小説【芋侍】
【1】
勤務が終わり、駅前で亜季と落ち合った。少し仕事に手こずって遅くなってしまった俺を待ってくれていた亜季の手が少し冷たかった。
「しゅっ!えへへ。」
亜季が俺のパーカーのポケットに手を突っ込んできた。警察官である自分が人間に戻れた気がした。
「冬がもうすぐ来るね。秋がどんどんなくなっちゃってるねぇ。よーし。オウタ君家に帰ろー。」
11月。まだコートを羽織る程ではないけれど、大分と肌寒くなってきた。
この町に配属されて半年が経ち、やっと慣れてきた。
ここ最近、空き巣が多発している。秋から年末にかけて、どの町でも空き巣が増える。
警察官になって数年、不謹慎だが空き巣が増えると秋になったなと感じる様になってしまった。ある種の職業病だ。
しかし。
この町の空き巣は少し変わっている。どの被害届や住民からの相談も似た特徴を持っている。
【何者かが家に侵入した形跡はあるが金品等は無事である。秋の味覚が失くなっている】というものだ。失くなるのは秋の旬な食材だと言うのだ。
「ねぇ?聞いてる?オウタ君?」
「え。あ。ごめん。」
「やっぱり!聞いてなかった!やだ!」
「ごめん。なんだっけ。」
「秋の味覚と言えば何思い浮かべますかって質問!夕飯!私は松茸!貴方が答えてくれたのと松茸で何か作ろうって思っていたけれど無視したから勝手に決めちゃうもん。んー。牡蠣。牡蠣に決定!」
「あぁ。牡蠣良いね。食べたい。」
「じゃあ牡蠣フライだね。スーパーいこっ。」
駅前のスーパーマーケットに寄って、牡蠣と松茸ご飯の素を買った。「松茸ご飯の素で良いの?」と聞くと「えぇ?そんなもんでしょ?あ、でも何種類かあったじゃん。良い方のにしたからお楽しみに。フフフ。」と自慢気に返す彼女の適当さが良い。
スーパーマーケットを出て歩き出すと、俺に荷物を持たせて彼女の手は定位置に戻る。
「しゅっ!えへへ。あぁ。お腹空いたなぁ。早く帰ろう。なんかデザートも買えば良かった。秋のスイーツならモンブランかなぁ。」
「栗か。良いよな。」
「栗好き。コンビニのモンブランで満足できる舌に生まれて良かった。コンビニ、寄っていい?」
「おう。俺も食べたい。駅で待たせたからモンブランは奢らせてもらうよ。」
「やったぁ。甘えちゃう。でもなんかさ。警察官の彼女って、もっと会えないとか待たされるもんだと思ってたから大丈夫。全然いいよ、怒ってないよ。」
「ありがとう。」
と。
たわいのない話をしている帰り道。
どこからか秋風に運ばれて秋刀魚の焼ける匂いがした。思わず匂いの方に目をやった。
パタパタ。パタパタ。
そこには袴を履き、鞘が赤く漆で塗られた刀を腰に差した侍のような巨大なサツマイモが…七輪で秋刀魚を焼いていた。
【2】
家につくと亜季が夕飯の準備をすぐ始めてくれた。俺の部屋なのに亜季の調理器具が増えていく。フライヤーまでいつの間にか置いていっていたのか。
「牡蠣フライ。すぐ出来るの?」
「30分くらいかなぁ。松茸ご飯と同じくらいには出来ると思うよぉ。」
「そんなにすぐ出来るのか。あのさ。ごめん。電話してきていいかな。」
「どうぞー。」戸棚からパン粉を取り出しながら彼女が答える。
ベランダに出る。ラッキーストライクに火を着ける。落ち着け。落ち着け。なんだったのだ。あの巨大な芋は。
同じ日勤だった先輩に電話をかけた。
「お疲れー。どうした?」
「あ、お疲れ様です。あの、えっと変な事をその。言ってると思われたくはないのですが。」
「なんだよ。」
「勤務終わりに駅前のスーパーから自宅に戻ってる時に巨大なその。芋。サツマイモが袴を着ていて。刀も持っていて。で、その。秋刀魚を焼いてました。」
自分で自分の放つ言葉に現実味がない。
「嗚呼。そう。」
「え。」
先輩の反応の薄さに驚いた。
「え?お前、何?そんだけ?」
「いや。サツマイモが。その。袴を着ていてですね。」
「わかったよ。聞いたよ。そうか初めてか。毎年出るんだよ、芋侍。」
「当たり前みたいにそんな。」
「この町では秋になると芋侍が出るの。芋侍出たら思うねぇ。秋だなぁって。」
「秋刀魚焼いてましたよ。アイツが食べるんですか。」
「芋が秋刀魚喰うか馬鹿。地域の人が芋侍に焼いてもらってんだよ。アイツの焼いた秋刀魚旨いんだって。」
「か、刀!銃刀法…」
「人間じゃない芋に法律なんて適用されねぇよ!」
「めちゃくちゃでかかったですよ!190cmはありましたよ!」
「うるせぇなぁ!何cmまでの芋ならお前は騒がないんだよ!」
「そんな。明らかにおかしいですよ。」
「馬鹿。じゃあ何もしていない芋を捕まえでもするのか?良いか?人の事は人がやる。人以外の事は人以外がなんとかするんだよ。悪いけど嫁が体調崩してて晩飯作ってるんだ。またな。」と先輩は電話を切ってしまった。
あちっ。ラッキーストライクの灰が風で落ちて足に当たる。ふとマンションの外の道を見る。芋侍がいる。いつからいたのだ。話を聞かれていただろうか。こちらに向かって何か言っている。
「トジマリ。アト、ヒノヨウジン。ヤキイモニナッチャウヨ。」
【3】
「牡蠣フライ上手に出来た!でもマヨネーズが切れてたよー!コンビニ買いに行こー。」と亜季が言う。
どうやら芋侍が近くにいると伝えたが「え?だからなに?」という反応が返ってきて、またもや混乱した。
コンビニまでには現れなかった。マヨネーズを買った帰り道。たった数分の道が遠く感じる。
「なぁ。亜季。なんで亜季は芋侍に慣れているんだ。亜季の住んでいる町にもいるのか。」
「いるわけないじゃん。そんなの。ほら先におうちでご飯作ってオウタ君を待っている時にもスーパー行くでしょ。そしたらいつもあそこで何か焼いてるもん最近。見慣れちゃった。公園にもいるよ。子供とも仲良さそうにドングリとか松ぼっくり拾ったりもしてたよ。」
「大丈夫なのかな。」
「大丈夫なんだよ。」
マンションについた。部屋に入り、亜季がお腹すいたすいたとリビングまでダッシュする。
「あれ?オウタ君。」
「ん?」
「牡蠣フライ無い。」
「え?」
「ちょっと!オウタ君!」
「え??」
「ベランダ!」
何か。黒づくめの銀杏が手拭いを頭、頭なのかどうかわからないが頭に巻いて。唐草模様の大風呂敷を抱えた黒づくめの銀杏がベランダに…居た。
「チッ」
芋侍の後だから小さく、小柄に見えるが銀杏にしてはとてつもなく大きな。中学一年生の男子くらいはある、バケモノ銀杏が。舌打ちした。銀杏って舌打ち出来るんだと思った。
警察官としての自分ならば何かしらの行動に既に出ていただろうが制服を着ていないパーカー姿の自分じゃあ何もできないよな、そんなもんだよと変な冷静さを持った自分が俯瞰で観ている。
ガチャ。ドンッ!
玄関から一歩も動けない俺を誰かが押し退けた。「アラワレタナ。ギンナンボーイ(銀杏小僧)」と芋侍が叫んでいた。
ベランダの柵をまたいで足早に逃げようとする銀杏小僧にイガ栗、松ぼっくり、ドングリを投げつける芋侍。
「ゴメン!」
怯んだ所を腰につけた鞘が赤く漆で塗られた刀で一刀両断。
「ギッ!」
銀杏小僧の殻が割れて。実が溢れた。
一太刀。思わず「格好いい。」と俺と亜季は。ハモった。
【4】
戸締りをちゃんとしていなかった事を芋侍に叱られた。申し訳無いと謝る俺にキミガワルイワケデモナイともフォローしてくれた。芋侍をコワイ存在だと思っていた事も謝罪した。「ソンナコトヲネニモタナイ。ネハアルケド。」と言ってくれた。
「銀杏小僧さんは秋の味覚ばかりを何故盗んでいるの?お金はいらないの?」と亜季が芋侍の根っこでグルグル巻きにされた銀杏小僧が聞くと「金ヨリ飯ノガ旨イダロウ?」と悪ぶるでもなく答えた。
「シオフッテヤクゾ?」と芋侍が脅す。「ヤクトイウヨリ、イル、ダゾ?」と亜季が芋侍の話し方を真似をする。芋侍は肩で笑った。
「牡蠣フライ。タッパーニ詰メテナキャ捕マラナカッタ。」と銀杏小僧がつぶやいた。人間の空き巣もそんな良くわからない言い訳をする。人間も銀杏も同じだなと思った。
「ねぇ。芋侍さん。芋侍って気になっちゃって調べたらさ。薩摩出身の侍を田舎ものだって馬鹿にした言い方だって出てきたんだけどさ。そうなの?」
「…ソレトハチガウ。ミタメガイモ。」とだけ芋侍は答えた。
「そっかぁ。あ、牡蠣フライと松茸ご飯食べていきます?お礼に!」亜季が微笑む。
「イモガカキ、クエルワケナイ。」と芋侍はまた肩で笑った。折角だからと銀杏小僧に牡蠣フライを詰められたタッパーに松茸ご飯も入れて弁当にしたものを芋侍に亜季が渡した。芋侍も「デハ。ハイ。アリガトウ。」と受け取ってくれた。
「オマエヌスンデクエテルノ?」と銀杏小僧に聞くとまた舌打ちをした。
「ヒトノコトハヒトガヤル。ヒトイガイノコトハヒトイガイガナントカスル。 ソレデハ。トジマリ。」
といって芋侍は銀杏小僧を連れて出ていった。部屋を広く感じた。
「ねぇ。オウタ君。」
「ん?」
「牡蠣フライなくなっちゃった。駅前の炉端焼き屋さん。まだやってるかな。」
「あー。やってるんじゃない。行こうか。」
「うん。お腹減ったぁ。」
戸締りをして家を出た。向かう道中。どこからか秋風に運ばれて秋刀魚の焼ける匂いがした。
「秋刀魚も食べたいな。炉端焼きのところ、あるかな。」
「あるよ、きっと!薩摩芋と銀杏も食べたい!食欲の秋だねぇ。しゅっ!えへへ。」
亜季が俺のパーカーのポケットに手を突っ込んできた。人間に。日常に。戻れた気がした。