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名前の呼び方で語りが変わる ー インタビュー術 ー
どの自己で語ってもらうか
人は単一の「自己」ではなく、さまざまな側面を持つ多面的な存在です。
たとえば、家庭では親として、仕事ではプロフェッショナルとして、友人と接するときは一緒に楽しむ仲間として、自分の立場や状況に応じて異なる「自己」が顔を出します。このように、私たちの「自己」は一つの統一的なものではなく、状況に応じて変化するものです。
インタビューにおいて、この多面的な自己をどう引き出すかは非常に重要な問題です。質問の仕方一つで、同じ人物であっても、まったく異なる側面が表に出る可能性があります。
では、インタビュアーはどのようにして、相手に「どの自己」を語ってもらうかを意識すればいいのでしょうか。
自己の多面性とは?
心理学的な観点から見て、私たちの「自己」は時間とともに変化し、異なる役割を持つことになります。エリク・エリクソンの発達段階理論においても、個人は人生の各段階で異なる社会的役割を担い、それぞれの役割がその人のアイデンティティを形成していくとされています。例えば、若い頃は学生として、結婚後は夫または妻として、親になることでまた別の役割を持つようになります。これらの役割は、それぞれ異なる価値観や行動様式を伴い、その人の考え方や感じ方に大きな影響を与えます。
また、ジョージ・ハーバート・ミードの「役割理論」によれば、私たちは他者との関係の中でさまざまな役割を演じ、それによって自己認識を深めていきます。つまり、私たちの「自己」は単一のものではなく、他者との関係性や社会的な期待に応じて変わるものだとされています。このように、私たちは状況や役割によって、まったく異なる「自己」を表現します。八方美人という言葉がありますが、人間は皆、少なからず八方美人と言えます。つまり、目の前の様々な人に対して、「自己」を使い分けているのです。
インタビューにおける呼び名の重要性
インタビューを行う際、インタビュアーが相手に対してどのように呼びかけるか、どの側面を引き出したいのかを意識することは非常に重要です。
例えば、あるインタビューで相手に「あなたはお母さんとしてどんなことを感じていますか?」と尋ねる場合、その答えは「母親」もしくは「親」としての役割に基づくものになります。一方で、単に「あなたはどう感じていますか?」と尋ねた場合、その人の別の側面が引き出されるかもしれません。名前や役割を意識的に使い分けることで、その人の異なる面を引き出すことができるのです。
このような呼びかけ方を意識することが、インタビューの深さに繋がります。なぜなら、私たちがどのような立場でいるかによって、感じ方や考え方が異なるためです。特にインタビューにおいては、相手に対してどの側面を引き出したいのかを明確にし、それを促すための言葉を選ぶことが重要です。
具体的な事例と実践
たとえば、あなたが母親としての役割を持つ女性にインタビューをしているとしましょう。その場合、「お母さんとして、子どもに対してどのような思いがありますか?」といった質問が効果的です。しかし、もしその女性に対して「〜さんはどんなことを大切にしていますか?」という質問をした場合、家庭内での役割にとどまらず、彼女自身の価値観や人生観に関する答えが得られるかもしれません。もっと言えば、「昔こどもだったものとしてどう思いますか?」という風に質問をすれば、子どもの視点からの語りになるでしょう。このように、呼び名や質問の仕方を変えることで、同じ人から異なる「自己」を引き出すことができます。
インタビューにおける深さと真実性
私でいうところのインタビューを実施する目的は、相手の「真実」に迫ることです。相手が語る内容が、その人の本質を反映しているかどうかは、質問の仕方やアプローチに大きく左右されます。単に「どう感じていますか?」と問うのではなく、「お母さんとしてはどうですか?」といった質問によって、その人の家庭での役割や経験がより具体的に表れる可能性が高くなります。
このように、インタビュアーは相手の多面的な自己を引き出すために、意識的に言葉を選び、呼びかけ方を工夫することが求められます。相手の「自己」をどのように引き出すかに工夫を凝らすことで、より深く、より真摯なインタビューが可能になるのです。
結論
インタビューにおいて、相手の「自己」をどのように引き出すかは非常に重要です。私たちの「自己」は単一ではなく、状況や役割に応じて異なる側面が現れます。インタビュアーはその多面的な自己を意識的に引き出すために、呼び名や質問の仕方に配慮しなければなりません。心理学的な視点からも、私たちがどのように自分を認識し、どの役割を持つかが、その人の思考や行動に大きな影響を与えることがわかります。インタビューを通じて、相手の真を引き出すために、どの「自己」に語りかけると良いのか、この視点を持ち続けることが重要です。
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臨床心理士・公認心理師をしながら、ビデオグラファーとしてインタビューを軸としたドキュメンタリー映像を制作をしています。WEBサイトにて、これまでの作品集を掲載しています。是非、ご覧ください。
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