こころの音 -Inner Melody-
3歳ぐらいの頃だっただろうか、私はとても歌うのが好きだった。
当時大好きだったのは、「クリーミーマミ」というテレビアニメ。
私は、ほとんどおもちゃを買ってもらった事が無かったけれど、クリーミーマミが変身する時に使う「魔法のステッキ」はどうしても欲しくて買ってもらった。
ラムネ菓子が入っていたマイク型のプラスチックケースを手に持ち、テーブルの上を舞台にして、私はクリーミーマミに変身して歌っていた。
小さな子供が楽しそうに歌って遊んでいるだけなのだから、とても平和で微笑ましい時間だったはずなんだけど、私の日常にそんなことは起きない。
ある日、横でテレビを見ていた母親から言われた言葉は、「下手くそ!」だった。
まだ純粋で小さな女の子だった私は、深く傷ついた。
すぐに隣の部屋に走って行って、タンスとタンスの隙間に逃げ込んで大号泣したのを今でも覚えている。
小さな子供が横向きで入って行ってぴったりくらいの僅かな隙間。
すぐに走って行ってそこで泣いていたんだから、きっと私はいつもそこに逃げ込んで泣いていたのだろう。
それから私は人前で歌わなくなった。
歌を歌うのが怖くなった。
それは、「自分を表現する」というとても大切なものを奪われた瞬間でもあったのだと、今なら理解できる。
決して良い環境とは言えない家で育ち、色々な事が起こりすぎる人生を過ごしてきた私。
今回は割愛するけれど、そんな出来事のこともnoteで書いてみたいと思う。
中学に入った私は、「Mr.Children」という音楽と出会った。
テレビから流れてくる「Tomorrow never knows」。
桜井さんが何だかすごい場所で歌っているミュージックビデオからは、テレビ画面の前にいる私も、同じ場所にいるんじゃないかと思ってしまうくらい風を感じた。
そこから私は桜井さんの大ファンになった。
新曲が出るとすぐにレンタルショップに行って、カセットテープにダビングした。
その時乗っていた自転車には、「Mr.Children」と大きく書かれたステッカーを貼り、ミスチル号と呼んでいた。
当時どこかで見つけて買ったステッカーだけど、きっとあれは公式のものではなかったんだと思う。
そんなものが当たり前に溢れている時代だったんだなと、自分が大人になったことを実感する。
ステッカーの文字の周りは蓄光になっていて、夜になるとぼんやり光って浮かび上がる。
そんなところも格好良くて気に入っていた。
お小遣いを貯めてファンクラブに入った。
ライブに行ってみたかったから。
本物の桜井さんに会ってみたかったから。
中学3年生の時にその夢が叶った。
卒業式の数日後、東京ドームで行われたライブに初参戦したのだけれど、その予定が楽しみすぎて、人生で1度しかないビックイベントだったはずの中学卒業という日をほとんど覚えていない。
当時も早く卒業式なんて終わればいいのに!って思って過ごしていた。
私の席は、東京ドームのステージ正面ではあったけれど、一番後ろの壁の前という遠さ。
私から見える桜井さんは小さな豆粒くらいのサイズだったから、実際は違う人がそこに立っていたとしても分からなかっただろう。
大きな画面に映し出されている桜井さんを見ながら、きっとあれは本物なんだろうな、いつかもっと近くの席で見たいと思った。
高校に入って、友達と渋谷に遊びに行ったある日、道端でドラムのJENさんと遭遇した。
渋谷のど真ん中で、ミスチルのメンバーが普通に立っている!都会って凄い!
街灯か何かに寄りかかって誰かを待っているようなJENさんは、一目見ただけで気付くほど他の人とオーラが違った。
声をかけてみたいけどプライベートの邪魔をしてはいけない!と、心の中で葛藤しながら、ただそこに立ち尽くしてしまった。
そのうちに周りの人たちも気付き始めて、人が集まってきた。
そんな様子を察したのか、JENさんは歩き出した。
JENさんの後ろから、気付いたファンたちが大名行列みたいに付いて行った。
もしかしたら、桜井さんと待ち合わせをしている?これから会う?なんて思ったりもして、私も付いて行きたい気持ちでいっぱいになっていったけど、なんとか堪えて「行かない」を選んだ。
桜井さんと一緒に過ごしているJENさんと、あんなに近くで会えただけで十分。
JENさんの周りの空気は、きっと桜井さんの空気。
私もその同じ空気を吸ったのだと、凄いことが起きたのだと思った。
今考えると、かなりヤバい奴でしかない私の思考。
でもそれくらい大ファンだった。
ミスチルが活動休止をすると発表した時は、この世の終わりのような絶望感だった。
私はこれからどう生きていけばいいんだ!と、本気で思った。
そんな絶望の日々にすがっていたのは、ミスチルのプロデューサーである小林武さんがいるMy Little Lover。
渋谷で会ったJENさんの時と同じように、小林さんの空気から桜井さんを感じ取れると思っていたのかもしれない。
桜井さんは、「マイラバに浮気しないでね」なんて言っていた気がするけど、しっかり浮気した。
ある日見ていた音楽番組で、マイラバが新曲を出したと歌っていた。
歌っているakkoさんと演奏する小林さん。
え?後ろのドラムJENさん??
バックミュージシャンとして、ミスチルメンバーが演奏していたのだ。
これ、見ている人みんな気付いている?
どんなサプライズだよ!って、大興奮。
ミスチルが音楽をやめないよ、ここにいるよ、って伝えてくれていると思った。だから、私は待っていられると思った。絶望の日々は終わった。
高校を卒業して、念願のアコースティックギターを買った。
お金は無いから、とりあえず弾ければいい。
楽器屋さんに並んでいるギターはどれも手が出る値段では無かった。
楽器屋の店員さんが話しかけてくれて、どんなのが良いの?と聞いてくれた。
ミスチルが好きで、桜井さんみたいにギターが弾きたいんだと伝えると、桜井さんと同じモデルがあるよと教えてくれた。
天井近くに飾られたギターは、私が買えるような値段のギターでは無かったし、店員さんもわかっていたと思う。
だからこそ、ちょっと音を聞いてみる?と言って、まだギターに触れたこともない私の為に、店員さんは少しだけそのギターを弾いてくれた。
これが桜井さんの音。
すごい。
「まぁ、このギターを買ったら一生ものだけどね」と話してくれた。
お礼を言って、その楽器屋さんではギターを買わずに店を出た。
私がそのまま向かったのは、ドン・キホーテ。
1万円くらいでアコースティックギターが売っているのを知っていたから。
私にはそれくらいがちょうど良い。
色ぐらいは桜井さんと同じにしたくて、深い青色を選んだ。
その時買ったギターを今でも時々弾いている。
そして数ヶ月前、私は急に歌を取り戻した。
急にどんな歌も歌えるようになった。
私の母はもしかしたらリトルマーメイドのアースラだったのかもしれない。
私から歌を奪ったもんね。
MISHAさんのように伸びの良い高音や、宇多田ヒカルさんのように繊細な歌、大好きすぎて個性的な髪色をお揃いにさせてもらっている柴咲コウさんの優しい歌も、夫と一緒に大ファンになったポルノグラフィティだって、福山雅治さんや米津玄師さんのような低音の複雑なメロディだって原曲キーで歌えるようになった。
信じられないでしょ?
でも歌える。
誰かに聴いてほしくて、1人で夫の実家に持ち運べるスピーカーを持参して向かった。
「おはよう!お父さん!私何でも歌えるようになったの!聴いて!」って、居間のテーブルの上にスピーカーをセット。
「どうせキーを変えてだろ?」というお父さんの言葉を遮るように、音楽を流し始める。
お父さんとは20年以上付き合いがあるけれど、歌を歌うのは初めてだった。
爆音でMISHAさんの曲と福山雅治さんの曲をいくつか歌った。
今思い返せば、夫の実家の居間で、お父さんと二人きり、嫁が歌いまくるというカオスな空間だったのかもしれない。
そんなことがあってから、私は愛犬の散歩ついでに誰もいない日中の広い公園や、河川敷をステージにして、2,3曲歌って帰ってくるようになった。
時々、ゆっくりお散歩を楽しんでいる人が通りかかる。
小さな子供とお母さん、休日をまったり過ごす夫婦、犬の散歩をする人、公園の職員さんとか。
犬におやつをあげながら、スマホで音楽を流して歌う43歳。
それだけで怪しすぎるとは思うんだけど、誰もいない広い公園で、迷惑をかける訳でもないと思うし、歌いたいから歌う。
たまに、そんな私に声をかけてくれる人がいる。
近くに来て歌を聴いてくれる子がいる。
この間なんて、犬連れの同世代の女の人が一緒に広場で遊ぼうと誘ってくれて、一緒に犬たちと走り回って遊んだ。
40歳を過ぎて、初めて心からの友達と出会えた気がした。
私が今まで人に見せられなかった、自分の弱さの部分を話していた。
たいした内容では無かったんだけど、ただそこには私の弱さがあった。
それを自分で見た時、やっと私に戻れた気がした。
そう、私は弱い。
いつだって平気な顔をして、人に弱みなど見せたことは無かったけれど、これが本来の私。
だから全てをさらけ出そう。
もう普通を演じるのはやめよう、心からそう思った。
美容室に行って、髪色を変えた。
長さはセミロングでまだ足りないけれど、大好きな柴咲コウさんがやっていた、左右トーンの違った色合い。
右側がダークトーンのブラウン。
左側がハイトーンのブラウン。
ハイトーンのほうの毛先にはブリーチをして赤っぽいカラーを入れてもらった。
前髪も短めにカット。
今まで定着するような気に入った髪型になった事が無くて、コロコロ髪型を変えてきたけど、この髪はとてもしっくりきたし、とっても気に入った。
美容師さんにもめちゃくちゃ馴染んでますね!なんて言ってもらえた。
だから私は歌いたい。
小さなころ夢見ていたクリーミーマミになりたい。
「全ての人が自分らしくしくいられる世界になりますように」と、願いを込めて。
今はまだ準備中だけど、機材が揃ったら自分の曲を作る。
ライターをやっているおかげで、歌詞は書けた。
メロディもその歌詞に書いた気持ちを音で表せは良いだけ。
ボイスメモで少しだけその歌詞にメロディを付けてみた。
そのメロディが決まれば、おのずとコードが決まる。
そのコードを適当にギターで鳴らせば、簡単な曲なら作れるはず。
そのうちポルノグラフィティの新藤晴一さんのように、日常風景と自分の気持ち、おしゃれな世界観を重ねたクオリティの高い歌詞が書けるようになると良いな、なんて思っている。
ここnoteには、そんな素敵な歌詞を書く晴一さんがいる。
もうここにはポルノグラフィティの風だって吹いている。
私の周りには素敵な風が吹き始めている。
私のこころの音を奏でられる場所。
そんな音楽の世界がとても魅力的に見える今日この頃。
私はまだまだ走り続ける。
どこまでも高く駆け上がり、見たこともないほどの美しい景色を見るために。