで」と言う。けれどもその日の私は、そんな頼み方で言うことを聞くような度量を持ち合わせていない。私がそれに応じず動こうとしなと「来なさい」「来て」「一緒に来てください」と夫が言葉をかえていく。私がなにも言っていないのに頼み方が気に食わないのだと夫が察したことはすばらしい。

頭まで下げて丁寧に頼まれたので夫について一緒に歩きだしたが、まだ私の腹の虫はおさまっていない。

交差点で夫に「どっちの道に進んだらいい」のか聞かれたが答えずにいたら夫が怒った。無視したことはよくないけれど、私としては「自分で帰ると言い出したのだから、自分が帰りたいところに自分で考えて帰れよ」という感じである。怒られたことにむくれた私は、再び夫と一緒に歩くことを拒否した。すると夫が「隣を歩いて」と私に頼み「ついてきてくれないと怖いだろ」と私の手をとった。

夫がこうして私にすがりついてくるのを私は待っていた。

まるで弱気な男の子のかわいさで素直に頼む夫の姿に、私は自分の損ねていた機嫌を直していく。

「いっこ(私)がいないと僕はどこにも行けないんだからね」と言う夫。私は夫に必要とされると機嫌がいい。

夫の機嫌は私がとる。ならば夫には私の機嫌を取ってほしい。


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