「帰宅したら女優がポテチ中」
どうも、たなかです。
その日も仕事帰りで、すっかり暗くなった夜道を一人でテクテク歩いてたんです。
夜道ってなんかこう、しんみりしちゃいますよね。
なんて、妙に生きることに感動してみたり。
でも、そういう日の帰り道って、妙にいろんなこと考えがちなんですよ。
「明日の昼ごはん、カップラーメンじゃなくて、せめて弁当でも買おうかな」とか「それにしても、実家の犬、元気かな」とか。
で、そんなこんなで玄関のドアを開けたんですよ。
そしたら、居たんです。
え?
波瑠ですよ?
女優の、あの波瑠ちゃん。
何がどうしてこうなったのか理解が追いつかない。
混乱の波が押し寄せるなかで、視界の端に入ってきたのが、ポテトチップスの袋でした。
冷静に振り返ると、どうやら彼女はポテトチップスを手に持って、くつろいでいるんです。
とツッコミを入れたい気持ちは山々ですが、目の前で波瑠ちゃんがポテチを食べてるわけですから、これはもう、事実として受け止めるしかありません。
もちろん私は、スカイダイビングするよりも一刻も早く現実を受け入れなければならない状況です。
と、思わず口から言葉が漏れると、波瑠ちゃんは涼しい顔で、
と、あっさり挨拶してくれました。
これが普通の友達とかなら、「あっ、おじゃましてまーす!」とか言うのが自然な流れですよね。
でも、相手は波瑠ちゃん。
雲の上の存在。
いや、むしろ雲そのもの。
え、私の家に波瑠ちゃんが…?
え、ポテチ?
え?
となって、もう頭の中が大渋滞。
とりあえず、このままだと「帰宅したら波瑠が居た」というキラーワードを一生使えないまま消化不良になりそうなので、覚悟を決めて声をかけました。
すると波瑠ちゃん、ポテチの袋を置いて立ち上がり、
と一言。
迷った!?
いやいや、普通に考えて迷っても女優が一般人の家の中に辿り着くルートってあります?
私、どんだけ道の入り口開放してたの?
もはや幽霊が迷い込んでくるくらいしか納得いかない、みたいな状況ですよ。
でも、本人が迷ったと言うなら、もう私は疑わない。
だって波瑠ちゃんですもん。
波瑠ちゃんの迷いなら受け入れるしかない!
「…そうなんですね…」
完全に挙動不審な私をよそに、波瑠ちゃんはまるで親戚の家にいるみたいに座り直し、再びポテチを手に取る。
私の目の前で、気取らずにポテチを食べる波瑠。
この世の奇跡を見た気分でした。
しかし、この状況をただ「すごい」と片付けるだけでは終われません。
私は考えました。
この珍妙すぎる出会い、どうにかして漫才みたいに仕上げないと、波瑠ちゃんに失礼な気がする…!
ここは一発、自称作家たなかとしての自分の腕を見せてやるしかない。
なんか、それっぽい気遣いの言葉を出してみました。
でも、内心ドキドキしてます。
だって、波瑠ちゃんに夕飯を勧めるなんて!
まさかこんな日が来るとは。
そしたら、波瑠ちゃんが「いや、ポテチで十分です」とクールに返事。
もう、これ以上ないくらいに波瑠ちゃんの魅力が溢れ出す言葉に、私は心の中でガッツポーズ。
と叫びたくなりましたが、それをぐっとこらえて、ただ「そうだよね…」と、頷くのみ。
その後も私たちはなぜか不思議と会話が続き、ポテチの話から始まって、どんどん普通の雑談に花が咲きました。
波瑠ちゃん、意外と普通の人間的な一面もあるんですね。
なんていうか、ほんの少しだけ「雲」から「人」になったような感じがしました。
ふと、彼女が立ち上がり「そろそろ帰りますね」と言って玄関に向かいました。
私はその後ろ姿を見送りながら、なんだか夢を見ていたような気分で「あ、また遊びに来てください!」なんて言ってしまったんですよ。
自分のことながら、どこまで能天気なんでしょうね。
でも、波瑠さんはクスッと笑って、
と一言。
どんな迷い方だよ、と心の中でツッコみながら、彼女が去っていくのを見送りました。
家に戻ると、ポテチの袋だけが静かに残っていました。
そんな夢を見ました。
fin.