短編小説【チロルチョコ何個分?】
【1】
「中学ん時?いやチョコなんてあげてねぇわ。ふざけんなぁ!店員さーん!ハイボールおかわりー。」
何年ぶりに会うかわからない清田育実は当時の雰囲気のまま、温度のまま、僕に言った。
髪型は陸上部の頃の短髪ではなくなっていて、長く大人っぽくなっていた。
髪型とか大人っぽくなったなぁと言う僕に、お互いもう大人なんだよと清田は言った。
飲み物は購買のコーヒー牛乳からサントリーの角ハイになっていたし、唐揚げも帰り道の肉屋のモノと違ってお皿にちゃんと盛られている。
「なに?お前、そんなことで私を呼び出したの?ふざけてるの?暇じゃないんだけど?結婚してるんですけど私。不倫にでも誘われると思って断るか一応悩んだ私の純情返せよ。いや、あげてねぇわ!」
「純情なのか、それ。いや、ごめん。違うんだよ。本当に検討がつかなくて。あるとしたら当時関わってる女子が僕には清田しかいないから。もしかして、忘れてるだけかもと思って。ごめん。」
「チョコあげてて忘れられてたら、それはそれで怒ってるけどね。久々に会おう、飲みに行こう、話がある。なんていうから何かと思ったら。良い?私はチョコレートを中学時代に誰にもあげてない。というか、旦那にもあげてないわ。会社もお徳用チロルチョコどーんって置いてるし。」
清田は中学の頃からなにも変わっていない。中学卒業後は別の高校に行き、会う機会は殆んどなかった。成人式や要所要所では会っていたがお互いに一番イメージが濃い時期は中学生の頃だと思われる。
「そうだよなぁ。でも清田じゃないなら誰から貰ったんだろう。クラスメイトの誰からも貰った覚えがないんだよ。」
角ハイでーすと元気よく店員さんがジョッキを置いていく。
僕は結婚をすることになり、春には新居に移る事になった。そのための部屋片付けをしていた。人生で一度もモテた事がなく、女の人と話したことが殆んどない自分が結婚出来ることになったというのは奇跡に近い。
結婚相手の愛美さんも手伝いに来てくれて、部屋の片付けは順調だった。その時に出てきた卒業アルバムを観ていて、中学時代に僕が陸上部だったことを知り愛美さんは喜んでいた。自分の知らない僕を知れて嬉しかったらしい。その後、中学時代に使っていた鞄も出てきた。鞄には当時の教科書やノートも入っていた。その鞄のサイドから二十年前に賞味期限が切れたチョコレートと【好きです】と書かれたメッセージカードが出てきた。
「愛美、いくつ?」
「五個下だから、今年で三十かな。」
「なんで中学時代にチョコレート貰ったかどうかでそんなに怒ってるの?」
「あー、うん。僕が女の人にチョコレート貰った事がずっとなくてさ。」
「うん、モテないもんね。」
「うるさいなぁ。」
「ほんでほんで。」
「愛美さんに貰ったのが初めてだったんだよ。」
「なのに、なによこれ!本当は貰った事あるじゃん!嘘つき!ってことか。可愛いー愛美可愛いー。三十路のくせにそんなことで怒って可愛いねぇ。」
「愛美って呼び捨てにすんな。なんか、結婚しないとか言い出しててさ。」
「拗ねてるだけでしょ。すぐ機嫌治るわよ。」
女の子だなぁ、良いなぁ女の子してるなぁと言いながら清田が唐揚げを一口で頬張った。
「卒業アルバムのさ、陸上部の皆で写真とってるところみている時に清田の話してたから、この清田さんから貰ったんだよね!みたいになっちゃって。俺も確かに清田くらいしか中学の時に女友達がいなかったから、もしかしてと思って。」
「安心して。私は貴方に糖分を与えたことも与えることもない。私より進駐軍の方が貴方にチョコレートをくれるわ。ギブミーしてきなさい。私も店員さんにギブミーする。あ、店員さーん!角ハイボール濃い目でー!」
ジョッキを高く掲げている清田は進駐軍より勇ましい。
「そうかぁ。じゃあ誰に貰ったんだろう。」
「いいよ。一緒に整理していこう。」
【2】
「可能性潰していこうよ。その前にもう少し教えて。そのチョコは手作り?既製品?」
「GODIVAってやつ。」
「高。たっかぁ。チロルチョコ何個分だよ。なんでそんなの貰って忘れてるのお前。箱のやつか、十個くらい宝石みたいに入ってるやつだ。」
「そう、そんなやつ。」
「手作りじゃないなら、なおのこと愛美怒らなくていいけどなぁ。」
「愛美さんな。なんで清田が呼び捨てなんだよ。」
「チョコくれそうな女子、私以外には?」
「いない。」
「義理でも?」
「ない。逆にさ。僕に当時、くれそうな女子いなかったかな。」
「一人もいない。見当もつかない。」
清田は大きく口を開けて笑った。
「辛すぎる。即答するなよ。でもそうだよな。陸上部なのに足が遅い俺にチョコくれる女子なんていないよ。勉強も出来なかったし。」
「まぁ、ほら。優しかったじゃん。最後まで残って片付けしてくれてたの覚えてるよ。」
大笑いした時に溢したハイボールをおしぼりで吹きながら、清田がフォローになってないフォローをしてくれた。
「最後まで残って片付けさせられてるやつは、モテないよ。」
「んー。そうかぁ。あ、まさかまさかのお母さんがくれたやつ?」
「母さんはくれたけど、明治の板チョコ。」
「お母さん懐かしいなぁ。よくポカリ貰ったなぁ。」
「元気にしてるよ。」
「例えば、中学時代に貰ったんじゃなくて、他の時代に貰って、何かしらの理由で中学の時の鞄に入れてしまったとかは?」
「愛美さんにチョコ貰うまで一度も本当に貰ってないから、それもないんだよ。それに賞味期限が中学三年生だった2001年で切れてるから。」
「んー。あ、メッセージカードはどんなだっけ?」
「なんかルーブリーフにシャーペンで【好きです】って。」
「そんだけ?」
「そんだけ。」
「おかしいでしょ。」
「おかしい?」
「女子が名前を書かないまでも告白する時にルーズリーフでシャーペンではないよ。便箋とか選びたいし、中学生の女子なら色使いまくるでしょ。水性ペンとかさ。」
「たしかに。見覚えのある字ではあったかも。」
「じゃあ、あれじゃない。自分で買ったんじゃない?手紙も自分で書いてさ。」
「え?」
何か。少し。海馬に電気が走った。
「なんかこう、わかんないけどさ、チョコ貰ってないのイジられるの嫌で自分で買って。自作自演的な?」
その時、ハッキリと思い出した。
「あ。それだ。」
自分が。中学生の自分が。緊張しながら。デパートのGODIVAの店舗にお年玉を持って行くのが俯瞰で見えた。
【3】
「やば。きも。うざ。きつ。やば。やばぁ。」
「いじめられたくなくて、知っていた高級チョコ、自分で買ったんだ。」
「冗談で言ったのになあ。やばぁ。」
清田が笑っている。 僕は笑えない。こんなの笑えない。
我ながら愕然とした。あまりの事にショックで頭が真っ白になった。
「やば。うわ。何が『確かに、見覚えのある字だった。』だよ。ん。忘れてたと言うか…忘れたかったのかもね。きっついなぁ。でも、なんで鞄に入れっぱなしなの。食べればいいのに。」
「鞄の普段使わない所に入れてて、二月十四日過ぎて難を逃れて安心して忘れたんだと思う。」
「まぁ、チョコ腐ったりはしないから。気がつかなかったのかな。」
「確か、誰にもチョコ貰ったとかどうとかイジられもしなかったんだ。拍子抜けしたんだよ、用意したのにGODIVAは学校で出すこともなかったんだ。」
「まぁ。うん。そっか。まぁほら、思い出せてよかったんじゃない?」
清田はいつの間に頼んだのかわからない新しいハイボールと刺身盛り合わせを店員さんから受けとる。
「わかってよかったよ。うん。愛美さんに伝える。よかった。」
「あー!ダメダメ!」
「え?なんで??」
「愛美がそうなんだぁー自分で買ったんだってなれば良いよ。そうならなかってみなよ?変な嘘ついて言い訳したみたいになるよ。というか、そうなると思う。」
「確かに。あと。愛美って呼び捨てにするなって。」
少し、二人とも黙ってしまった。沈黙が居酒屋の騒がしさを思い出させてくれた。清田は角ハイをグッと飲み干した。
「ん、わかった。あんたたちの予定通り私がチョコあげたことにしよう。電話してよ愛美に。話す。」
予定通り?と聞き返そうと思った僕より先に清田は続けた。
「いいから電話。はよ。良い?愛美にとっては真実が大事じゃないんだよ。お前が愛美を裏切っていないのが大事なの。恨める対象がいた方が話が早いの。」
清田の顔が少しこわかった。LINEを開いて愛美さんに電話した。コールして八回くらいで愛美さんが出てくれた。清田が僕からスマホを奪った。
「あ、どうも清田です。清田育美。愛美さん?初めましてぇ。なんかごめんね。あなたの彼氏さんから連絡貰って。愛美さんに謝りたくて私が無理矢理電話させてもらってます。」
清田がさっきまでとは違う、低い落ち着いたトーンで話している。愛美さんの声もうっすらスマホのスピーカーから聞こえる。
「当時あげたチョコのせいで嫌な気持ちにさせて御免なさい。中学生の時だね、GODIVAをデパートに買いにいってさ。あー、渡せない渡せないって思って鞄に…入れたのかな。持って帰った様にも思うんだけど。入れたんだねぇ私。はは。しっかっも!二十年間気付いても貰えてなかったんだなって知ってさ!がっかりだよーもう。でも本当に当時も今もなーんもないからね!私もね、もう、結婚してるし。」
清田が俺に大丈夫大丈夫という感じの合図のようなものを手でジャスチャーした。
「あぁ。うん。当時?こいつのこと?好きだったよ。義理チョコじゃなかったと思う。でも、私の片想いよ。愛美さんが羨ましい。だって愛美さんは両想いになれたんでしょ。モテないけど、いいやつだから大事にしなよ。」
「変に嫉妬しないでやってね、愛美さん。嫉妬した女の気持ちわかるやつじゃないから自爆しちゃうよきっと。はは。でしょー?うん。浮気出来るやつじゃないし、万が一したら追いかけてボコボコにしなよ。コイツ陸上部なのに足遅いから逃げられないから大丈夫大丈夫。」
二人が談笑しているように見えて驚いた。
そのあと。少し。清田は黙った。愛美さんも何も話していないと思う。数秒だろうけど、長く感じた。
ハイボールを一口、清田は飲んだ。
「とりあえず私もコイツにもう会わないから。安心してね。ごめんね。うん。じゃあ。御幸せに。」
スマホを僕に渡すと何も言わずに清田はトイレに行った。
【4】
清田には「トータル、お前が全部悪い。二十年間全部悪い。気持ち悪い。幸せになれそうなのがまた気持ち悪い。」と叱られた。そんなのだからモテないし、自分でチョコを鞄に入れるはめになるし、忘れてしまうんだと。
愛美を幸せにしろよーチロルチョコ800個分もご馳走さまー悪いねーと清田は言って帰っていった。
愛美にすぐ電話をしろよーと言われたのを思い出して、愛美さんに折り返し電話をした。怒って御免なさいと愛美さんに謝られた。僕も不安にさせて御免なさいと言った。
「でも。なんだか、余計嫉妬した。」と愛美さんが言った。
ワケがわからない僕に「清田さんに今度会わせてね。」と愛美さんがいうので電話を切ってから「愛美さんが清田に会いたいらしいよ。」と清田にメッセージを送った。
翌日、「旦那連れていくわ。チロルチョコ3000個くらいの寿司で祝おう。」と清田からメッセージが返って来た。