プロの証
よく、映画やドラマにありがちな告白シーン。
「今まで、国家機密に関わる、家族にも言えない極秘の任務に就いていたんだ」
「どうして、もっと早く打ち明けてくれなかったの。とても心配したんだから」
おおっと、うっかり打ち明けたら、家庭が崩壊するかも知れない実話に照らし合せてみよう。
国税局の査察官は「あの風俗店が怪しい」と見るや、一般客を装い、内部情報を探るべく、その風俗店へ通いつめるという。
花代はというと、自腹(驚)
一回数千円程度の金額ではあるまいに、何度も登楼を繰り返す。特定の遊君の常連になると、少しずつ、内部情報を聞き出せるようになるからである。
もちろん、家族には内緒。
いくら仕事とはいえ、勤務時間外に、自腹で、大っぴらに風俗店へ通うとなると、いかに寛容な家庭といえども崩壊まちがいなし。よって、ひたすら伏せる。
仕事の名目で遊べるなんて♪と、うらやむことなかれ。性病をうつされる危険と隣り合わせである。
職業病が性病では笑えない。泌尿器科の検査代もバカにならないに違いない。
これ全て自己責任。自腹。勤務時間外。そんな仕事に、就きたいですか?
そんな任務に就いていることを、打ち明けてほしいですか?
ということである。プロの道を突き進むと、シロウトには信じられない世界が見えてくる。プロの世界である。
プロの道を究めると、家族へさえ言えない秘密の一つや二つは出てくる。企業秘密しかり、仕事の奥義しかり、一子相伝しかり。
これぞ、プロの証。プロならではの仕事といえよう。
暴力団対策のマル暴と呼ばれる警察官達も、暴力団らしい立ち振る舞いや格好に染まるという。虎穴に入って虎子を得るには、虎に扮するのが一番だからであろう。
このように、朱に交われば赤くなる。プロに交わればプロになる。
アルバイトに交わればアルバイトになるし、社員に交われば社員になる。
では、アルバイトとは?社員とは?
アルバイトと社員の違いは、法的には、無きに等しい。法律上いずれも労働者である。
ただし、事実上、10の違いがある。
社員は、
1)来年も再来年も(ずっと)勤務するだろうと労使ともに共通認識している
2)長期間にわたる仕事を任せられる(平たくいえば、信用が要る仕事)
3)昇進または昇給がある(平たくいえば、偉くなれる)
4)労働者から経営者になる可能性がある(平たくいえば、役員になるかも)
5)社会保険(健康保険・厚生年金保険・雇用保険・労災保険)の半額を会社
が負担してくれる(平たくいえば、病院で安く治療できる)
6)マイホーム購入時にローンを組める(平たくいえば、家や車が買える)
7)社会が「A社の社員」として認めてくれる(平たくいえば、結婚できる)
8)法律が守ってくれる(平たくいえば、そう簡単にはクビにならない)
9)退職金(一部給与の会社運営分)やボーナスを受け取ることができる
10)人件費の扱いが異なる(社員の人件費は固定費、アルバイトは変動費)
要するに、従来からの慣習によると、ずっと勤めるであろう人を社員と呼ぶ。
その慣習が、事実上のアルバイトを、形式上の正社員であると労使共に勘違いさせてしまう危険とは?
社員とアルバイト
ここまで、便宜上、正規雇用を社員、非正規雇用をアルバイトと表現してきた。
正確には、正規雇用の社員には、定年以外に、雇用期間の制限がない。
同じく非正規雇用のアルバイトやパートにも雇用期間の制限はないが、パートは社会保険に加入できる反面、アルバイトは加入できない。
また、例外を除き、時給で給与が計算される。能力の有無は無関係であるため、誰にでもできる単純作業や、短期間の任務に就くケースが多い。
非正規雇用の契約社員と派遣社員には、雇用期間の制限がある。
つまり、いつ辞めるかも知れない非正規雇用は、自分の生活の為に働く自由がある。残業代もキチンと出る。
要するに、自分の為だけを考えていればよく、会社の成長を慮る必要がない。
一方の正規雇用は、自分の生活のために働くのみならず、会社の成長のために働く義務が事実上ある。そのためには、サービス残業や休日出勤も有り得る。
その義務を放棄するのであれば、会社にとって社員である必要はなく、パートやアルバイトで充分ということになる。
なぜなら、社員の雇用は、リスクが高い。アルバイトは、リスクが低い。
・社会保険を半額も負担しなくていいし、
・昇進や昇給させなくていいし、
・交通費を払わなくていいし、(交通費が自己負担の派遣社員あり)
・給与の一部を運用して退職金を払わなくてもいいし、
・いつ辞めてもらってもいい
からである。その意味で以降も、便宜上、正規雇用を社員、非正規雇用をアルバイトと大別することにしよう。
経営者への道
経営者が、労働者(従業員)を募集しようとする際、どうして、リスクが高い社員を募集するのだろう?リスクの低いアルバイトで充分ではないか?
その答えが(拙著『あなたが会社の利益を殺す犯人だ?』にも書いた)
「会社は、倒れよう倒れようとする生き物」
だから、倒れないように、資金という栄養を投入し続ける必要がある。資金で分りにくければ、売上金と言い換えてもいい。
その栄養を与え続ける誰か、つまり、自らコメを買うためのみならず、会社を生かし続け、倒れないように励み、成長させる誰かが会社には必要不可欠。
それが、経営者である。経営者になれるのは、通常、社員のみ。
だから、社員を募集する。会社が生き続けるために。倒さないために。
なので、社員には、経営意識が要る。いずれ、経営者になるために。
経営者でなくとも、経営者を補佐する要職に就くために。
要職へ向けて職階が高まるほど、部下も給与も増えるのは、
・人の使い方をマスターしなければならない
のと、
・人を使うことによって、自分一人で働くより何倍もの利益を稼ぎ出すため
である。自分が動かずして無為徒食するために部下を預かっているのではない。
社員という労働者から、いずれ、経営者か、補佐役になってもらうための過程として職階は高まっていく。
職階が高まるにつれ、「あなたの下で働きたい」「あなたに使ってほしい」と部下に思わしめる魅力が要る。それには、自分を磨くしかない。
自分を磨くのは、他ならぬ、自分自身である。会社は、磨いてくれない。
会社と社員のWINーWIN
以前に、職階の高い企業人から、
「サラリーマンは、誰でも、自分の存在意義に疑問をもっている。自分以外の誰かが、自分の席に座っても、業務に支障を来たさない。自分の存在意義とは何なのか、みんな悩んでいると思いますよ」
と吐露されたとき、
「社員もアルバイトも一緒くたになっているから悩むのだろう」
と思った。確かに、社員の代わりは、いる。しかし、アルバイトの代わりとは異なる。
アルバイトなら、他の誰かに代わってもいい。いついなくなってもいいからである。
ところが、社員となると、そうはいかない。
「あなた(がいる会社)だからこそ、あなた(の会社)と取引したいんだ」
と顧客から評価される社員こそ、会社にしてみれば、高いリスクを負ってでも雇用し続けたい存在。
それでも(定年や実家の事情で)会社を去らなければならない時が来る。その時、惜しまれて去る存在が、社員である。
そうでなければアルバイトでもいいことになる。アルバイトならローリスクで済む。
会社が、ハイリスクを承知の上で社員を雇用するのは、会社と社員のWINーWINの関係を築くためである。
顧客は金の鳥
やや分かりづらいかも知れないので、やや抽象的な例を挙げよう。
会社にとって顧客は『金の卵』を産む『金の鳥』だが、従業員は、給料という名目で、会社から『金の卵』を持ち去る存在。持ち去る日が、給料日である。
その従業員が、会社にとって最も大切な『金の鳥』を育ててくれる社員ならば、会社も『金の鳥』も、喜んで金の卵を差し出す。
『金の鳥』を、もっと大切に育てられるように、働きやすい環境を整える。
もしも、社員が病気になったら、すぐに代わりは見つからない。世話する人がいなくなると、『金の鳥』は、他の牧場へ行ってしまう。
だから早く治癒してもらうよう社会保険へ強制加入し、常日頃から半額を負担して、万が一に備える。
社員のプライベートも応援する。結婚してマイホームを持てるよう身分を保証する。経営者や補佐役への道も用意する。
『金の鳥』から評価の高い社員が、会社から離れていかないよう、できる範囲で昇給させ、昇進させ、雇用し続けられるように計らう。
ところが、アルバイトは、会社にとって最も重要な『金の鳥』の世話を、いつやめるか分からない。
むろん、労働の対価として『金の卵』を渡すが、『金の卵』の数を増やす必要も、働きやすい環境を整える必要もない。
いつ辞めるか分からないし、いやなら、辞めてもらっても、会社は一向に痛痒を感じない。代わりはナンボでもいる。
このように、社員とアルバイトの待遇には差がある。
差があって当然である。社員は、
「あなた(がいる牧場)だからこそ、あなた(の牧場)の世話になりたいんだ」
と『金の鳥』に言わしめる存在だからである。
その社員、じつはアルバイト
社員とアルバイトの違いは、営業職を例にとれば分かりやすい。
よく「営業マンは自分を売れ」といわれる。営業活動の王道といえよう。
どういうことかというと、営業マンには、商品を知らせるパブリシティ機能や、売買取引するセールス機能など、7つの機能がある。
しかし、機能で戦うとすれば、競合他社の営業マンもハイレベルな営業機能を有しているため、商品や、営業機能では、差別化しにくい。
そこで、ベネフィットの双翼である機能的な便益と情緒的な便益の両方を兼ね備えるべく、情緒的な便益も付加せよということである。
それを実現するのが接触営業戦略である。そこで、
「トップセールスマンは自分を売っている。営業マンは自分を売れ」
というと、社員の皮をかぶったアルバイトが反論する。
「お客さんが、特定の営業マンを気に入ると、人事異動しにくくなる」
「後任が、やりづらくなる」
「その営業マンが、お客さんを連れて独立したら、どうするんだ」
と。一々ごもっともなようで、論理は見事に破綻している。
「社員とは名ばかりの、実質はアルバイトです」
と白状しているようなもの。
確かに、銀行業のような「顧客と癒着があってはならない」業種は、定期的に人事異動を繰り返す。
また、会社の方針として「年に一度は人事異動する」という会社もある。
自分の生活のみ考え、会社の成長を考えない社員は、アルバイトでもいいということになる。
では、社員のベネフィットは、何か?
そこで、社員とアルバイトを一括りに従業員と表してみよう。
会社のプロになってくれることである。
つまり、機能的便益性が高い。アルバイトには、ファンクショナル・ベネフィットがある。
アルバイトは「いついなくなるかもしれない」
労働期間や労働待遇が異なる。
アルバイトは、自らの生活のために働く自由がある。
経営はお金との戦い
朱に交われば赤くなる。プロに交わればプロになる。経営者と交われば、経営意識に染まる。
経営意識で考えれば、たとえば、給料日は、お金が入る日付ではなく、人件費というお金が出て行く支払日だと考えるようになる。
「そのお金は、あるか?」
と常に憂う。あっても「大丈夫か?」と心配になる。黒字倒産も有り得るからである。
儲かっていようと、儲かっていまいと、資金が枯渇したとたん、倒産する。
「儲かっているのに、お金がなくなるなんて、有り得へん」
と訝しむ人は経営経験がないのであろう。いつだって有り得るのである。
たとえば、百円の売上があっても、掛売りや手形の場合、現金として支払えるのは、数ヵ月後になる。
たとえ何十億円の売上があっても、お金は入ってこない。数ヶ月間は無収入。
ところが、無収入であっても、従業員の給料を止めるわけにはいかない。毎月、きちんと支払い続けなければ、従業員が生活できなくなってしまう。
法律にも「従業員の賃金を毎月一回以上、一定の期日に、通貨で、直接、全額支払いなさいよ」と定められている。現物支給や分割払いはNG。
その責務を果たすため、経営者は、自分の給料を止めてでも、従業員へ給料を払っている。それを敢えて言わないだけの話。
会社の家賃も然り。水光費も、電話代も、業務車両のリース代も、設備投資も、支払いが滞った瞬間、すべて使えなくなってしまう。
売上はあるけれど、お金がないからといって、交通費を支払わなければ、通勤できなくなる。営業活動も停止する。
だから、ある程度の現金を持っておくよう配慮する。
商品と現金を引き換える商売(たとえば飲食業)にしても、仕入れには先立つものが要る。
経営は、お金との戦いといっていい。
「どうやって支払っていくか」常に考えている。
経営者として、儲けるより先に、倒産だけは絶対に避けなければならない。
船に例えれば、沈没。
船長は、船と運命を共に、海の藻屑と消えようが、乗客と乗組員だけは、絶対に救わなければならないのと同様。
その「最悪の時」を迎えることなく、順風満帆に航海できるよう考えている。
そうではない(倒産を出口戦略にしている)経営者もいるが(苦笑)、それは例外として考えよう。離婚を前提に結婚するようなものである。例外、論外。
経営意識を持つ、周りの環境に染まるのは、悪くあるまい。