三国志2-part3

三国志をメタファーにマーケティングと経営を主題に創作された物語です。 

三国志2-part2から続く
https://note.com/tanaka4040/n/nc265f749d101

衢地(くち)トンキン


              ※衢地=三国が交わる地
              ※渺茫=広く果てしないこと
              ※輻輳=集中して混み合うこと

火口から溢(あふ)れ流れ出す溶岩流が三方へ延びるように、その窪地から道は三方へ延びていた。

東へ延びる道は、農の国へ。農作物を育む肥沃な大地と大河が広がり、緑野は渺茫(びょうぼう)たる海へ沈み込んでいく。

西へ延びる道は、工の国へ。砂礫の大地と荒々しい岩山が作り出す雄雄しい奇観は、古来から、文人墨客に愛されてきた。

東西の国を分断するように、巨竜のような脊梁山脈が南北へそそり立っている。


南へ延びる道は、商の国へ。碁盤の目のような人工運河に輻輳(ふくそう)する廻船から、はたまた、荷駄を運ぶ牛馬によって、国の内外から物品が流入しては金銀へと姿を変え、その金銀は再び物品へ姿を変えて集散離合してゆく黄金のまち。

その三国が交わる地に、噴火口を思わせるすり鉢状の窪地がある。今は滅びた“士”の国の都トンキン(東京)であった。

トンキン。
南北に八里、東西に七里の、失われし都。今は廃屋が風に吹きすさぶのみ。

三国からトンキンへ至るには、まるで登山者が噴火口の内部を目指して裾野を発つように、ひたすらなだらかな坂を登り、登りきったとたん、眼下に広がるトンキンを目指して急坂を下る。

農国と商国は海路でも通行できるが、工国と農国を往来するには、陸路、このトンキンを通過する以外にない。それは、農国へ軍列を進軍させている工軍も例外ではなかった。


「トンキンで工軍を阻むのです」

商国から馳せ参じた軍師の和尚は、農王の顔を凝視したまま言った。

「トンキンの地は低い。切り口によっては、噴火口というより、乾いた湖にも
見えましょう」

「む、そう言われてみれば…」

農王は地図を覗き込んだ。

火山の噴火によって大きく開いた火口に水が溜まって湖となる火山湖から、水だけが失われたようにも見える。

「貴国には、万軍に値する軍事的な資源があります。それが、貴国を貫く大河なり。これを堰き止め、流れを変え、トンキンへ注げば、トンキンは湖となり、大軍の侵入を赦さない天然の濠となりましょう」

驚いたように農王は地図から顔を上げた。


「その通りじゃ!トンキンさえ塞いでしまえば、我が国を侵す者は何人(なんぴと)たりとも入れまい」

和尚は微笑を湛えつつ、

「お分かりになって頂けましたか」

「わかった。なるほど、戦わずして防御でき、一兵たりとも失うことはない」

「是(はい)」

「よくぞ気づいた」

「それが岡目八目、軍師の目。客観なり」

「そうか。切り口を見つける…とは、主観のみならず、客観的に考えるということか」


「是(はい)。この場合の客は、工の王であり、工の兵士。工の王が困ることを考えればよいのです。ま、客といっても」

和尚は愉快そうに続けた。

「招かれざる客ですから」

「確かに、のう。十万もの軍が進めないとなると、工王は困るじゃろう」

「まず瞬く間に兵糧が底をつくでしょう。一日三食を消費するとして、一日で三十万食ぶんの兵糧が必要ですから」

「ぬお!一日で三十万食!かなりの荷物になるのう!移動を考えればギリギリの兵糧しか携帯しておらぬハズ」

「ということは一日、いや、三日も敵の進軍を防げれば、敵は自然崩壊せざるを得ないでしょう」


「飢餓か。内部崩壊じゃな」

「そして二度と貴国を侵すことはありますまい。少なくとも水軍の用意が整い、湖を渡れるようになる一年後までは」

「む、これぞ戦略!一年後まで戦わずして負けない方法じゃ」

「さらには湖に木柵を立て並べ、船で押し渡ろうとする敵を湖上撃破します」

「湖にそそり立ち並ぶ木々が城壁の代わりになるのじゃな?」

「そうです。こちらは木柵の裏側で待ち受ける。敵が近づいてきたら、木々の隙間から弓矢を射て撃退します」

「敵の矢は、木々に阻まれて届かない。なるほど、妙案じゃ」


「交代で数名を防衛部隊として常駐させておけば、一年は大丈夫でしょう」

「人手を取られないため、普段の野良仕事にも支障はない」

「これぞ接触遮断の陣なり」

「よくぞ考えた!さすがは商国の軍師じゃ!」

「接触を遮断すれば、遭いまみえることなし」

「なるほど。付き合いたくない相手とは接触を断つ、か」

「その逆に、付き合いたい相手とは接触を断ってはなりませぬが」

「すべて分った。その戦略でいこう」

負けない戦略・負けない戦術

農の国が慌しくなった。国策に従事する農林水の民が一斉に動き出した。

農業に携わる民は、鋤鍬を振るって水路を掘った。

林業に携わる民は、鋸を持って大木を切った。

漁業に携わる民は、防衛用の船を作り、陣地を組み上げた。

あと4日。火の噴くような突貫工事が続く。幸い、農国を流れる大河からトンキンまでは幾里もない。むろん、その距離を計算しての戦略で、二日もあればトンキンに奔流が注ぎ込むであろう。


「しかし、残り2日で湖になるかのう?」

土木工事現場へ向かう農王は、馬首を並ばせつつ和尚へ訊ねた。和尚は気楽に、

「湖にする必要はありませぬ。人馬が進めない水位に達すれば充分」

「そうか」

やがて、水路を掘る土木工事現場へ到着すると、そこでは農民達が奴隷のように酷使されていた。農の役人が「はたらけ!」「はたらけ!」と農民達を打擲している。

農王の姿を見つけた監督大臣が駆け寄ってきて、片膝をつき、

「我が君に申し上げます。農民が隙を見つけては手を休めるため工期が遅れています。しかし、ただいま厳しく指導しておりますので、我が君にはご安心を召されますよう」


農王は、
「そうか」
と、意にも介さぬ風で馬首を返そうとした。その時、

「等候!(お待ちあれ!)」

と、農王の背に向かって叫んだ者がいた。和尚であった。

「今すぐ打擲を止めさせ給え。さもなくば、この戦術は崩壊やむなし」

「ナゼじゃ?」

「民が隙を見つけては手を休めるのはナゼか?やりたくないからです。このままでは時間切れになること必死」

「だからムチを打って働かせておる」

「恐怖で動くは限界あり!」

「む?」

「働け働けといっても働き方を知らず、むろん教えられず、ただただムチ打つばかりで、どうして働く気が起きましょう?勘と経験と根性で仕事するならば勘と経験と根性に秀でた老臣こそ、鋤鍬を持って働くべし」


「どうしろというのじゃ?」

「率先して自発的に動くには、恐怖ではなく、期待が必要」

「期待?」

「論より証拠。お見せしましょう」

和尚は農民を一ヶ所に集め、労働力に応じて均等に、10人程度の少人数の部隊100部隊に分け、100の掘削コースを割り振って、

「一番乗りには金一億元を、二番乗りには銀五千万元を、三番乗りには…」と、成果に応じた莫大な恩賞を約束し、「30~88位は無報酬」とした。さらに、

「最下位12チームは、順位に応じて、1ヶ月~12ヶ月の懲役に処する」とした。さらに、

「昼夜を問わず、休みたい者は遠慮なく休み、働きたい者は遠慮なく働くべし」


「無言で働くべからず。唄を唄い、音曲を鳴らし、賑やかに楽しく働くべし」

「期間は、たったの2日。わずか2日に全力を投ずべし」

と宣言したものだから、農民たちは我れ先を争って鍬をにぎり、掘り始めた。

中には、労働力に劣る者に楽器を持たせ、音頭を取らせ、陽気に唄い、踊って士気を高める部隊も現れた。

その様子を見た和尚は、

「そこのお方」

と、農民を名指しながら歩み寄り、

「先ほどからお見受けするところ、右に出る者のいない功労ぶり。素晴しい!今のところ第一等であるがゆえに、金百元を与えよう」


と、その場で金を与え、

「さあさあ、その働きぶりをとくと見せ給う。その場で金百元を進ぜるべし」

と叫んだものだから大変。土木作業の工事現場は、男祭りの会場に変わったかのように熱気を帯び、下帯一丁の裸形から湯気が立ち上るが如く男たちは意気揚々と働き、あちこちでジャンジャンと派手派手しい音曲が鳴り響き、大仰な踊りを踊りながら音頭取りたちが鼓舞して練り歩く。

この様子を見ていた農王は呆然と立ちすくんだ。

「祭りじゃ。工事現場を祭にしおった」

和尚は微笑みつつ、


「王よ、貴国に無いのは、この期待なり。暗い人、暗い国が、いくら悩んでもますます暗くなるばかり。意識は鬱屈し、行動は鈍化しましょう。しかれども明るく陽気な期待あらば人の心は華やぎ、意識は高まり、自ずと動き出すもの」

そこへ巨木が運ばれてきた。農民と同様に和尚の意を受けているらしく、巨木は美々しく飾り立てられ、まるで祭りの山車を引くように、唄と踊りで大騒ぎしながら、幾多の部隊が我れ先にと巨木を運んできては、予定地に立てていく。

巨木は、南北八里に壁のように立ち並び、その背後には、巨大な能舞台のような足場が組まれた。水面に没しない高さの矢倉である。ここに立ち、木の隙間から矢を射る。


やがて堀が完成し、大河との堰が切られると、まるで猛り狂った青龍のような奔流がトンキンへと流れ込んでいった。

流れは土を浸し、水面となり、序々に水位を上げていく。

和尚は、軍議を開いて戦術を説明した。

「木柵うしろの矢倉を前線。こちら側の岸を後詰めの陣とする」

「前線では、弓矢と投石器で防衛する。決して討って出てはならぬ。専守防衛こそ負けない戦術の要であると心得よ」

「船団は後詰から前線へ補給にあたるほか、来襲の際には湖上に浮かび、遊軍として前線を援護する」

軍議を重ねる暇もないうちに十万の大軍が対岸へ現れた。いよいよ戦いの火蓋が切っておとされようとしている。

三国志2-part4 へ続く
https://note.com/tanaka4040/n/ncc257a06c68d

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