
金曜劇場|(仮)配達人②
第4話:未配達の荷物
風が吹いた。
冬の終わりの冷たい風が、郵便受けの中の不在票をかすかに揺らした。
「佐伯陽子さんに……子供はいなかった?」
大悟の声は、思っていたよりも弱々しく響いた。
警官は腕を組み、ため息をついた。
「そうだ。お前、変なこと言うなよ。亡くなったのは独り身の女性だ。家族はいない。身寄りがなくて、遺品整理の業者が入る予定だったはずだが……」
「……でも、昨日、確かにいたんです。ポストの向こうに」
警官はしばらく沈黙した後、「……まさか」と呟き、スマホを取り出した。
何かを検索するように指を動かす。
「……あった。10年前、この家で一つ事件があったらしい」
「事件?」
「10年前、佐伯陽子さんの娘——ハルカちゃんが、幼い頃に失踪してる。母親が目を離した隙にいなくなって、それっきり」
「でも……そんな馬鹿な……」
警官はふと顔を上げ、大悟を見た。
「お前、本当に見たのか?」
沈黙が落ちた。
大悟はうなずくしかなかった。
第5話:配達員の証明
その夜、大悟は荷物を見つめていた。
未配達の冷凍食品セット。
受取人の名前は、佐伯陽子。
届けるべき人はもういない。
ならば、これはどこへ届けるべきなのか。
そして、昨日ポストの向こうにいた少女は……本当に現実だったのか?
大悟はふとスマホを開き、配達記録を確認した。
通常、配達完了時にはGPSの記録が残る。
どの家に行き、どの時間に訪問したのか。
だが——そこには、奇妙な異変があった。
昨日、あの家には行っていないことになっていた。
配達記録は空白のまま。
いや、そもそも、この荷物の配達予定すらなかったことになっている。
「……どういうことだ?」
何かがおかしい。
何かが狂っている。
そして、何より——
彼の胸の奥には、説明のつかない確信があった。
「あの子は、確かにいた」
第6話:最後の配達
翌日、大悟は再びあの家を訪れた。
すでに遺品整理業者が入り、家の中の荷物を運び出していた。
玄関のドアは開け放たれ、埃っぽい空気が漂う。
ポストは空になっていた。
不在票もない。
まるで最初から何もなかったかのように。
「……ハルカ」
呼んでみた。
返事はなかった。
もう、彼女はどこにもいないのかもしれない。
だが、その時——玄関の床に、何かが落ちているのが見えた。
それは、一枚の不在票だった。
昨日、自分が入れたはずのものとは違う。
明らかに古びて、黄ばんでいた。
日付は……10年前。
受取人の名前はこう書かれていた。
——「ハルカ」
まるで、10年前の彼女宛てに、今になって届けられたかのように。
風が吹いた。
不在票は、ひらりと舞い上がり、やがてどこかへ消えていった。
最終話:「日曜劇場|配達人」
ある日、配達員・三島大悟は、奇妙な不在票を見つける。
そこには、10年前に行方不明になった少女の名前が書かれていた。
配達人の仕事とは、荷物を届けること。
だが——彼が本当に届けるべきものは、“過去に取り残された何か”だったのかもしれない。
そして、ある日、大悟のスマホに新しい配達予定が通知された。
「配達先:——」
宛名は、ただ一言。
「ハルカ」
届け先は、どこにも書かれていなかった。
彼は帽子を深くかぶり、荷物を抱えた。そして、いつものように言った。
「○○便です! お届け物でーす!」
風が吹く。
どこかで、ポストの奥から、誰かがこちらを見ている気がした——。
(完)