三毛猫ミーのクリスマス 第20話 黒い森の中から千匹の猫が一斉に現われたニャ
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https://note.com/tanaka4040/n/n2b71218ed846より続く
筆 者 注
16話から23話は、猫同士の戦闘シーンが苦手でしたら、読まないほうが無難です。
24話までお進み下さい。
24話から御覧になっても(7話分とばしても)繋がるストーリーになっています。
では、どうぞ、お進みください
遠く雷雲《らいうん》が、稲妻《いなずま》に反射して光った。海の彼方《かなた》から遠雷《えんらい》が聞こえる。今日も雨になるだろう。雨は苦手だが、今夜ばかりは仕方あるまい。やるなら今だ。
日没後、あたしたちは行動を開始した。敵の位置は、常に把握している。
猫ヶ原《ねこがはら》で、千匹の本隊《ほんたい》を前にしたあたしは、戦略戦術《せんりゃくせんじゅつ》を発表した。
本隊は、猫ヶ原《ねこがはら》に隣接した猫ヶ森《ねこがもり》に潜《ひそ》み、敵を待つ。
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誘導《ゆうどう》部隊の伝令《でんれい》ハンゾーら、十匹は、敵を、猫ヶ原《ねこがはら》へ誘《おび》き出す。
敵は今、湯治場《とうじば》で、夕食の準備に取りかかっているとの情報。
「だったら、楽しい夕餉《ゆうげ》を、メチャクチャにしてやりな」
と指示すると、伝令のハンゾーが、
「承知」
と短く答えて、忍者のように、一瞬で姿を消した。
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敵が、猫ヶ原《ねこがはら》に現れたら、待ち伏せた千匹が、一斉に襲いかかる。
飛び道具のクロスボウに対抗する作戦は、暗視ゴーグルの死角になる背後や、横や、下から、敵の頭部へ飛びつき、暗視ゴーグル一キログラムに加え、猫の体重五キログラムを足し、合計六キログラムの頭でっかちにしてバランスを崩《くず》させ、転倒《てんとう》させる。
転んでしまえば、飛び道具の攻撃力など無きに等しい。あとは、ガリバーよろしく、敵の体に群がり、するどい爪で、ひたすら切り裂く。オスの成猫《せいびょう》の体重は約五キログラムなので、十匹も乗れば、身動き出来まい。
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戦略目標は、この島へ、二度と来させないこと。
そのためには、敵の生死を問わない。あたしたちも生死を賭けて戦うのだから、当然であろう。
その頃、湯治場では、三人の人間が夕食を摂《と》ろうとしていた。以下、伝令ハンゾーの後日譚《ごじつたん》。
温泉の水で炊いた白飯は、ふっくら、ツヤツヤ、もちもちで、削《けず》り節《ぶし》を乗せ、醤油をかけるだけで、充分に旨い。副菜《ふくさい》に温泉卵、温野菜、椀物よろしくカップヌードルが熱そうに湯気を立てている。
「さ、喰おうぜ」
「ああ、腹減った」
「いただきまーす」
と、食べ始めるのを待ちわびていたかのように、十匹の猫が、食卓の上にドサドサ落ちてきた。十匹で、体重は、合計五十キログラム。
食卓が引っくり返り、醤油さしが舞い、皿や茶碗が滑り落ち、ガラガラガッシャーンと騒々しい音をたててて割れ、カップヌードルが熱湯を撒き散らして転がった。
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「熱ッ!」
不意を突かれた三人は、慌てふためいて絶叫した。
「うわあっ!」
「なんだよっ!」
落ちてきた猫たちは、悠々《ゆうゆう》と、散乱した削り節を、ウニャウニャおいしそうに食べている。伝令のハンゾーが「役得《やくとく》」と笑う。
怒った一人が箸を投げつけた。
「この畜生が!」
と罵《のの》しりながらズボンを脱ごうとしている。太ももにかかったカップ麺のスープが、熱くて堪らないらしい。
「あの猫ども、感電死させてやる」
と、棒状のスタンガンを取り出した。電気ショックで相手の動きを止める防犯用具である。
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放電スイッチを押すと、
バチバチ
と激しい音を立て、四十センチの棒の先に、青い電流がほとばしった。
スタンガンの悪用による傷害事件、暴行事件、殺人容疑が増えたとはいえ、市販のスタンガンは、身動きを止めるのみで、気絶させるほどの威力は無い。それでも、人間に比べ躯体《くたい》の小さな猫には、大変な脅威《きょうい》になる。
空いている片手で、電動マシンガンを持ちあげた。プラスチック製の丸い六ミリBB弾を、空気圧で発射する。
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片手で撃てて、連射は安定するが、威力はガスガンを下回り、殺傷力《さっしょうりょく》は皆無。
とはいえ、初速《しょそく》が新幹線《しんかんせん》並みの時速三百キロあるため、被弾《ひだん》すると、十メートルくらい離れていても、かなり痛い。
電動ガンにしても、ガスガンにしても、改造の疑いを持たれると、銃刀法《じゅうとうほう》違反で、家宅捜査の対象になる。それほど、実用の武器に近い性能を誇る。
もう一人は、ピストル・クロスボウを手に取って、
「ぶっ殺してやる」
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と、弓を引いた(コッキングした)
フルサイズ・クロスボウを、室内でコッキングするのは、手間がかかるうえ、安全面でリスクを負う。その点、片手で打てるピストル・クロスボウならば、簡便《かんべん》に扱える。
ただし、コッキングするために利き手を空けておかねばならず、もう一種類の武器は同時に持てない。
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三人目は、スリングショットを持った。パチンコと呼ばれる二又の玩具を強力にしたゴム銃である。
スリングショットも、コッキングするために、利き手を空けておく必要がある。二種類の飛び道具を同時に持てない。
いずれにしても、猫にとっては、恐ろしい武器ばかりである。
他にも、部屋のあちこちに、催涙《さいるい》ガスを撒き散らす手榴弾《しゅりゅうだん》のグレネードや、二十メートル先で散弾《さんだん》するランチャー、吹き矢、警棒、手裏剣、催涙スプレーなど、物騒きわまりない武器が転がっている。これら全て、数千円台から市販されている防犯用具や狩猟具である。
何に使うつもりで猫の島へ持ち込んだのか想像するだに恐ろしい。
人間たちの臨戦《りんせん》態勢が整う前に、ハンゾーは短く、
「皆の者!退散《たいさん》」
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と命じると、十匹の猫は、窓から外へ、影のように、ヒラリヒラリと飛び出した。猫の小柄な体躯《たいく》と、俊敏《しゅんびん》さと、跳躍力《ちょうやくりょく》を活かした奇襲《きしゅう》戦術であった。
「逃がすか!」
人間たちは、武器を携《たずさ》え追いかけた。
追いかけたところで、時速五十キロメートルで走る猫には敵わない。ハンゾーたちは、嘲弄《ほんろう》するように、追いついて来るのを待ち、わざと追いつかれて姿を見せては、また走り出す。
走りながらでは、姿勢を固定して狙撃するフルタイプ・クロスボウは使えない。両手を使う虫取り網も、バランスが崩れて、使いにくい。
ピストル・クロスボウなら、使えるには使えるが、走りながらだと、照準が安定せず、無駄撃ちが増え、いたずらに矢を失う。
電動マシンガンも、走りながら撃てるが、そもそも、十メートル以上先を走る小さな猫に狙いを定めるのは至難の業《わざ》。加えて、脚《あし》を止めるほどの痛撃《つうげき》を加えるのは困難。
やがて、伝令ハンゾーら誘導部隊は、無傷で、湯治場から猫ヶ原《ねこがはら》までの一キロメートルを、数分で走破《そうは》した。
できるだけ、猫ヶ原《ねこがはら》の中央へ誘い込み、退路を封じたい。逃げられては困る。
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伝令ハンゾーたち誘導部隊を追ってきた敵の三人組が、猫ヶ原《ねこがはら》の中央付近で足を止め、
「あの猫ども」
「どこへ行った」
「見つけ出してやるっ」
と立ち止まり、辺りをキョロキョロ見回していると、黒い森の中から、一千匹の猫が、一斉に姿を現わした。
夜の帳《どばり》が下《お》り、すっかり暗くなった草原いっぱいに、千匹の猫の目が、二千個、光り輝いている。
結局、男たちは、手持ちの武器を、四つしか持ちだせなかった。
https://note.com/tanaka4040/n/n2b71218ed846へ続く
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