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短編小説【十九歳の朝、不安定だった。】



【1】








十九歳の朝、不安定だった。



夏の終わりのような、秋の始まりのような朝はボクをイライラとさせた。

あと、九ヶ月もすると大人になる。

朝が来ると言うことは、その処刑台を一段登ると言うことだ。

誰にも何にも成りたくないし、成れそうもないのに大人には成らなきゃならない。それでいて、目に見えてハッキリ出遅れているから、ずっとココにいたい。



リビングに行くと、母さんが適当に食卓にスティックパンを並べてくれている。これを食べた記憶が久しくない。ボクが起きる頃、母さんはいつも既に出掛けている。

学ランに着替えて、自転車でフラフラと駅前のバス停まで向かう。

通う定時制高校は山奥にあるから、バスで山道を30分くらい行く所にある。

イヤフォンで耳を塞ぐ。イヤフォン無しでは外出も出来ない。

イヤフォンが無かったら、街が音のふりをして、ボクの身体に入ってくる。

音楽に頼って、なんとか右足、左足、右足、左足とペダルを漕ぐ。音楽がギリギリ、平衡感覚を保ってくれる。

いつも蹴飛ばす自販機横のゴミ箱が、既に誰かに蹴っ飛ばされていて腹が立った。

駅の手前の交差点。

中学の頃、好きだった元クラスメイトの仲谷さんとすれ違った。スーツを着ていた。ボクをチラッとみて視線を切った様に感じた。

ボク以外の世界は進んでいる、ボクだけがずっとココにいる。そんな気がした。

「みんなが僕を馬鹿にすんだ ナメんな」とイヤフォンが代わりに叫んでくれた。

駅に着くと同時ぐらいだろうか。

大きな影が街中、その周辺を覆った。

空を見上げると、今日もUFOが無数に飛んでいる。

太陽が隠れて、丁度良い。ボクは自転車をコンビニに停めてバス停に向かった。




【2】 






その時、ボクは何をしているのだろうか。


バスが来て、乗り込む。一人掛けの椅子がとれたから、誰も隣に来なくて済む。

電車に乗るために駅へと向かう人と逆方向にバスは進む。

駅前の交差点をグゥーっと右折するときに仲谷さんのいた辺りをみてしまったが、流石にもういなかった。

自転車で来た道をバスは酷く揺れながら進む。窓の外の風景は現実味がなくなって淡くモノクロに見える。

高校受験で、最初の高校を選んだ理由は好きな仲谷さんの志望校だからだ。

あの頃、死ぬほど勉強をした。

先生にその学校を志望するにはとても学力が足りないから諦めろと言われても、諦めずに合格した事は生きてきて誇りに思える唯一のことだ。

受かった時はとても嬉しかった。

残念だったのは仲谷さんがその高校を不合格になったこと。

同じ高校になれば、もしかしたらお話を出来るかもと思ったのに。

その高校を辞めた理由は好きな仲谷さんがいないこと。そして、なんで仲谷さんがこの高校に行きたいと思ったのか通ってみても理解出来なかった事。

二年の二学期が始まる時に辞めた。



最初の高校を辞めてから一年半ほどフラフラした結果、なんとなく学生というものに戻った。理由も意思もない。

あるとすれば、好きな女の子のために学校を決めた事も、好きな女の子がいないと学校を辞めた事もダサいなと恥ずかしくなった。

その一連の感情を終わらせるために、しこりを残さないために高校をちゃんと卒業したい。そんなところだと思う。

定時制高校には色んなやつがいる。おじいさんやおばさんもいるし、時代錯誤な不良もいる。お腹の大きな女の人もいる。プロサッカー選手のユースとして活躍しながら通ってる人もいるらしい。

同じ理由でここにいる人なんていないから、会話もそうそう生まれない。

だから、年齢が高校生らしくなくても、誰も何とも思わない。誰もどうして?なんて聞かない。

私服で通っても良いし、何かしらの制服で通っても良い事になっている。女子はコスプレ的に制服をどこからか入手して着てくる人もいる。毎日、違う制服でも良い。

ある時、ドカタの作業着を着ている人に「お前は何で学ランなんだ?」と聞かれたから「学生だから。」と答えた。おもしれぇなと二十歳以上の生徒が使う喫煙室に連れていかれて、煙草を吸わされた。

学校まで向かうバスの中でネットニュースをみた。

九州を宇宙人に差し出す事を政府が決定、発表したらしい。三年後、九州を宇宙人が宇宙に持って行ってしまう。

その時、ボクは何をしているのだろうか。



【3】






そんなことより、



定時制高校は必要な科目を選択して、単位をとり、卒業するためだけの場所で、青春も友情も特になくて、ここじゃない各々の居場所の事情を押し付けるための場所だ。

先生もクラスにいる人達もボクの事を誰もみていないし、きっといつか街中ですれ違っても覚えていないだろう。

今日、隣の席になった奴は明るくて賢そうだった。昼休み、学食にも誘ってくれた。初めて食べる学食のチキン南蛮定食はタルタルソースに玉ねぎがたくさん入ってて、シャキシャキして甘酸っぱかった。

学校は山奥だから、まだギリギリ、出遅れた蝉が言い訳がましく鳴いている。

隣の席になった奴が「学力世界一位のフィンランドは九九の暗記をせずに、電卓を使うんだよ。」と教えてくれた。

なんで、こんな良い奴がココに居るんだろうか。コイツも何かしら抱えているんだなと思ったら、安心した。

帰り道。夕暮れ時。

バスから降りた時、金木犀の香りがした。

イヤフォンからラジオ。

何をもって九州なのか、何処までを九州として宇宙人は三年後に持ち去ろうとしているのかとテンション高く話しているアナウンサーの声が耳障りだった。

土地は。食べ物は。人は。九州で生まれて他府県にいる人は。言葉は。文化は。と。

うまかっちゃん買占め騒動が起きていたり、九州から住民票を他府県に移そうとして役所に人が詰めかけているらしい。


母さんから「うまかっちゃんを買ってきて!!」とLINEが来ていた。

自転車にまたがりながら、もう無かったよと返した。

そんなことより、駅前の交差点でキョロキョロと見渡したが、仲谷さんは居なかった。

ラジオからYouTubeに切り替えて、ロボピッチャーの夕暮れ時を待ちながらを再生させて、信号が青になるのをボッーと待つ。

空を見上げると、UFOは朝より減っていた。