境目
目が覚めるとそこは教室だった。
私は1番右の後ろの席に座っている。
その教室は明らかに異常だった。音楽室にあるはずのピアノが教壇の横にあり、さらに教壇と黒板、そのピアノが桔梗色、その他の教室の部分は全て黒板のようなどす黒い緑色なのだ。私は以前訪れた「関係-黒板の教室」みたいだなぁとぼんやり思った。
教室の左側には黒い影が落ちている。電気はついていないが、月の光が差し込んでいる為真っ暗ではない。どうして私は夜の教室にいるのだろう。
「さあやさん」
もう一度そう呼ばれ、そういえば、懐かしい後輩の声に呼ばれ目覚めたのだと思い出した。
1つ年下である後輩は、私の4つ先の列、1番後ろの席に座っていた。後輩であるので恐怖は感じなかったが、何故か私は左を向くことができない。目が黒板に釘付けなのだ。だが、たしかにそこにいることが分かる。
「ここはどこ?!」
私が叫ぶと後輩は「今日は金曜日だから2日くらいですね」と素っ頓狂な返答をした。言葉のキャッチボールどない?というかふつう日付から曜日考えない?しかも「くらい」って何?などと混乱していると、強い風が吹いて、窓際のカーテンがバタバタとたなびいた。
私は自室の布団の中に戻っていた。肩まで被っている布団を誰かが剥がそうとする。「あぁまたこれか」と思った。私が後輩の姿を見ることができなかったのも、目が黒板に釘付けだったのも、"これ"が原因だったのだ。奴は何度も私の布団を剥がそうとしてくる。それもものすごい力だ。どうする事もできないが、なんとか強い念で抵抗する。
駄目だった。布団が思い切り剥がされ、その瞬間肌寒さを感じる。その途端、目が覚めた。部屋の時計は電池が切れてからかれこれ1ヶ月ほど放置しているが、大体3時くらいだろう。私は教室での出来事を書き留めておこうと、暗がりの中紙とペンをとり、電気もつけずに走り書きをした。時間との勝負だ。昔、中学の美術の先生が、夢を記録しなんたらかんたらすると、夢を操作できるようになる、私はそうしていた、と言っていた。
後輩の言葉も1字1句間違えずに書き留めることが出来た。すごすごと布団の中に潜る。
布団が宙に浮く。再び肌寒さを覚え、身震いをする。机の上の紙とペンが布団に当たり、バラバラと音をたてて床に落ちる。
奴が私の手を強く引っ張る。しつこすぎる、私は必死で抵抗し、ベッドから落っこちてしまった。奴は引っ張る力を緩めず、尚私をどこかへ連れて行こうとする。私は全力で抵抗する。引っ張り合いは続いたが、ついにドアの前まで来てしまった。ドアを開けられてしまったら終わりな気がした。その時、奴は何かを見つけ、それに視線が釘付けになった。机の上に置いてあったチョコパイである。奴はすごい勢いでチョコパイを掴んだ。私の左手が自由になる。お前甘党なんかい、とかはどうでもいい、今しかないと思った。
私は大きく振りかぶって、思い切り奴の後頭部を殴った。
左の拳に激しい痛みを感じ目が覚めた。私が殴ったのはベッドのヘッドボードだった。