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広島旅行(20) day2

僕たちは部屋に戻るとここでも音楽の話をした。…僕はソーダワイン、彼女は「檸檬堂」をソーダ水で割ったもの、を飲みながら。中村一義。100’s。の話になり、やがて…これは僕がただしたかっただけの話になってしまうけれど、彼女は付き合ってくれた。それは富田ラボとコラボした時の椎名林檎の歌詞についての話。「やさしい哲学」という歌詞の話。歌詞でどの部分が一番好きかという話題になった…。たしか彼女は「現も夢も 正しく見たければ 目を瞑ってご覧ほら 世界が見えるだろう それがすべてさ」を選んだ。たしか、僕は「僕の所為(せい)で噫草臥(ああくたび)れて いかりに震えたら 仕合わせの合図さ」を選んだ。僕はできるだけ残酷に、冷酷に世界を描写しようとしているような…この歌詞が好きだった。主語が「僕であっても私であっても、くたびれて怒りに震えることが幸せ」と言うならば…それはある意味では美しく…あるいは残酷なことだろう。あとはレキシの話をした。中村一義とレキシがコラボした曲、「真田記念日」から椎名林檎に話がつながったのだ。まさか彼女がレキシを聞いているとは思わなかった。僕は安藤裕子でレキシを知った。「ホトトギス」と言う曲で…。この日の話で印象に残っている彼女の言葉がある。レストランで言ったのか、部屋に戻ってから言ったのかは良く覚えていない。

「音楽 酒 煙」
これはすごい組み合わせだ…と、僕は何かの発見のように思ったのだった。どこかで聞いたことのある組み合わせだった。「音楽」と「酒」は元々つながっていたけれど、これに「煙」が加わるとちょっとした化学反応を起こすような気がした。それから葉巻の話になり、どうするか検討しようという話になった。嗜好品。葉巻。酒と煙のうちの「煙」。線香と煙草の中間、と言うよりか、煙草側に位置しそうな葉巻。健康の面と依存性を考慮してみれば吸ってみたい気持ちはあるけれど…と言う感じ。まぁ、検討しよう。そんな話をしているうちに、レストランで会計を済ませた後に店員が除夜の鐘を鳴らせるという「向上寺」を紹介してくれたのを思い出した。渡された案内の紙。向上寺までの地図。手書きの線で向上時までの行き方が描かれていた。
23時半を回っていた。
僕はどうせならと除夜の鐘を鳴らしに行ってみることにした。
昨日、宮島の大聖寺で鐘を鳴らしたとき、彼女と除夜の鐘が聞こえるかどうかの話をしていた。彼女は除夜の鐘を聞いた覚えがあまりないらしい。僕はなんとなくどこに行っても玄関を出れば鐘の音が聞こえる場所に住んできた。日本で”12月31日の24時近くなると、外にでれば鐘の音が聞こえること”…はどこかすごいことのような気がする。アメリカや中国に行っても吉野家屋の牛丼が食べれることに似ているような気がする…これはちと違うか。こっちが望んでいないとしてもそれが聞こえてくるのだ。日本には思った以上に寺が多くて、鐘も多いのかもしれない。鐘のことを一年のうちで思い出すのはこの時期だけだと言うのに。正月の風物詩。
彼女は「外は寒いからやめとく」
と言い、ホテルに留まことになった。僕は一人、外に出ると、どこか高揚感があり、酒を売っている店があればいいのになと思った。真夜中のしおなみ商店街。商店街はこれまでと違う一面をしていた。一段と寂しさを増しているとかそういう訳ではない。僕は手にした地図を見て、一番最初の曲がる目印の「池野屋」と言う店を探した。商店街のメインストリートにその店はあるはずだった。僕は昼のお土産屋さんを超え、コロッケ屋を超え、ローストチキンの店も超えていった。池野屋はなかった。どこかで見逃したのかもしれない。夕方に見逃した「地殻」のように。その時はまだ地殻がどのようなものかはわからなかったけれど、見つけられれば、なんてことはないのかもしれない。地図だって”確かに間違っていない”と素直に納得するのだろう。見つからないから地図のせいにしたくなる。僕はスマートホンで向上寺までを探そうと試みるもうまくいかなかった。後でわかるのは、「向上寺」は生口島でも有名な観光地の一つなので、落ち着いていれば、ネットで道順を見つけることはできたかもしれないと言うこと。とりあえず、見逃した池野屋を見つけようと、通った道を戻っていった。やはり、池野屋はなかった。そうこうしているうちに
「カ~ン」
と鐘の音がマヨナカに響き始めた。僕は地図を諦めて鐘の鳴る方へ歩いていくことにした。数分歩いて、何かの拍子に空を見た。
きれいな星達が空一面に広がっていた。
彼女と星を見ながら年を越したいと思った。


こんなときに見つかる当てもない向上寺を探して、結局1時くらいに部屋に戻り、「向上寺は見つかったけれど、もう鐘は終わっていたよ」なんてどうしようもないことを彼女に告げている自分が頭に浮かんだ。僕は除夜の鐘を鳴らすのを諦めることにした。11時45分を過ぎるかの頃だった。僕は足早に部屋に戻り、彼女と外に出て除夜の鐘を聞きながら外を歩くことを提案した。部屋に戻ったら彼女はベッドに横になり”うとうと”していた。今にして思えば、結局僕は、”寒い夜”に眠りかけの彼女を連れ出したのだった。「外は寒いから…やめとく」と言っていた彼女を。”眠りかけ”の彼女を。寒い夜に。外に出て、瀬戸内海沿いに歩くことにした。

静かな夜と海と星。
除夜の鐘は鳴っていた。
マヨナカだった。
瀬戸内海で釣りをしている人がいた。気がつけば、0時を回っていた。僕は彼女に「あけましておめでとう」とその時言ったのだろうか。短いマヨナカ散歩を終えて、ホテルに向かう道中だった、2~3人の若者が「ハッピーニューイヤー」と吠えていた。

寒い夜に。31日、旅行の2日目はこうして幕を閉じた。

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