早苗の学祭物語

物語り形式になっています。

[第1幕] あ!来た来た

事の成り行きで、社長になったOLの早苗ではあったが、ほんの数年前まで大学生だった。

髪は今よりも長く、化粧は薄く、服装も軽快で、ワンピースを好んで着た。

その日も、ロングニットのワンピースに、2段のティアード・スカートといういでたちで、チュウを待っていた。

「あ!来た来た」

喫茶店のドアを開けるチュウの姿を見た早苗は、立ち上がって「ここにいる!」といわんばかりに手を振った。

早苗に気づき、足早に近づいてきたチュウは、

「何の用だ?」

と言いながら、ドッカリ座った。


早苗は、チュウの隣に立っている男性をチラリと見て、

「あ、あのう、こちらは?」

と尋ねた。

「ああ、俺と同じ経営コンサルタントの遠藤さん」

次に、チュウは、ユースケを見上げ、

「こちらが親戚の早苗です」

と簡略に紹介した。苗字すら言わない。

「どうぞお座り下さい」とも言わない。合理性とスピードを重んずるチュウらしい紹介だった。


早速、ウェイトレスをつかまえ、

「まずは、水。そして、エスプレッソのダブル」

と、手早く、手短に、注文を済ませた。

[第2幕] 僕、トマトがダメなんです 

早苗の親戚筋にあたるチュウは、東京で経営コンサルティング会社を経営しているコンサルタントである。

ユースケとは同業であるが、背景も、方向性も、得意分野も異なるため、競合しない、相互補完的な同業者であった。

何事もキッチリこなさなければ気が済まない性格のチュウと、諸事いい加減な性格のユースケとは、馬が合うようで、たまに、食事を共する。

ユースケは、席に座りながら、

「初めまして。遠藤です」

と微笑んだ。笑うと、いやらしい顔つきになる人だと早苗は思った。

早苗は、ユースケが差し出した名刺を受け取りながら、人物観察を済ませた。


(コンサルタントというと、チュウさんのような、頭の回転が早くて、鋭いタイプが多いと思っていたけど、この人は別ね。ボーッとした感じ)

一見すると、気の抜けたような顔をしているユースケの年齢は、わからない。

身長は170センチ台か。虚弱体質を思わせる細身で、挙措が、まるで、世の中をナメているかのように雑駁に見える。

実際、彼のオーダーしたマルゲリータが運ばれてきたとき、

「僕、トマトがダメなんです」

「僕、バジルがダメなんです」

とトマトソースを除け、バジルを取り除き、チーズだけのピザにしてしまった。


それを見て、早苗は、内心、つぶやいた。

(だったら、マルゲリータなんて頼まなきゃいいのに。お店に失礼でしょ)

そんな批判へ抗弁するようにユースケは、

「こういうピザがあっても、いいでしょ?」

と微笑み、トマトソースの付いていない部分を丁寧に選り分け、口へ運ぶ。

[第3幕] タダじゃないぞ?

エスプレッソの香りを楽しみながら、チュウは言った。

「さっきまで、ユースケさんと、青山でランチしていたんだ」

「そうなんですよ」

と、ユースケは引き取った。

「女子大生から相談があるって聞いて、ついてきたんです」

「そういうことだったんですか」

「ええ。僕、女子大生、大好きなんです」

それを聞いて、引きつりながら、早苗は思った。

(気持ち悪~)

まるで、早苗の嫌悪を察したように、ユースケは、

「女子大生が沢山いると、華やかでしょう?目の保養に宜しい」

「そ、そうですか」(このスケベじじい)

「あれえ?僕が、お邪魔しちゃって、ご迷惑でしたか?」

早苗は(あっ、顔に出たかな?)とギクリとしつつ、笑顔を取り繕いながら、

「お邪魔なんて、とんでもありません。それどころか、2人もコンサルタントに相談できるなんて」

それを聞いたチュウが、ギョロリと目を剥いた。「タダじゃないぞ?」

「タダじゃ身につかん。ここの喫茶店代くらい持てよ?」

「わかってるって」

「本当は、お茶代くらいじゃ、済まないぞ?」

「だから、わかってるって」

「本当か?じゃ、こういう話を知ってるか?」


ある優秀なエンジニアが、定年退職した。

数日後、彼でなければ直せない機械が、工場に持ち込まれた。

直らなければ、一日あたり、数千万円の損害になる。

後輩たちは、退職した彼に

「言い値で、ギャラを払うから、直しに来て下さい」

と頼んだ。

彼は、古巣の工場へ出かけていき、機械を隅々まで点検したあと、機械の一部に、マジックペンで、

「ココの部品を分解掃除」

と書いて、帰っていった。

後輩たちが、その部品を掃除すると、機械は正常に動き出した。

後日、彼から、1,000,100円のギャラの請求書が届いた。

・工場へ行く途中で買ったマジックペン1本…100円

・「ココの部品を分解掃除」と書いたサイン代…100万円

[第4幕] 天運に任せるのはマーケティングじゃない

「面白い話ね」と早苗は笑ったが、チュウは真顔で、

「もし、機械が直らなかったら、数億円の損害になったかも知れないだろう?」

「形のあるサインペンより、形のないサインのほうが、価値があるってことね」

「そういうことも有り得るという例え話だ。ところで、相談って何だ?」

早苗は背景から話し始めた。

大学の学園祭で、早苗たちのサークルでは、喫茶店の模擬店を出店している。

しかし、毎年、売上が芳しくない。どれくらい芳しくないかというと、

「仕入れと、売上が、イコールだってえ?」

ブッと吹き出したエスプレッソを拭きながら、チュウは顔をしかめて、

「おい。普通の飲食店なら、潰れてるぞ」

「そうなの。まあ、模擬店で、儲けようとは、誰も思っていないから、利益を出す必要はナイんだけど」


「原因は何だ?そもそも、学祭の来場者数が少ないとか?」

「ううん。模擬店で、利益を出しているサークルがあるから」

「何の模擬店で?」

「たこ焼きとか、お好み焼きとか、焼きそばとか」

「定番の粉モンばっかりじゃないか。儲からない店とは、何が違うんだ?」

「場所かな。正門を入ってスグの所とか、いい場所を引き当ててる」

「場所は、くじ引きで決まるのか。天に運を任せるしかないな」

「それって、マーケティングじゃないんでしょ?」

「場所は、重要だ。しかし、売上を天運に任せるのはマーケティングじゃない」

[第5幕] 早苗の店である必要がナイんだよ

「稼いでいる模擬店は、期間中、3日間で、数十万円も儲かったって」

「たいしたモンじゃないか」

「でしょう?」

「とある有名な外食チェーン店で、一日、10万円の売上に達しない店舗は、三ヵ月以内にスクラップになる」

「じゃあ、外食チェーン並みに稼いでいるってこと?」

「そういうこと。だから、たいしたモンだ」

「その利益を、合宿に充てたんだって。うらやましいなあ」

「合宿ったって、実質は、旅行だろ?」

「そうね」

「商売のアガリで、旅行へ行くなんて、学生にしちゃあ豪勢なもんだな」


「旅行へ行きたいなんて、言わないけど、せめて、打ち上げくらい、自腹じゃなくて、自分たちが稼いだ儲けで、打ち上げたい」

「わかった。早苗たちのように、喫茶店を模擬店にしているライバルは?」

「沢山ある」

「メニューと値段は?」

「どこも同じ」

「売りは?」

「別に」

「それだな、問題は」

差別化されていないからだとチュウは言った。「早苗の店である必要がナイんだよ」

[第6幕] 強みを作るんだ

チュウは続けた。

「自分が、喫茶店の客になったつもりで考えてみろよ」

「うん」

「メニューも、価格も、味も、空間も、サービスも、どれも同じなら、どこの喫茶店だって構わないだろう?」

「うん。休憩したくなった時、近くにある喫茶店へ入るかな」

「それと同じだ。たまたま近くにあるからという、きわめて脆弱な来店動機だ」

「そうねえ」

「お客さんを奪い合う土俵に立つこともできない」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「強みを作るんだ」

「強み?」


「早苗の喫茶店へ行かなければ得られない魅力さ」

その時、ユースケが、

「だったら」

と割って入り、

「占いができる友達は、いる?」

「ナニ占いですか?」

「専門的な占いが良いね。占星術とか、タロット占いとか、手相とか」

「うーん。すぐには思い浮かばないけど、あ、ちょっと待ってもらえます?」

といって、早苗は携帯電話を取り出した。


「もしもし…あ、藤井さん?…早苗です、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、藤井さんの友達で、占星術とか、タロットできる人、います?…いる?え?渡辺さんが?へえ、ちっとも知らなかった。あんな大男が、占星術なんて意外ですね…わかりました。また電話します」

早苗が電話を切ると、チュウがニヤニヤ笑いながら、

「男か?」

と茶々を入れた。

「違うよ。サークルの同級生だけど、二浪の年上だから、敬語を使ってんの」

プイと横を向いた早苗ではあったが、まんざらでもない表情が横顔に浮かんでいた。

[第7幕] メモ取らないのは、バカの証拠だぞ!

ユースケは言った。

「その人を、学祭の期間中、抑えておいてね。占い師になってもらうから」

早苗は「やっぱり」という顔で「占い喫茶にするんですね」と独りごちた。

「占い喫茶は、あるようで、無かったなあ」

その独り言を聞いて、チュウは言った。

「ありそうで、なかった…その手があったか…優れたアイデアというのものは、そういうものだ」

「トランプ占いなら、私にも出来るんだけどナ」

「誰にでもできる、遊びレベルの占いには、価値がない」

「価値が無い?」

「価値がないものに、お金を払う人は、いない。つまり、売れない」

「なるほど。占いなら、何でもいいってワケじゃないのね」

「占ってほしいけど、占ってくれる人が簡単に見つからない占いが適している」

「そっか。喫茶店という、どこにでもある価値に、専門的な占いという価値を付け加えるのね」


「そう。価値を高めれば、高く売れるから、売上も、利益も高まる」

「これすなわち、儲かる」

ユースケは、左右に目を泳がしながら、ニヤニヤと相好を崩しつつ、訊ねた。

「ところで、スタッフは何人いるの?」

「20人くらいです」

「大学の入り口は、何か所?」


「学祭の3日間だけは、正門のみ、入り口になります」

「じゃあ、正面の入り口で、チラシを配ってね。交代制で構わないから、一分たりとも休まずに」

その時、突然、チュウが吼えた。

「メモ取らないのか!?」

「え?」

「メモ取らないのは、バカの証拠だぞ!」

[第8幕] 代金を頂くのであれば、何の商売だって一緒だ

チュウは続けた。

「人は、忘れる生き物だ。絶対に忘れる。大事な話だと思うならばメモを取れ」

早苗は手帳を取り出し、

「チラシ配り…ですね」

と書き込んだ。ユースケは言う。

「一番安い白黒のチラシで充分。コピーよりも簡易印刷の方が安いから印刷所を探してみること。チラシには、店の地図と、占いと、メニューの三点は大きく載せること。店の導線は、入口と出口だけはハッキリ分るようなサインを示すこと。でないと、混雑したときに混乱する。混乱はクレームになる。余分な装飾は要らないけど、何屋か一瞬でわかるようなバカでかい看板は用意すること。次にメニューは…」

「ちょ、ちょっと待って下さい。メモしきれないんで…」


早苗は内心、舌を巻いた。

コンサルタントとは名ばかりの、すけべなオッサンだと思っていたが、細かい部分まで、よく知っている。現場に強い証拠である。

「はい。メモしました。どうぞ」

「メニューに趣向を凝らすこと。具体的には、電子レンジを2~3台買うこと。レンタルのほうが安いかも」

「電子レンジを買う?」

「一万円くらいで、売ってるっしょ?電子レンジさえあれば、どんな料理でも調理できるよね」

「あ!冷凍食品」

「そう。ファミリーレストランなんかの外食だって、そうしているんだから」

「ええ?外食のプロのファミレスが?」


チュウは「わかっちゃいない」とばかりに、首を振りつつ、

「セントラルキッチンって、聞いたことがあるか?」

「集中調理施設でしょ?」

「そうだ。ひとくちに飲食店といっても、個店の洋食屋さんとは仕組みが違う」

「ちょっと、規模が違い過ぎない?こっちは、学祭の模擬店よ?」

「代金を頂くのであれば、何の商売だって一緒だ。アマチュアだから、模擬店だから、学祭だからなんて、甘えに過ぎぬ」

[第9幕] マーケティングに、思い込みというバイアスは、厳禁だぞ

おかしそうにユースケは笑った。

「できない奴が、いつまで経っても、できない奴なのは、できない理由を先に考えるからなのよ」

「早苗。お前、マーケティングの仕事に就きたいって言ってたな?」

「うん」

「だったら、規模が違うとか、学生の模擬店だからとか、できない理由を探す前に、できるようにするには、どうしたらいいか、考える癖をつけろ」

「できるように考える癖……」

「できない理由を見つけて、逃げるのではなく、勝つ作戦を考えて、戦うんだ」

ユースケは、腕を組み、ウンウンと頷いて、

「食中毒に、プロも、アマも、無いし、ねえ?」

「そうですね。気を付けます」


「衛生に気を付ける意味でも、冷凍食品は、向いてるよね」

「確かに」

「ただし、とんでもないメニューにしないでよ?外食で人気のあるメニューを揃えてね」

「カレーとか?牛丼とか?」

「競合がなければ、それでもいい。しかし、競合があるなら、別のメニューにした方がいいね。ナポリタンとか。イタリアンに絞るとか」

「カレーを出す模擬店はあるけど、スパゲッティは、無かったような…」

「焼きそばは思いつくのに、スパゲティは思いつかない。どっちも同じ粉モンなのに、ね」

「粉モン = B級グルメって思い込んでいました。ありそうで、無かったわけです」

「そう考えれば、マルゲリータから、トマトソースとバジルを抜くのも、アリでしょ?」


「マルゲリータは、赤、白、緑、イタリア国旗の三色でなければならないって思い込んでいました」

「マルゲリータは、それでいいんだけど、でも、思い込みから、新しい価値は生まれないよ?」

「ですね。国旗の色にこだわってたら、日の丸弁当は、商品になりません」

チュウが「ほら、また、頭から、できないと決めつける」と目くじらを立てた。

「日の丸弁当は、商品になる。日の丸弁当、単体で考えなければいい」

「どうやって?」

「惣菜を、別売りにすればいいダケじゃないか」


「そんなの、日の丸弁当じゃない。焼売が別売りだったら、焼売弁当になる」

「だったら、別売りの惣菜を、選んで買えるようにすればいいダケじゃないか」

「あ、そうか。そうなると、選べる日の丸弁当になる」

「仮に、10種類の惣菜が一つづつ売れるとしたら、日の丸弁当は、10個売れる」

「それに、惣菜を選べる楽しさもある」

「マーケティングに、思い込みというバイアスは、厳禁だぞ」

「そういえば、調理は、コンロを使うものとばかり思っていた」

「コンロやグリルがなければ、調理してはいけないって法律は無い」

「電子レンジなら、誰でも、簡単クッキング!その手があった」

[第10幕] ゲームとして考えれば、どうよ

ユースケは「次に、値段ね」と言った。

「人気があるメニューは、価値が高いわけだから、仕入れ値が安くても、高い価格を付けられるでしょ?」

「安く仕入れて、高く売るんですね」

「それは、飲食も、占いも、同じ。価値と価格の問題」

「価値と価格の問題?具体的には?」

「一般の占い師に頼めば、1,000円くらいするけど、自前なら、原価ゼロ」

「そうですね」


「1,000円が相場だから、半額の500円以下で設定してね」

「500円かあ。懐の寂しい学生には、お安くないかも」

「お客さんは学生のみ?」

「あ、そうか。社会人も来る」

「目安として、上限500円で、販売価格じゃないよ?」

「販売価格は、どうやって決めればいいんですか?」

「来場者は、何しに来るの?」

「遊びに」

「だったら、学祭を楽しむゲームとして考えれば、どうよ?」

「ゲーム代ですか」

「ぶっちゃけ、ゲーセン代さ」

「それなら、300円~400円くらい、当たり前かな」

「高校生でも、それくらい出して遊ぶワな?」

「そうですね。お祭りの射的だって、それくらいしますから」


「ついでに、価格戦術を教えておくね」

「価格戦術?」

「お一人さま価格と、カップル価格を、別にすんの」

「一人なら、400円。二人なら、300円×2名で、600円みたいな?」

「それよ」

「どうして、カップル価格を設けるんですか?」

「占いに来るのは、ほぼ、女性でしょ。男性の一人客は、まあ、いないっしょ」

「確かに」

「となると、狙うのは、女性。年代は、学祭に来る20歳プラスマイナス3歳」


「若い女性ってことですね」

「そこで、質問。

1)若い女性が、一人で来る

2)若い女性が、友達と一緒に来る

3)若い女性が、を引っ張ってくる

はい!どれでしょう?」

「一人で来るくらい悩んでいるなら、ちゃんとした占い師のところへ行きますから、一人は、無い」

「あったとしても、1~2%。100人中、1人か、2人くらいの例外」

「となると、正解は、女性客が、男性客を引っ張ってくる」

「ピンポ~ン。ほぼ、それ」


「いずれにしても、二人以上で来る。だから、カップル価格を設けるんですね」

「せっかく、二人そろって来ているのに、一人だけは、占いせずに、お茶だけオーダーして、お終いじゃ、もったいないっしょ」

「そこで、お得なカップル価格を設定しておいて、せっかくの機会だから…と二人そろってオーダーする動機を提案するわけですね」

[第11幕] 決めた!

「何人くらい売れるか、繁盛店の友達から、来店者数の実績を聞き取って試算しなよ?」

「一日500人くらいだって言ってました」

「採らぬ狸の皮算用は、危険よ?」

「はあ」

「売れると思っちゃ、いけないよ?

この商品は、売れやしねえだろうと思って、だから、売れるようにするには、どうしたらいいか、訊きまくってちょうだい」

「成功した暁に目が眩むことなく、失敗すると思って、失敗しないために訊く」

と早苗はメモした。

「あと、業務スーパーを回って、冷凍食品の仕入れ値を、調べてね?」

「了解です」

「マーケティングは、リサーチに始まり、リサーチに終わるからね」

「調査……ですね」と早苗はメモして、二重丸で囲んだ。


「仮に、主力商品の占い代を400円として、コーヒー1杯100円を加算すれば、客単価500円ということになる」

「すごい!模擬店で、客単価500円!」

「500円のうち、コーヒー豆やカップ等の仕入れ代を20%とすると、お客さん一人当たり、400円の儲け」

「儲けだけで400円!利益がゼロに近くても、100円や200円の商品を売っている模擬店は、沢山あるのに」

「そういう商売するから、儲からないの」

「去年までのウチのことでした。深く反省」

「それをベースにして、食事メニューを、500円で追加すると、客単価1,000円」

「きゃー!客単価1,000円。学祭じゃ考えられません」


「人件費も、水光費も、家賃も、かからないから、利益率は80%くらいかな」

「えーっと。500人×3日間×@1,000×80%ということは…」

「120万円」

「キャー!百万円以上の儲け」

早苗は、思わず、のけぞった。しかし、フッと我に返り、

「でも、カルボナーラが500円は、模擬店にしちゃ、高くありませんか?」

「それなら、お祭りの、屋台の焼きそばが、500円って、高いと思う?」

「いいえ」

「でも、コンビニや、スーパーの焼きそばが、500円しないのはナゼ?」

「お祭りには、わくわく感があります。非日常的です。コンビニや、スーパーで買う焼きそばは、日常生活の中の、日常食です」


「だよね?で、学祭は、どっちに入ると思う?」

「お祭りです」

「だったら、どうして、焼きそば500円が高くなくて、カルボナーラ500円が高いといえるの?」

「自宅で、冷食のカルボを、200円くらいで、食べているから、かな」

「あんた、模擬店の、お客さん?」

「は?いいえ」

「自分の常識が、他人の常識だと思っちゃいけないよ?」

「あ、そうか。お金を払うのは、私じゃなく、お客さんですもんね」

「それを、慣習価格という」とチュウが付け加えた。「価格戦略の一つだ」

「慣習価格?」


「飲食物にしても、占いにしても、みんな“これが普通”と思っている価格は、抵抗なく、受け入れられやすい。つまり、売れやすいということだ」

「缶ジュースが、そうね。120円が慣習価格だから、60円と聞くと、わけもなく“安い”と思っちゃう」

「60円のカラクリは、賞味期限が近い商品。早く、売りさばきたい商品だ」

早苗は「おもしろ~い」と笑った。

「思ったより安い。なのに、めちゃくちゃ美味しい!そのカラクリは、冷食」

「そして、楽しい」とチュウが言った。「ダメ元で、テレビやラジオの夕方の情報番組に、ニュースリリースしておくといい」

「決めた!本格イタリアン占い喫茶にしよう」

[第12幕] やっぱりスケベじじいだったか

渋谷駅の南口で別れ際に「そうそう、言い忘れてた」とユースケが付け加えた。

「スタッフは、私服じゃなく、コスプレさせてね。強制じゃなくていいから」

それを聞いて、早苗は、眉間にしわを寄せた。

「はぁ?コスプレぇ?」

このオッサン、やっぱりスケベじじいだったか!

疑惑の目を向けられたユースケは、

「そんな怪訝な顔しなくても」

と、困り顔で手を振りつつ、なだめた。

「なにも、バニーガールの衣装とか、SM女王様の衣装って言ってるワケじゃないから」

「じゃ、どういうコスプレですか?」


「舞台衣装のレンタル・ショップへ行ってみな。

一日2万円くらいで、シンデレラ、不思議の国のアリス、クレオパトラ、白雪姫、ピーターパン、ルパン三世、ゲゲゲの鬼太郎、忍者、マイケルジャクソン、三蔵法師、ベルバラのオスカルなんてのもある」

「一日2万円?3日で6万円かあ」

「違う、違う。かける日数じゃなく、延長料金だから、そんなにはかからない。
ま、一人3~4万として、希望者のみ10人が借りれば、30~40万円くらいかな」

「100万円の利益があれば可能ですね」

「利益を増やしたければ、投資する額も増える。それが、儲けるってコト」

[第13幕] 原点を忘れちゃいけないんですね

「ところで、どうしてコスプレするんですか?」

「3つの意味があります」

ユースケは、人差し指を突きたてた。

「1つはアイキャッチ。人目を引くため。人を集めるためです。そんな模擬店ナイだろうから、人目を引くこと間違いなし!」

「クマやウサギの着ぐるみ着て、集客している模擬店は、ありますが、舞台衣装みたいに、本格的なコスプレなんて、見たことありません」

「そうだろうね。で、2つ目が、占いという無形エンターテイメントの可視化」

「エンタメの可視化?」

「目に見えない、楽しさを可視化すんの。そのために、レンタル衣装代というコストをかけるワケ」

「無形の可視化なんて、考えもしませんでした」


「そんな格好のスタッフがいる店は楽しそうに見える。楽しそうに見えるから、人が集まる。人が人を呼ぶ。入ってみようか?となる」

「なるほど。楽しさを演出するために、コストをかける…かあ」

「3つ目が、お客さんもさることながら、自分が楽しむこと。学祭なんだから」

「あ、そうか。儲けるための模擬店じゃなく、楽しむための模擬店である原点を忘れちゃいけないんですね」

「そう。何のために何をするか、目的と目標がブレないようにするのは、現実のビジネスも同じ。それを、戦略っつーの」

早苗は感心した。

(この人、すけべなフリして、本当は、その奥に、戦略を潜ませている人かも。見直しちゃったナ)

「わかりました。ありがとうございました」

早苗は、深々と頭を下げたあと、渋谷駅の雑踏の中へ消えていった。

[第14幕] この辺りは何だ?

学園祭の当日、チュウとユースケが、大学の正門をくぐると、仮面ライダーが、

「トゥ!」

と叫びながらチラシを配っていた。

目立つ!

仮面ライダーに握手を求めたり、一緒に写真を撮ったりしている来場者もいた。

チラシを受け取ると、果たして、早苗の模擬店のチラシだった。

チラシの地図には、模擬店の位置が、大きな矢印で指し示されてある。

正門のみでチラシを配っているため、「現在位置」の矢印も、大きく記されていた。

これなら、現在地と、目的地が、一目でわかる。


模擬店がある方向を眺めると、早苗の模擬店は、探すまでも無く、見つかった。

マイケルジャクソンが踊っているわ、戦国武将が戦っているわ、シンデレラが給仕しているわ、彼らが動いているだけで、

「この辺りは、何だ?」

と目を引く異空間になっていて、人だかりが出来ている。


他の模擬店はというと、私服の学生ばかり。ごく普通の模擬店ばかりだった。

競合に対する強みは、

1)差異性 … ライバルとは何が違うのか?

2)優位性 … その違いの何が、ライバルよりも優れているのか?

3)独自性 … それは、ライバルにはない、オリジナルか?

差・優・独、三つの輪の中心に位置する個性。それがコスプレであり、占いであり、冷食イタリアンであった。

何よりも、コスプレしている学生自身が、一番、楽しそうに動いていた。

さもありなん。握手、ハグ、写真撮影を求められるのである。つまらないはずがない。

[第15幕] 稼ぎ頭よ~ん

正門から奥まったオープンテラスの模擬店へ近づいていくと、バックヤード兼厨房らしき暗幕の中から、トレイを持った白雪姫が出てきた。

「あっ!早苗っ!」

チュウが思わず声を挙げた。

2人に気づいた早苗が、持っていたトレイを別のスタッフへ渡し、小走りに走ってきた。

「チュウさん!ユースケさん!」

「ほう?早苗は、白雪姫に扮したか。早苗にも衣装とは、よく言ったもんだ」

「それを言うなら、馬子にも衣裳でしょ?」

「わかってて言ったんだ」

「もとがいいから、何でも似合うのよ」

「我らが家系の血筋だな」


「一緒に写真を撮りたいって申し込みがあったりして、ちょっとしたスターね」

「で、どうなんだ?様子を見に来いというから、見に来たぞ」

「どうもこうも、大盛況よん!占いなんて、待つ人が、途切れないんだから」

「メニューは?」

「学祭らしくない、本格的なイタリアンのメニューが大好評!」

「ほう?」

「食材が足りなくなりそうな勢いだから、さっき、買い出し部隊が、クルマで、業務用スーパーへ、買い出しに出かけたばかりの」

「ちゃんと、利益は出ているのか?」

「やっぱり、占いの利益がすごい。カップル価格を400円にして、お一人様価格を300円にしたんだケド、100%利益だから、300~400円丸儲け。稼ぎ頭よ~ん」

「そうか。大成功のようだな」


「うん。さっき、テレビの取材も来たよ。あ!そういえば」

フと気づいたように、早苗は、ユースケへ向かい、

「そういえば、ユースケさんは、どうして、占いを思いついたんですか?」

「ああ。学生時代に、学祭で、手相の占い師、やってたからね」

「どうして手相を?それって、何かの戦略ですか?」

「何を解りきったことを訊くんだ」といわんばかりにユースケは笑い飛ばした。

「女子大生の手を握れるからに決まってんじゃん」

                 - The END -

ps
学園祭の模擬店で困っている知人がいらっしゃいましたら、当記事を紹介してあげてくださいね。

なぜなら、この物語は50%事実で、ユースケのモデルは筆者自身だからです。

女子大生の手を握れるからタロットを始めたわけじゃありませんケドね(笑)

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