ボクらの熱い2日間 いざ幕張!
さて、この連載もいよいよ佳境に突入です。
今回はメンタル最弱オジサンのお話しですが、もうしばらくのお付き合いを!
hiveでの発表時間21分が、Awardでは13分になるということが知らされ、西川と共に『何を削ればいいんや・・・』と頭を抱えました。
hiveでの発表が完成形だと思ってましたし、『伝えたいこと』をコンパクトにまとめられたと思っていました。
そこで、考えたのが
①スライドのアニメーションを減らす
②一部は統合
③それでも無理なら、一部を削除
という順位付けです。
伝えたいことに優先順位をつけ、重複している内容を統合したりして再編成させました。
hiveのスライド枚数:22枚
Awardのスライド枚数:20枚(ご静聴ありがとうございました含む)
元々のhiveのスライドをまとめたりして18枚に減らしたのですが、どうしても西川の『今』の思いを述べさせたかったので19枚・・・そして「ご静聴ありがとうございました」が1枚で20枚
ワタシたちが「テキスト多め」のスライドにしたのは理由がありました。
hiveは無観客のオンライン開催だったからです。
『音を聞けない環境でも、目で追えば内容が分かる』ということを考えて、セリフの大半はテキストになっていました。
Awardも「無観客」になるかもしれないと思っていたので、この方針で進めることにしました。
さらに、『テキストで伝える』のために全ての文字をUD教科書体という、読みやすいフォントにしました。
hiveの際には、西川にはほとんど関与させずにスライドを作成しましたが、Awardでのスライドには西川の思いを強めに出させるため、かなりの多くの意見を出してもらいました。
そしてhiveのようにアドリブだけで進めるのはダメだと思い、何度か練習もしました・・・が、全然セリフが頭に入らないという大きな壁にワタシがぶつかるのでした。
そう、これまではスライドを見ながら、内容に合わせてその場で組み立てるという方法を採っていたので、セリフを覚えるという作業はほとんどしたことが無かったのです。
『やべーやべー』というのが脳の中でこだまするという状況ばかりで、本当にやばかったのです。
※「やばい」以外に表現する語彙力がなくなるくらいに・・・
なんやかんやで、おおよそのセリフを無理矢理詰め込んで迎えた10月31日。伊丹空港から羽田空港へ飛び立ちました。
『あー、どうしよ・・・いっつもこんなんちゃうのに・・・』という思いばかりが脳を埋め尽くし、普段以上の『頼りないオジサン』に陥っていました。
チェックイン後も一人で部屋をウロウロしながら、声を出して台本を読むを繰り返しましたが、今度は『噛む』という巨大な魔物が襲ってきました。
「なんやこれ・・・」と頭を抱えつつ、「もうええか、テレビ見よ・・・」と現実逃避を試みるも、全然集中できない・・・選挙速報しかやってない・・・。EvaNightに参加してみたり、SNSで『【ゆる募】噛まないおまじない』と投稿してみたり・・・。
結局寝たのは深夜の2時半頃でした。それでも人は眠れるという・・・のには驚きましたw
5時半に目が覚め、台本開いたり、身支度を始めたりしていると、スマホとテレビから緊急地震速報のあの怖いアラート音が・・・聞こえ、ゆらゆらと揺れがきました。
ここ最近、関西では地震が来ても「ドスン」という感じばかりだったので、「こわっ!!」という恐怖を感じました。
8時10分に現地集合だったので、朝ご飯もそこそこに着替えを済ませ、ロビーで西川と合流し幕張メッセへ。
精一杯に空元気を出して、西川に『負のエネルギー』が感染しないように・・・と気をつけていました。
そこからは怒濤のように時間が過ぎました・・・リハーサル、本番、そしてキンコミセッション。
本番前ギリギリまで、控え室で2回ほど西川に台本を持って合わせてもらいました。
もう『頼りないオジサン』と『必死に介添えするムスメ』のような状態だったと思います。
本番直前まで『大丈夫ですよ!流れは押さえてますからできます!できます!』と言ってくれる西川に、普段以上に心強さを感じました。
舞台に上がると、思っていた以上に人がいて、「やべーやべー」が再発・・・。どんだけチキンなんだと・・・自分でも驚くほどでした。
そして1枚目のスライドの初っぱなで噛んじゃったのです・・・頭は真っ白で西川の方を見て、ごめんなさいと思いながらニコリと笑顔を見せ、発表を再開させました。
ここからはよく覚えていないのですが、ワタシの担当のうちの4枚目くらいで徐々に持ち直していけたのかなと思います。
生まれて48年のうちで最大級にガッチガチだったと思います。
徐々に力が抜け、噛みまくりながらもなんとかやりきりました。
舞台袖の階段を降りつつ、『あああああああああああああ!!やってもうたああああああ!!』となんとも言えない思いがこみ上げてきました。
「なんで従来通りのアドリブ主体でやらんかったん?」と言われそうですが、たぶんその方法を選択してても、あの緊張は避けようがなかったと思います。
その後の投票、一言コメント、グランプリの発表の時は完全に力の抜けた状態でした。
写真撮影やら何やらをしていると、次のキンコミセッションのお呼びがかかり、登壇した他のメンバーと別れライオンステージから急いでキリンステージへ移動しました。
『過ぎ去りし時を求めて』?
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