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台湾ひとり研究室:取材メモ「星のやグーグァン体験滞在で感じた「旅」による効能。」

 旅が戻ってきた——2023年の年明け、そんなふうに思わせてくれたのは、台湾中部・谷關にある「星のやグーグァン」でした。
 台湾に星のやができたのは2019年のこと。以前から星野リゾートは、台湾人が日本旅行に行く際の宿泊先として人気の宿でした。オープン前から大きな話題になり、いつか行ってみたいと思っていた矢先、新型コロナが広がります。感染拡大は世界的に加速し、観光業、飲食業などビジネス的な影響が徐々に深刻化する中で、世界がどこへ向かうのかは大きな話題となっていました。
 2020年4月、星野リゾート代表の星野佳路さんがNewsPicksに登場し、観光業の今後の見通しを語るなかで、感染者が抑えられていた台湾は悪くない状況だと語ったのです。事の仔細と真相を知りたくなった私は、オンラインで複数の編集者さんと知り合う機会に、星のやグーグァンへの取材企画をプレゼン。それが東洋経済オンラインの編集さんの目に留まり、2020年7月配信の記事「観光業"復活"のヒントは「台湾星のや」にあった——コロナ下で叩き出した驚異の稼働率7割超え」として紹介させていただきました。

 あれから2年半。今回はその星のやグーグァンから新プラン体験へのお誘いを受ける形で、再訪の機会を得ました。参加したのは、この秋冬に設けられていた「暖活益身(あったかいーさん)滞在」というプランです。

 まずは同行者で、台北生まれ、50代半ばの夫に尋ねてみました。
 「谷關には行ったことある?」
 「あるよ。高専の卒業旅行で」
 「へええ、じゃ、かなり前だね」
 「今回は会社の卒業旅行ってところだな」
 というのも、出発の前日、夫は勤務先を退職していました。「どうしよう」と逡巡しつつも出した結論に迷いはありませんでした。ただ、とりわけ仕事のストレスで睡眠不足の続いていた夫にとって、この「卒業旅行」である旅はドンピシャのタイミングとなったよう。後述します。

「暖活益身」プランを体験。

 星のやグーグァンへは、台北から高鐡台中駅へ南下し、そこから車で1時間半ほど。山あいで、付近のエリアでは一番の高台に位置しています。山に囲まれた施設に到着し、館内やプランの説明を受けたあと、ここの建物でもとりわけ風通しのよい「風の間」へ向かいました。
 客室と客室の間に設けられた「間」には、お茶を飲んでいる先客が。その視線を感じつつ、我らは先生について、まず深呼吸。前回、深呼吸したのはいつだったっけ、という思いがよぎりながらも、ゆっくり身体を動かしていきます。いつの間にか、お茶を飲んでいたお客さんたちも参加して、みんなで体操タイム。単純な動作のようでいて、終わる頃にはじわりと汗が浮かんでいました。

四肢をぴんと伸ばす先生の模範演技。これを目指したい(撮影筆者)

 今回の宿泊プラン「暖活益身(あったかいーさん)」は、体温を上げるコツや方法を知り、結果的に免疫力を高めよう、というのが大きなコンセプト。端的にいえば「温活」で、のっけから体温の高まりを感じました。
 部屋に戻ると、黒糖生姜湯が用意されていました。これもまた、温活の一環です。部屋のつくりは基本的にメゾネットタイプで、寝室とリビング、そして内風呂が別になっています。全部で49室という客室には、テレビが設置されていません。天井は高く、ガラス張りの大きな窓全部がまるで一幅の絵画のよう。天気の移り変わりが大きな日だったせいか、ゆっくりと窓の外を眺めているだけで、不思議と心が落ち着いていきました。
 夕食は鍋。私は牛肉の入った「和牛のすき焼き」でした。日本から輸入している霜降りたっぷりの牛肉は、タンパク質と鉄分が豊富な食材。タレにスパイスを加えていただくスパイシーなすき焼きがまた、血液の流れを促してくれそうです。一方、台湾の民間信仰の関係で牛肉はおろかスープもNGの夫には、豚のスペアリブの入った養生鍋を用意していただきました。アレルギー対応なども丁寧にヒアリングしてくださるのが、実にありがたいです。

口に運ぶ直前、6種のスパイスをすり潰して加える。体が温まります(撮影筆者)

 食後は部屋にあるお風呂へ。それにしても、好きな時間に入れる内風呂って実にいいもんですねぇ(しみじみ)。普段はシャワーで済ませがちな夫も「温泉には3回入るんでしょ」と言いながら、繰り返し、お湯を楽しんでいました。
 部屋の窓には、ブラインドがついているのですが、そこは山の中。なんだか閉めるのがもったいなくて、開けっぱなしにしていました。目前の山の中腹には、帯のように雲がかかり、幻想的な雰囲気が醸し出されます。 

どの瞬間も屏風絵のよう(撮影筆者)

 翌朝、部屋に朝ご飯が届きました。漢方風のお出汁でいただくお茶漬けに、クコの実やショウガなどの薬味を加え、寝ぼけていた体がほんわかしてきます。普段の朝ごはんは軽めの我が家ですが、朝からしっかり食べて、体温を上げておく。これも温活ですね。

五穀米の入ったごはんの硬さが絶妙でした(撮影筆者)

 食後は施設内の散策へ。スタッフの方に、五葉松、二本松、ヨモギ、カエデ……それぞれの特徴を教わりながら、緑の中を歩いていきます。お天気のよさも手伝って、朝から気持ちのよいこと! 教わった草木の知識は、次の山歩きの時に注意しようと思います。
 そして、お茶にスパイスを加えていただく「スパイスティー茶房」も体験。通常の台湾茶に、シナモンや台湾の香辛料として知られる馬告を入れる、というシンプルな手法ですが、飲み始めてしばらくすると、体がぽかぽかしてきました。すり鉢は自宅にもあるので、これならすぐに取り入れられそうです。

台湾有数の産地、南投の茶葉は、地産地消も視野に入れてのこと(撮影筆者)

  プランは、星のやグーグァンのスタッフの方々が、アイデアを出し合い、1年かけて準備したそう。都会の喧騒から離れ、緑に囲まれた中で体験する温活の効果は、ぐっと割り増しされたようにも思います。
 「体温が1度下がると、免疫力は30%下がる」と言われます。わずかの滞在とはいえ、日頃の生活や生活習慣を振り返るよい機会となりました。

旅で解き放たれて日常を取り戻す。

  滞在中、2つの大きな変化を感じていました。
 1つは、前回訪ねた際との違いです。2年半前は、日本で県境を越えることが問題視されるほど移動が厳しくなっていた頃。当初の台湾は感染が抑えられていたとはいえ、旅はストップしていました。ところが今回は、館内の至る所でお客さんにすれ違い、散策や日向ぼっこを楽しんでいるではありませんか。心から安心してくつろぐ、そんな姿に見えました。新型コロナの流行が始まって3年、ようやく見られた瞬間でした。
 以前に戻った、とは言いません。暮らし方が変わり、マスクや手洗いが、以前より強い意味を持った今、旅のあり方は変化しています。それでも「外に出られる」「旅ができる」幸せを噛み締めるような時間でした。
 もう1つ。ごく個人的なことではありますが、夫の変化です。
 「連れてきてくれて、ありがとう。本当に来てよかった」
 滞在中、彼は何度もそう口にしていました。心からくつろぐ姿を見たのも久しぶり。がんじがらめになっていた日常を離れ、いつの間にかとてもスッキリした表情を取り戻せたようです。
 私にとって星のやは、とても贅沢な宿泊先です。けれども、人生の岐路に立ち、静かに行く末を考えたい時、頭を整理したい時、あるいは大きな決断を前にした時……きちんと日常から解き放ってくれる場所に身を置くことで、改めて自らを見つめ直す時間が持てるのだと実感しました。
 そして私はといえば、温活の効果!? 滞在初日、予定よりも早めに月のものがやってきて、(血流がよくなった)と今回のプランの効果を実感しました。体は何もかもをわかっているんですね。
 台湾に暮らして10年。慣れたとは言え、外国での生活は知らず知らずのうちにストレスを抱えるもの。2日ではありますが、重荷を下ろしてほんの少し、身軽になった気がします。
 免疫力というと、どうしても体に注目しがちですが、ストレスも免疫にかかわる要因の一つ。その意味では、私たち2人はこの滞在で確実に免疫力が上向きになったはず。しばらくサボりがちだった朝の気功を再開し、温活を心がけていこうと思います。

 今回の体験滞在でガラリと環境を変え、かえって普段の暮らしが戻ってきたような気持ちになりました。そんな時間を過ごせたのは、やはりスタッフの皆さんの穏やかな表情と、きめ細やかな応対があってこそ。心より感謝申し上げます。
 私が体験したプランは3月末までだそうですが、季節ごとにさまざまなプランが予定されています。プランの詳細は公式サイトをご確認くださいね。いかがだったでしょうか。この記事が「行ってみたい」と思い迷う方々にとって、何かのヒントになればうれしいです。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15