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席を空けて、お待ちしております
「ウチは『仮予約』とか『押えで』っていうの、一切受け付けないから」
ちょうど今ぐらい、忘年会予約の始まる頃。
5年程前、飲食店がお客様の仕事をしていた私は「予約キャンセル対策」のヒアリングをしていた。
冒頭の、いわゆる”仮予約”に対しては、「期限を設けて予約かキャンセルかを決めてもらう」というのが、担当店舗の中では一番多い対応だった。
そこそこの数の店舗を担当させてもらっていたが、一切受け付けないと言い切ったのは、このお店、というかこの店長ただ1人。
その人が、静かな怒りを滲ませてこう言った。
「ま、『お店はいくつか予約しておくのが”いい男”』って話もあるみたいだし」
どういうこと?知りたい、聞きたい、けれどさっぱり意味が分からない。
怪訝な顔をした私に、順を追って説明してくれた。
「例えばひとつの合コンで、イタリアン・フレンチ・中華って感じでバリエーションつけて3店予約して」
「当日、待ち合わせ場所で女の子に『どこがいい?』って聞いて」
「決まったお店残して、あと2つキャンセル。そういうのが”余裕のある、いい男”なんだって」
当然のことながら、当日、しかも直前のキャンセルになる。
あまりの酷い話に、一瞬息が出来なくなる位の衝撃を受けた。
呆然とする私とは対照的に、開店前のこの時間、慌ただしく”今日の予約”の準備をしている店長。
もちろん話をしてくれている最中も、動いている手が止まる瞬間はない。
衝撃からやや戻ってきて、最後にもう一つ質問をした。
「予約の時間から遅れる、という場合には、どう対応されます?」
仮予約完全不可、のお店、”ある程度の時間が来たらキャンセル”という答えを想定していた。
人気のお店の予約遅刻、お客さんの方も遠慮するだろうし。
けれど、
「”席を空けて、お待ちしておりますから”。連絡が取れればそうお伝えして、本当にギリギリまでキャンセルにはしないよ」、と。
”席を空けて、お待ちしております”
あんなに酷い話の直後のその言葉の温かさに、胸を衝かれる思いがした。
と同時に、これがお店を予約するという事の本質なんだ、と気付かされた。
それは、いくら予約が簡単に出来るようになろうとも変わらない。
私はもうその時の仕事は辞めているし、飲食店関係者でもなく、どうこう言える立場ではない。
でも予約の瞬間からお店の方は、”席を空けて、お待ちしております”の心持で、体制でいる。
そこを裏切らないでほしい、と心から思う。
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