あれも職人、これも職人

　自室がずっと雨漏りしていた。
　以前からときどきあったのだが、一、二日で収まっていたので放置していた。しかし、積もった大雪が解け始めたことで手に負えないくらい、ひどくなった。
　最初は1か所から、ぽつん……ぽつん……だったのが、翌日には2か所になり、その次の日には3か所、4か所となり、ぽつんぽつんと間を置かずに落ちてくる。一日でおよそバケツ1杯分くらい。
　水を捨てては置き、捨てては置きしていたのだが、いつまで経っても終りが見えない。シェアハウスの家主には報告してあったが、連絡はなく、このまま放置なんだなと思っていた。

　そんなある日のこと。「明日、雨漏り修理の人が見に行きます」とメッセージが届いた。
　来たのは頑固そうな年配男性と柔和な若い男性。部屋を見て位置を確認すると、長いはしごを持ち出し、大屋根に上っていく。あんぐり口を開けて見上げていると、年配男性が下りてきて「まだ雪が残ってるけど、瓦が1枚割れている」と言う。
　車に戻り、なにかを手に再び屋根へ。
　はしごを押さえていた若い男性が「応急処置しておくので、これで収まると思います。収まったようなら、天気のいい日に瓦の交換に来ますね」とおしえてくれる。
　時間にして15分ほど。それだけで雨漏りは止んだ。

　一発で原因を突き止め、ささっと処置する仕事の早さ。さすが職人！

　と、話はここで終わりではない。

　私が住んでいるのは、福井県鯖江市。越前漆器や越前和紙、越前打刃物など、周囲には伝統産業の工房がたくさんある。
　そういう伝統産業などを知って楽しむ産業観光イベント「RENEW」が、近所で毎秋開催されている。シェアハウス内に関係者が多数いて、私自身も昨秋はほんのちょっとだけお手伝いした。

（昨年のRENEWについてはこちら ↓ をどぞ）

　そんなこともあり、「職人」という言葉は普段からなじんでいる。顔見知りの職人さんも何人かいる。
　そう、伝統工芸の「職人」さんは。

　「職人さんってかっこいいよね」とこの地で言うとき、おそらくその職人さんは漆器か和紙、打刃物、木工などを行っている人を指すのではないか。アンケートをとったわけではないが、うちのシェアハウス住民に尋ねたとして、上位にあがるのはたぶんこれらだと思う。
　はたして、造園業、瓦屋さん、整備士、左官なんて出てくるだろうか。
　私にしても、庭師で思いつくのは京都のお寺さんの庭を枯山水に仕立てる姿であり、左官であれば挾土秀平である。身近なところでやっと思い出すのが、ユーザー車検のときにライトを調整してくれた予備検査上の人くらいのもの。
　町工場でネジをつくる人、鉄筋をハッカーで結束しブロック塀をつくる人、特別じゃない家具をつくる人、工場の流れ作業の一部を担当している人、そんな人たちも職人さんだ。
　だが、「かっこいい」と言われたり、あこがれの目で見られたり、「The職人」として扱われなかったりする。職人特集を組んだとして、取り上げられない人たちも多い。

　その土地その土地で、あるいはどの業種でも、ヒエラルキーが存在するように思う。
　鯖江市の職人の場合、伝統工芸は突き抜けてランクは高く、ついで眼鏡だろう。その次は、おそらく「えーっと」となる。まず鯖江市民の私がそうだもの。
　ランクの高い業種、職種であれば、職人さんとしてスポットライトを浴びる機会がある。でも、はたしてトラックの整備を行っている人にどれだけの人が興味を持つだろうか。とび職や瓦張りに注目する人はいるだろうか。

　伝統工芸の職人さんがどうとか、RENEWがどうとかいうことではなく。
　なんでランク付けがあるんだろう、という疑問。ランク付けなんてないよ、と言われるかもしれない。いや、あるでしょう。
　漆器の漆を塗る職人、和紙を漉く職人、そう聞いて高尚な感じ、しませんか？　打刃物をつくる姿とアスファルトをはつる姿、どちらにあこがれますか？
　水商売でも一流店のスタッフはすごいし、AV女優だって男優だってすごい人は本当にすごいし、体験したことないけど風俗もトップの人たちはすごいはず。でも、祇園や神楽坂の舞妓さん、芸姑さんの方が格上扱いされている。
　いや、もちろん格上扱いされている人たちはすごい。長く厳しい修行を経てるわけで。
　でも、比較できないし、比較してはいけないと思う。だって別物だから。
　比較するからランク付けが起こり、ヒエラルキーが誕生する。比較せずに、それぞれがそれぞれですごいのだで完結すればいいのに。

　雨漏り修理であんな高いところへ上がって作業した職人さんには敬意しかない。躊躇なく、2階の屋根へはしごを一段一段上がっていった姿は、本当にかっこよかった。
　私の記憶の中で、ふたりの姿はスポットライトを浴びて輝いている。

※ 人って比較しがちだよねーっていうお話はこちら ↓