SMITH,,,MY FRIEND
前回の九段利恵が習慣にしているものに関連して、石田夏穂の「わが友、スミス」を読んだので紹介する。これもまた孤高なアラサー会社員の独り言の多い筋トレ小説である。今から三年前のすばる文学賞佳作、芥川賞候補作であった。はじめはクセのある言葉遣いに独特な比喩に苦戦したが、それもそのはず後半からは無理なく読めるようになっていた。つまりはその面白に負けた訳だ。これは映画化できそうなストーリーだと読んでいて思った。「Shall We ダンス?」(1995)で会社員の役所広司が、ふとしたきっかけで社交ダンスをはじめて大会を目指すように、この小説でも、仕事帰りのOLがジム通いをして、ボディビルの大会を目指すお話なのだ。男性優位なボディビルという業界で、あえて女性のボディビルダーを主人公にするとうのが今の時代らしく、女流作家ならではの視座で、無知でもボディビルという未知の世界に入っていくような面白さがあった。ただボディビルに限らず、ジムで体を鍛えている人であれば誰でも分かるようなことにも共感できる。主人公、U野が通うジムでは、お気に入りのスミスが備えてある。スミスと言うのは、スミスマシンというトレーニング機械である。バーベルをレールに引っかけるだけで固定ができ、重たいものでも無理なく鍛えられることができる優れた機械だ。小説でも現実でも、このスミスマシンはいつも誰かが使いたがっていているほど人気のあるマシンである。初心者であれば、「スミス、使います?」と聞かれると、「だれ?人の名前?」と思ってしまうが、デッドリフトやハムストリングスのような特有な筋トレの名前や筋肉の名称も、やっていくうちに覚えていくものなのである。
それよりも、読んでいて気付くのは、U野が筋トレを続ける理由として、「別の生きものになりたい」からであった。確かに筋トレは、そういう非現実感もあるがその他に、筋肉は生涯にかけて財産になるからである。筋力が低下していく老後を見据えて、いかに長生きしようと考えて体を鍛えるのも悪くはない。ここで勘違いしてはならないのが、筋トレをしたからといって、ストロングにはなれないわけだ。喧嘩に強くなりたければ、テコンドーやカンフーなどの格闘技を学べばいい。実際、そうしたスポーツマンの多くが、マッチョなことも確かで体を鍛えることが前提としてある。ここで最初の話に戻って、作家の九段利恵が、筋トレを習慣にしたきっかけは三島であると述べていた。三島由紀夫は、生まれながらにして病弱で体が弱かった。その反動からか30代にして肉体改造や剣道を始めたことで、文武両道を目指した人でもあった。当時、ボディビルというのは今より限られた世界であっただろうが、三島の鍛えられた体の写真を見れば、それに通用できるくらいの肉体であったこともわかる。三島のように、筋トレはいつから始めても遅くはなく、または小説みたく「別の生きもの」に生まれ変われる手段でもあるのだ。蓋し、小説で語られるボディビルは、筋肉だけではないことである。筋肉以外の美を求められ、女性の場合、様々なことがかさばっていく。脚光を浴びる舞台上では、ポーズをとりながら、アジアン・スマイルではなく、歯を見せるほどのスマイルが必要とされる。髪の長さ、日焼けの度合い、減量のための徹底した食事制限などを守らなければならない。それに向けて日進月歩するU野は、肉体ではなく精神も鍛えられているのだと、吐きだされる文章から読み取れるのだ。
さあ、これを原作として映画化は誰がやるのだろうか。すばるの話題作が原作の実写映画は意外と多い。こういうものは、ボディビルに似合わない女優がやってみるほうがいい。といっても、ほとんどがボディビルに似合わない女優だ。体を張った役だから、本格的なトレーニングをする根気のある者であればいい。しずちゃんがボクシング映画でプロボクサーを目指したように、本人は仕事で引き受けた役のはずだったのが、本当にボディビルダーを目指しちゃってもいい。それに脇役で、武田真治とかがいればクランクインだ!
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